1995年5月のニュースレター「スタタリング・ナウ」NO.10の巻頭言は、「自己開示と自己提示」でした。これまで、この巻頭言をはじめ、たくさんの文章を書いていますが、このタイトルは、僕の中でも特に印象に残っているものです。
 今、対話や対話的アプローチについて考えていますが、子どもと話すとき、対話の相手である保護者やことばの教室の担当者、言語聴覚士などの支援者が、自己提示しかできないと、対話はすすみません。適度な自己開示ができる自分でありたいと思います。

『スタタリング・ナウ』NO.10 1995.5.29

自己開示と自己提示
            日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 他人の目をあまり気にせずに、赤裸々な自分を出す。自分の情報をありのままに他者に伝えることを自己開示という。
 自分のことを話していても、それが表面的な、また、仮面的な情報を伝えることは、自己提示と言い、聞き手には同じ行為のように思えても、自己開示とは区別する。
 私たちは、様々な人間関係において、自己開示ばかりしているわけではない。しかし、いつもどのような関係においても自己提示ばかりでは、人間関係は深まらない。また、自ら解決したい問題がある時、それを自己開示しなければ、解決の糸口も見つからない。
 私は、「無口な子」「消極的な子」と、子どもの頃言われた。大人になってから、吃音を隠し、話す場面から逃げていて、「何を考えているか分からない人」「変わった人」などが加わった。
 私のように、吃音を隠し、どもることから逃げ続け、こんな人生はもう嫌だと、今年度の大阪吃音教室に参加し始めた人がいる。その人は70歳。その歳になっても、自らを変えようと参加するのは、素晴らしいことだ。話すのが嫌、苦手と言ったご本人は、初めて参加したというのに、実によく話した。これまでの辛かった体験は生々しい。共感できることが多く、時間の許す限り、参加者はただしっかりと聞いた。恐らく、吃音の苦しみを他者に話した初めての経験だったことだろう。
 伴侶にも30年以上話さずにきたという人の話を時々聞く。他のことは話せても、吃音のことだけは話せないというのだ。自分の核心部分について話せないと、常にそのことが意識の中にあり、自分はありのままの自分を語っていないとの不全感を持ち続ける。
 どもる人が吃音の問題を解決していく道筋には、自己開示は欠かせない。
 様々な分野で活動し、社会的に認められていても、自らの吃音について語ることがなければ、ひとつの決着がつかないという人もいる。それだけ吃音は多くの人々にとって大きな問題だったと言える。活躍している人々が、いまさら吃音について触れなくても社会的評価が変わるものではないが、自伝、書物などで、自ら吃音体験を話す人は多い。本当かとびっくりするような人もいる。例えばミュージカルスター、木の実ナナさんだ。自ら著作に書かなければ、吃音で苦しんだなど、誰も想像がつかないだろう。
 「吃音から解放されたきっかけは、小生の吃音状態をそのまま書いた作品『凍える口』(河出書房新社)を発表したことであったと思います。つまり、吃音は隠そうとすればするほど昂じるものであり、例えば、脚の不自由な人が堂々と松葉杖をついているのと同じく、どもりはどもりらしく話せばいいのだということ、その境地を自身の吃音の状態をあからさまにさらけ出すことによって得られたと思います」
 作家の金鶴泳さんも、こう書いていた。
 子どもの頃から、自分を出せない習慣がつくと、自己開示への不安や恐怖を持ち、他者を過剰に意識する。また、どうせ言っても分かってもらえないとの思いもある。これらを乗り越え自らをありのままに語ることができるのは、同じ悩みを経験している、セルフヘルプグループの場ではなかろうか。自らのことばで、避けて通りたかったこと、一番気掛かりなことを他者に話す。批判や、哀れみなどを受けず、ただ、聞いてもらえるという経験なしに、新しい一歩は踏み出せない。
 「どもりを語ろう」をテーマにした例会だけでなく、自己開示できる場面をできるだけ私たちは作っている。しかし、どもる人にとって吃音について自己開示できる場と思える大阪吃音教室の場でさえ、自己提示に終始し、自己開示できない人がいる。
 自己開示の地点で立ち往生している人がいることを常に頭においておかなければならない。
 自己開示について今後も考えていきたい。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/11/25