このシリーズの最終となりました。そこに行けば、仲間に出会うことができると分かっていても、初めての場所に行くのは勇気がいることです。それでも、勇気を出して参加すると、目の前がぱっと開けるという経験をしている人が多いです。こうして、これまで書かれた文章を読んでいると、最初は多くの人が「吃音を治したい」と切実に願いながら、「吃音と共に生きる」の価値観に初めて出会い、最初は戸惑いながらも、徐々にそれを受け止め、新たな道を歩み出しています。このプロセスは、中にはひとりでつかんでいく人もいるでしょうが、僕たち凡人にはなかなかつかめるものでありません。そこに、仲間の力が必要です。僕は1965年にどもる人のセルフヘルプグループ、言友会を創立し、それ以来55年間活動を続けてきました。
その中で出会ったたくさんのどもる人たちが、「吃音を治す・改善する」から、「吃音と共に豊かに生きる」道筋に立って、自らの楽しい人生を切り開いていきました。
緊急事態宣言が解除され、大阪吃音教室が再開されたら、この場を大切に思う仲間との時間が戻ってきます。その日を心待ちにしながら、過ごしています。
昨日の続きです。これで最後です。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/8/23
その中で出会ったたくさんのどもる人たちが、「吃音を治す・改善する」から、「吃音と共に豊かに生きる」道筋に立って、自らの楽しい人生を切り開いていきました。
緊急事態宣言が解除され、大阪吃音教室が再開されたら、この場を大切に思う仲間との時間が戻ってきます。その日を心待ちにしながら、過ごしています。
昨日の続きです。これで最後です。
吃音に対する関わり方
堤野瑛一(会社員)
僕が大阪吃音教室に来て良かったと思う事は、自分の吃音に対する関わり方が全く変わった事です。吃音教室に来る以前の僕は、吃音を真っ向から否定し、何としてでも治さなければならないものとして捉え、ひたすらどもりをなくそうと、終わりの見えない、今となっては無駄とも思える努力をしていました。しかし、いくら努力しても治らず、吃音は消えないものという現実に向き合わざるを得なくなった時、吃音教室に通っていく中で、新たな吃音に対する関わりや取り組みが出来るようになりました。
「いかに吃音を治そう」から「いかにどもりを受け入れ、吃音と付き合おう」へと根本から変われたのです。
今も、僕は悩んでいます。しかしその悩みは、昔の「いかにどもらずに喋ろうか」とか「自分は吃音であるから何々が出来ない」といったものではなく、大阪吃音教室に通い始めてからは、「いかに上手くどもろう、楽にどもろうか」とか「どもってしまってからの自分の気持ちの処理や態度」というものに変わりました。今はどもりである自分を否定していません。吃音とどう上手く向き合いながら生きていこうか、と考えているのです。
アピオ大阪208号室の扉
徳田和史(会社員)
大阪吃音教室に参加するまで、私の中にはいつも『どもり』という主張なき沈黙の部分が存在していた。それは会社にいるときも、家庭にいるときも、知人といるときも、また自分一人のときも、常に私の片隅に存在していた。
この主張なき沈黙の部分は閉塞のベールで包まれており、劣等感、恥辱感、不全感で膨らみモゴモゴと蠢いていた。私はいつかこのベールを剥がし、新しい空間に解放されたいと堪らなく願っていた。しかし、自分なりに何度かこのベール剥がしを試みたがそれは容易ではなかった。
1986年10月21日、私は記事が載った新聞の紙片を片手に恐る恐る、当時の会場であるアピオ大阪208号室の扉を開けた。そこは私にとって未知の世界であった。当初は戸惑ったが徐々に面白くなり大阪吃音教室に毎週通った。吃音者としての人生哲学を教えてもらった。特に論理療法は実用的で私に柔軟性を与えた。思うに、この吃音教室が、私の閉塞のべールを剥がし私を解放してくれたのである。208号室の扉のノブを握るたびに、初めて吃音教室に来た日を想い出す。
治らないところに、吃音の良さがある
西田逸夫(団体職員)
以前、吃音に悩んでいた私は、吃音から解放される夢を見たこともあります。いま私は仕事を通して、吃音のことで毎日さんざん困っています。でも、「吃音を治したい」とは、もはや思っていません。大阪吃音教室に通ううち、吃音の良さに気付いたからです。
吃音教室の年間スケジュールを見ると、吃音基礎知識、アサーション、交流分析、論理療法など、多彩な内容の講座が並んでいます。ほとんどはコミュニケーションの問題を考え、解決をはかる内容で、広く多くの人に役立つものです。吃音が治るものなら、単に治療法を学ぶだけで済むはず。吃音が切実な問題であり、しかも治らないものだからこそ、大阪吃音教室でこんなに多彩な取り組みを工夫することになったのでしょう。
私も、吃音教室に参加出来る日にはなるだけ来ることにしています。せっかく吃音と共に生きることになった人生、自分が吃音であることの良さを、より多く味わうために。
(2006年4月 了)
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/8/23