世界的に著名な吃音研究者といえば、やはり、この人が浮かんできます。
 チャールズ・ヴァン・ライパー博士です。僕が敬愛する吃音研究者です。「吃音者宣言」を提起したとき、僕たちは、博士に手紙を出し、意見を求めました。「舌のもつれた兄弟たち」というタイトルの返事を下さいました。1986年に京都で開いた世界で初めてのどもる人の国際大会をきっかけに、世界のどもる人の交流が始まったことを、喜んで下さっていました。ライパー博士が、ろう者のふりをして、就職したことを、僕はよく講義の中で話します。吃音を認めて生きることの大切さを話すとき、スキャットマン・ジョンと共に、その話題をよく出します。ライパー博士が亡くなられたのは、1994年でした。そのことを書いた「スタタリング・ナウ」NO.7を紹介します。
 前回のブログで「吃音者」の言葉は現在は使わないし、できたら使わない方がいいだろうと書きました。以前には使っていたので、今回の文章にも出てきます。過去の文章なのでそのまま使います。

『スタタリング・ナウ』NO.7 1995.2.28

グッバイ!Dr.チャールズ・ヴァン・ライパー
                 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


 あなたが、心臓病を患っておられたのはかなり前から知っていました。
 だから、直接お会いしたいと願いながらできませんでした。それでも、アメリカで生きていて下さる、それだけでも、私たちの心の支えでした。
 私たちの父のような存在でした。
 あなたは、昨年9月会いたくても絶対お会いできない世界へ旅立たれました。寂しく、残念です。
 心から、遠くからご冥福をお祈りします。

 あなたは、「吃音問題の解決には、世界の吃音者が手を結ぶことだ」とよく言っておられました。
 私たちが京都で開いた国際大会がきっかけになって、吃音に関しての国際交流が活発になりました。吃音問題の国際大会はケルン、サンフランシスコに続いて、この夏は、スウェーデンのリンショーピンで開きます。あなたの提言を実現させたこと、あなたの息子として、うれしく思います。

 あなたは、常に吃音者の立場に立ち続けた人でした。
 遠く離れた、日本の吃音者である私たちからの連絡をいつも喜んで下さいました。《治す努力の否定》を提起したとき、そして、《吃音者宣言》を発表したとき、一番にあなたに手紙を書きました。常にすぐに返事を下さいました。
 「《治す努力の否定》《吃音者宣言》の問題提起をされたあなたがたの手紙を実に楽しく読ませていただきました。その考え方に賛成するかという質問に対して、私は「イエス」と答えます」
 この出だしで始まるメッセージに、私たちがどれだけ勇気づけられ、また、活用させていただいたか知れません。何千人もの吃音者の治療にあたってこられたあなたのことばは、とても説得力がありました。私たちが言い足りないところをいつも補って下さいました。さらには、私たちの活動に援助を申し出て下さいました。
 「私は、私の研究実践の集大成として、二冊の本を書きました。もし翻訳ができるのでしたら、日本の翻訳権をあなた方に差し上げます。それを活動資金として下さい」
 うれしいお申し出に、私たちは喜び勇んで、グループを作って、『Treatment of Stuttering』の翻訳作業に入りました。大勢の力で大体の訳出を終えるまでは順調でしたが、その後の作業が続きませんでした。あなたが、お元気な内に早く出版して、出版記念に日本にお呼びしようというのが、私たちの口癖になっていました。それが私たちの力不足で実現できなかったこと、とても残念です。せっかく、大勢の力で訳出したのですから、なんらかの形であなたの集大成を紹介したいと、まだまだ、夢は捨てていません。

 あなたは、《吃音受容》を常に訴えた人でした。ご自分が随分と楽に話され、ほとんどどもっていることが分からないほどになっているのに、「どもりは治らない。おそらく一生どもって過ごさなくてはならないだろうという事実を認める必要がある」と言い切っておられます。ご自分の吃音、また、手掛けた吃音者への臨床体験から、「どもりは治る、少なくとも軽くすることはできる」と言い切ってもおかしくない実績を残されました。それなのに、あえて、「今後もどもり続けるという事実を受け入れよう」と強調されました。
 ここに、吃音者への限りない愛を感じます。
 吃音が、その人の努力、またはなんらかのきっかけで治ったり、軽くなることは事実あります。しかし、それを強調すると、どうしても治らない、なかなか軽くならない吃音者を見捨てることになってしまいます。誰ひとりとして見捨てないというあなたの吃音者への愛をそこに感じるのです。
 どうか安らかにお休み下さい。
 グッバイ!Dr.チャールズ・ヴァン・ライパー


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/28