吃音親子サマーキャンプ 番外編
   ひとりの中学生の変容〜本人・保護者・担任の手記から〜


 第3回吃音親子サマーキャンプの番外編として、ひとりの中学生を紹介します。中2のとき、初めて参加した彼は、仲間やメンターとの話し合いの中で、多くの気づきを得、そして、少しずつ変わっていきました。2回目の今回をとても楽しみにしていてくれたようでした。僕たちも、再会を楽しみにしていました。彼の名前は、和田幸太君。昨年の第2回吃音親子サマーキャンプに参加し、最後の一口感想で、彼は「今まで発表の順番が回ってくるのが嫌だったけど、今日は早く回ってこないかと楽しみにしていた」と発言しました。そして、次回のキャンプまでに、自分を大改造し、成長ぶりをみんなに見てもらうのだとはりきっていました。まず、咋年の彼の参加しての感想を紹介します。

 
中学2年 和田幸太
 僕は、この合宿でとても元気づけられました。みんながとてもやさしくしてくれたし、みんなでよく遊べてとても楽しかったです。
 以前なら合宿というものはめんどくさくて嫌なものだというイメージがあったけれど、今回の合宿は今までとは全然違いました。みんな同じ悩みを持った人たちばかりで、みんなの意見を聞いたりするのがとても楽しかったし、参考になりました。その意見について僕はすごく感動しました。それから今までにはない勇気が出てきたような気がします。今まではいろんな人の意見を聞いて、その場ではこれからがんばろうと思ってもしばらくたつとどうしても何ごとからも逃げてしまいました。だけど、今回は、これからもがんばっていけそうな気がします。なんか今までになかった気持ちが腹の底からわいてきたような感じです。
 これから僕はもっと自分を変えていきたいと思います。学校でも当てられるのが楽しみになるくらいがんばります。いろんな委員会などにも自分から進んでやっていきます。こんなにやる気が出てきたのもみんなのおかげです。大勢の前でしゃべるのがこんなに楽しかったのはみんなが本当にあたたかいまなざしで見守ってくれたからです。
 もし、来年もぜひ行きたいです。それまでに僕は自分を大改造したいです。もし、みんなにまた会えたら、成長ぶりを自慢できるくらいになるよう、がんばります。


 和田君はたくましくなっていました。二度目の参加ということもあるでしょうが、年下の彼がリーダーシップをとって行動する姿もよく見られました。
 そんな彼の変化を親の立場から、また中学校の担任の立場からまとめていただきました。紹介します。

◇母親の立場から◇
 親として子どもの吃音についてはこれまでから無関心ではなかったのですが、実際に悩んでいる我が子にどのように接していいか答えが分かりませんでした。
 そんな中で、昨年、第2回キャンプに父親と参加しました。お世話いただいた方々は、同じ吃音の悩みを持っておられた人、これまでに吃音を克服された実績を持っておられる人、また長年にわたって吃音に関する研究をされている人達で、実体験に基づくお話は本当に心に残るものだったようです。特に我が子にとっては、同じような悩みを持つ友達と話し合えたことと、諸先輩方の体験談により自分自身が勇気づけられたようでした。
 家で待っていた私は、帰ってきた子どもの目の色がいつもと違うのにすぐ気づきました。何となく晴れ晴れとした、ふっきれたような顔をしていました。
 翌日から、毎日早朝ジョギングを始めました。中断していた英会話を再開したいとも言い出しました。また、学校でも役員を引き受けてくるようになりました。「逃げてはダメ」ということが本当によく分かったのでしょう。
 心待ちにしていたキャンプの案内が2学期になって届きました。中学3年生でもあるし、ちょうどその日は模擬テストの日にもあたっていたので、キャンプを心待ちにはしてはいたけれど、親としてはテストを受けさせたいと思っていました。しかし、子どもは迷わず答えました。
 「一年間、このキャンプを楽しみにがんばってきたのだから、是非今回も参加したい」
そこで、今回は私と一緒に参加させていただくことにしました。
 昨年、きっと子どもがそうであったように、私は少し緊張気味で会場に着きました。でも、お世話して下さっているスタッフの方々の温かい気持ちが伝わり、すぐ緊張もほぐれました。
 キャンプの諸活動の中で「何年来の付き合いかな」と思えるほどの皆さんに対するわが子の接する態度を見ていると、このキャンプを楽しみに一年間がんばってきたんだというわが子の気持ちがよく分かりました。今年は、参加者の中で最年少ということで、年上の人達の貴重な体験談は、大いにこれから歩む道の参考になったことと思います。今年も帰りの電車の中で「今年参加した人、来年も来るかな、来ればいいなあ。もう今から来年が楽しみや。一泊二日はあっという間だったから、今度は二泊三日にしてほしいわあ」なんて話しながら、とても満たされた気持ちで家路に着きました。

◇担任の立場から◇ 
 和田君が一年生のとき、私は週1時間の技術の授業で顔を合わせていました。彼は真面目な性格で、ものを作ることや工夫することが得意だったように思います。
 二年生になり、彼は私の担任する6組の一員になりました。一年の担任の先生より、吃音のことは聞いていましたが、特に配慮することはないとのことでした。しかし、四月当初は緊張が増大するものです。特に本校は、学年9クラスの大規模校で、クラス替えにより一年と同じクラスの子どもは各クラスとも2〜3人と少なく、毎年友達関係が変わってしまいます。このことは彼だけでなく学年全体の子どもたちに言えることですが、友達関係が安定するまではかなりの緊張の中にあるように考えられます。しかし、彼は学校ではあまりそのような様子を見せようとはしませんでした。ところが、5月29日、お母さんが来校され、「二年生になってから、学校での緊張が大きくなり、みんなの前での本読み等が当たったりすると、目の前が真っ暗になり、昼食ものどを通らないことがあるようです。特に英語などが気になるようで、当たらないように少し考慮してもらえないでしょうか」とのことでした。さっそくこのことを学年会で話し合い、その中で、音楽での合唱などでは上手に歌えているとのことから、各教科とも今しばらく様子を見ながらあまり特別扱いをしないでいく。そして、クラスの仲間が彼を優しく見守り、待つことができるように指導し、授業を進めていく中で、彼自身の自己変革を援助していこうということになりました。その後、学校内では友達関係も順調で、夏休みのクラス合宿にも参加し、楽しく過ごしていました。2学期以降は緊張することもないようでした。
 三年生のクラスは、明るくにぎやかなクラスで、一、二年生の時、同じクラスだった子どもも多くいて、初めからクラスになじんでいたようでした。彼は前期の委員会も、積極的に立候補し、人のいやがる仕事も進んで行うようになっていました。先日、卒業後の進路についての話をする中で、何事にも前向きに取り組める今の自分を「おおげさなようですが、自分が変わったのは、昨年の夏休みに行ったサマーキャンプを経験したからです」と分析していました。このことは、彼にとって大きな変革のステップになっていたようです。
 自分を変えていくのは大変なことだと思いますが、同じ思いで悩んでいる子どたちに希望とやる気を与えるサマーキャンプ等の活動を今後とも人切にして続けていって下さることを願っています。


最後に本人の感想を紹介します。

◇この一年で変わったこと 和田幸太◇
 僕は去年の合宿に行って、なぜか知らないけど、がんばってみようという気持ちになりました。今までそう思ってもなかなか続かないことが多かったのだけど、今回だけはいつもとちょっと違っていたように思います。といっても、いつもいつも気を張り続けていたわけではありません。合宿で聞いたことや得たことは大事だとは分かっていたけれどその通りにできないこともいっぱいありました。まあいいかと許してしまうこともありました。だけど、それがかえってよかったのかもしれません。今年の合宿で、“深刻”に悩むのでなく“真剣”に考えるということを聞きました。同じことのように思っていたけれど、その二つは全然違います。僕にはまだ“真剣”に考えることはできていません。でも、少なくとも“深刻”ではなかったので、それはよかったと思いました。
 僕はみんなから「明るくなった、変わった」とよく言われました。多分、あまり“深刻”に考えないようにしてきたからでしょう。これからもあまり悩んでいても始まらないと思うので、悩んでも仕方がないことでは悩まず、大事なことや考えなければならないことをしっかり悩み、考えていきたいと思います。(完)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/8/1