10月20日は、千葉県の言語聴覚研究会の秋期研修をZoomで行いました。最初は演習をということだったのですが、さすがに、演習をZoomで行うことは難しく、講義の形にしてもらいました。事前に質問を出してほしいとお願いしたら、たくさんの質問が事務局から送られてきました。それには、すべて丁寧に文章でお答えしました。
 また今朝は、10月30日にこれまたZoomで行う、島根県の吃音親子キャンプ・島根スタタリングフォーラムの打ち合わせのためのオンラインテストをしました。対面ができないので、仕方なくZoomを利用していますが、少し慣れてきたようです。でも、やはり、僕は、対面型人間です。
 先週の大阪吃音教室に、三重県から、女性がひとり参加されました。7月頃にお電話をいただいて、参加したいと聞いていたのですが、コロナで休講が続き、ようやく念願が叶っての参加でした。電話では、「どもりと向き合う一問一答」を読んで感動した、昔、「吃音者宣言」も読んだとおっしゃっていました。親の介護を必死にしている中で、いつの間にかしゃべれるようになっていたともおっしゃっていました。
 この日の大阪吃音教室は、「どもり内観」でした。前半はどもりへの内観と、後半は周りの人への内観でした。このように吃音をとらえたり、考えたりしたことはなかったと、新鮮に受け止めて下さったようでした。初参加の彼女は、自分が話すのを、一所懸命聞いてもらえてうれしかったと、最後の感想で話されました。
 緊急事態宣言が解除され、休講が明けてから、新しい参加者が必ずおられます。このような場を求めている人がいるということだと思います。吃音について、自分について、生きることについて、真剣に考え、話し合う場、大事にしたいと思います。
 
 さて、金子書房の『児童心理』に掲載された文章を紹介してきました。
 最後に、直接、吃音ということはテーマではないのですが、《特集 子どものためのアサーション》というテーマで依頼され、掲載された文章を、今日は紹介します。
 2008年5月号に掲載された、「どもる子の自己表現への援助」です。

どもる子の自己表現への援助
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二


『児童心理』2008年5月号 金子書房 〜特集 子どものためのアサーション〜

「どもる子どもにまだ出会ったことがないんです」
 教員生活を十年以上していて、こう言う人にときどき出会う。吃音の発生率が1%あることを考えれば、出会っていても気づかなかった、が本当のところだろう。
 公立小学校の通級指導教室(ことばの教室)に通うどもる子どもは多いが、ことばの教室で対応できるのは、ほんの一握りだ。教室の存在すら知らず、圧倒的多数の子どもは、通常学級で適切な援助を受けることができず苦戦している可能性がある。親や通常学級の担任ができるどもる子どもへの援助について考えたい。

   見逃される吃音
 このようにどもる子どもの存在が見逃されるのには二つの理由がある。
)椰佑吃音を隠す
 吃音は、話さなければわからない。子どもが吃音をマイナスのものと強く意識していれば、必死で吃音を隠そうとする。すると、無口で消極的な子として見逃されてしまう。また、本人にとっては大きな悩みでも、周りに迷惑をかけるわけではないから教室ではそのまま放置される。いじめがあったり、不登校になって初めて、吃音に悩んでいたとわかることも少なくない。
教師に吃音についての知識がない
 吃音は、「たたたた・たまご」と音を重ねるもので、ぐっとつまって声そのものが出ないのを吃音とは思われないことがある。またどもる場面が人によって違うからわかりにくい。一般的には、緊張するとどもりやすいと思われているから、朗読や発表が得意な子どもを、吃音に悩んでいるとは思わないだろう。家族や友だちと遊ぶときの方がよくどもるという子は少なくない。遊びの場でどもるのを真似され、からかわれていても担任は気づかない。
 子どもが悩んでいるのを知って親が担任に相談しても、「どもるといってもほとんど気にならない程度ですよ」と言われてしまう。吃音が軽ければあまり問題はないと思われるようだが、吃音の悩みはどもる頻度に正比例しない。むしろ、隠すことができる程度の吃音の子どもの悩みの方がかえって深いことがある。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/10/23