「自分を認め、人を認める 〜交流分析〜」 2021.06.25(金)

 コロナのために、休講が続いていた大阪吃音教室ですが、緊急事態宣言が解除されて初めて開講された6月25日、15人(うち初参加1人)が参加しました。初参加の人の悩みや問題をまず聞くことから、大阪吃音教室は始まります。この日も、講座が始まる前の自己紹介で、思いつめたように話す初参加者の言葉に耳を傾け、みんなで関わっていきました。 なかなか、僕たちの考え方に同意できない人とのやりとりは、興味深いものでした。この報告では、最後まで同意できない様子ですが、そのやりとりとその後の交流分析の講座の中で、初参加の人は大きく変わったようです。次の週にも参加して、少し変われたと話していました。
 この日の講座の記録は、大阪吃音教室の僕たちの仲間である西田逸夫さんがまとめて下さいました。初参加の人の話と、僕たちのやりとりがおもしろかったので、少し長くなりますが、紹介します。

 初参加の小谷さんは、30代の男性。社会福祉協議会で生活困窮者支援の相談員をしている。仕事の場、特にケースごとの支援をするために、役所やさまざまな機関との情報共有の会議がある。4、5人から、時には30人くらいの会議での挨拶や自己紹介でどもり、日々ストレスを感じている。気が楽になりたいと思って初参加。どもって相手にうまく伝わらないので、ことばに困らずに相談にのりたいと思っている。会議の前日から気が塞ぎ、酒に逃げたりしている。今日まで、コロナの関係で人との集まりを避けていたが、大阪吃音教室が再開したと知って参加。今の自分を何とかしたいと思っている。

伊藤:挨拶や自己紹介で困っているのは分かったけれど、肝心の会議が始まってからの話し合いではちゃんと発言しているんですね。
小谷:それぞれの人への支援の話し合いでは、ちゃんと発言できている。
伊藤:挨拶や自己紹介など、本番前の言ってみれば、どうでもいいところで喋りにくいと思っていて、肝腎なところでは喋れていると考えていいですか。
小谷:ケース会議では、一人ひとりのそれぞれの事情が違うので、支援者は話さなければいけないので、そこはどもってでも話しています。ただ、挨拶など決まり切った文言が、言いづらい。でも、それは言わないと始まらないので、
西田:参加者の立場によって、意見の相違があったりする場合でも、発言しているということですか?
小谷:会議に参加する大事な点なので、そこは私もどもってでも発言します。
西田:じゃあ、仕事の中身そのものでは問題ないので、後は、自己紹介でどもったことを自分がどうとらえるかの問題ですね。
東野:他の参加者は、小谷さんがどもるのを知っているんですか?
小谷:多分、どもることは気づいていると思いますが、自分からはこれまで言ってこなかったので、公表するのには抵抗があります。言えば楽になると思んですが。
西田:私は前職で役所との付き合いが長かったので分かるんですが、支援会議に同席するような役所の職員は、小谷さんがどもると分かっても気にしたりしないと思いますよ。
小谷:そうなのだろうと自分も思うのですが、自分がどもってしまうと傷つくんです。
伊藤:そうなんだ。でもそれは、簡単に解決すると思いますよ。
小谷:それが簡単じゃないんです。
伊藤:いや、どもりを治せと言われたら難しいけれども、そういう場面でどう凌いでいくかはそんなに難しくない。競争の激しい企業の営業会議や企画会議ならともかく、社会福祉協議会の支援会議のような場だったら、どもって話せばいいだけですよ。
小谷:でも、ずっと今までそれで、悩んできたんで、
伊藤:悩み方が下手くそなんだと思うよ。悩み方には、下手な悩み方と上手な悩み方がある。上手な悩み方をしましょう。
坂本:挨拶が苦手で、そのことで悩んでいるのは、挨拶がとても大事なことだと思っているからでは?
小谷:会議の一番最初に名前を言わなければいけない。そこでどもると、会議で失敗したという気になる。
一同:そんな!、それは損だよ。
小谷:話の本題に入っていかなければならないが、気持ちの切り替えがなかなかできない。
坂本:それは本末転倒ですね。
小谷:それは、分かってはいるんですが、
坂本:それは損だし、しんどいよね。気持ちはとても分かりますが、ちょっとしたコツが分かればなんとかなりますよ。
小谷:名前を言うとき、「こ、こ、こ、小谷」となってしまう。
一同:それで、いいじゃん。
小谷:そんなときに焦らずに済む方法があれば、教えて頂きたい。
五島:焦らずに話せる方法なんて、私にもない。小谷さんは今、どもるということに頭が占有されてしまっているみたいなので、そうならなければいいと思う。
小谷:会議の最初に名前を言わずに済めばいいんですけどね。
伊藤:自己紹介は、確かにいやだよね。
あや:専用の名札をぶら下げるとか。
小谷:名札はあるけれど焦る。
 (参加者の何人かが、自分の名前でどもる話題を提供)
伊藤:どもるしかないですよね。ほかに方法があるだろうか。名前ではみんな苦労しているけれど、結局はどもることを認めるしかない。
 (苗字を変えた人、職場での通称を変えた人、などの話題)
伊藤:自己紹介の名前で悩むなんて損ですよ。悩むならもっと本質的なことで悩んで欲しいな。例えば支援者としてどんなスキルを身につけたらいいか、悩むとか。。
小谷:名前を変えた人の話にはびっくりしました。名前はどこでも言う機会があるので、名前を変えたくない。楽に言えるようにしたいんです。
伊藤:名前を楽に言えるようになるのは難しいね。僕も未だに病院の血液検査の時、確認のために名前を言わされるけれど、かなりどもることがある。だけど、検査を受けるという目的は達成していますよ。どもっても平気になろうよ。
小谷:それをどうしたらいいのか知りたい。
伊藤:どもっても平気になるのは、決心さえすれば難しいことじゃない。挨拶や自己紹介でどもることを、「仕方がないこと」だと認めて、どもって、恥をかいて落ち込んで、というのを半年も繰り返せば慣れてくる。それともうひとつ、あなたがどもることに、周りを慣れさせることですよ。「ここここ小谷」というのを周りに慣れさせればいい。周りが知れば、問題ではなくなると思いますよ。
小谷:周りは私のどもりに気づいていると思います。
伊藤:相手が気づいているのと、明確に自分も周りも共通のこととして認識するのとでは、大きな違いがありますよ。「どもる小谷」をはっきり分からせることですよ。
小谷:それはできない。プライドがあります。
伊藤:そんなしょうもないプライドは捨てなさい。もっと大きなプライドを持って欲しい。社会福祉協議会で人を支援していることにプライドをもって、実際にどもっても支援のことについてはきちんと発言しているわけですから、そこに大きな誇りを持てばいい。名前がスムーズに言えるかどうかなど、小さなことに命を懸けることはない。まあ、誰でもできるようなことに、僕たちどもる人は悩むのだけど。そういう小さなことからは、解放された方がいいと思うね。
小谷:名前を言う機会が多いので、嫌なんです。
伊藤:いっぱいいっぱい、恥をかいたらいい。僕も、自己紹介のとき名前が言えない、ただそれだけのことで、高校時代大好きな卓球部を退部した経験があり、その後も、名前では苦労してきたから、あなたの名前が言えないことのつらさや悩みは人一倍分かるけれど、いつまでもそこにこだわっていたら損ですよ。僕も随分損をしてきたから、その悩みからは解放されて欲しいと思うね。
東野:どもることで恥ずかしいというのは、自分で自分のことを見て、それで評価しているけど、他人はどもった経験がないので、自分が思っているほど他人は気にもしないし、どもることに対して殆ど何も感じないようですよ。私もどもると恥ずかしいと思っていたけれど、どもることは、他人にとっては、何でもなく、ただどもるという事実があるだけだと気づいてからは、以前ほど気にならなくなってきました。最初に、自分が傷つくのがいやだとおっしゃっていたけど、周りの人が小谷さんがどもると分かったからといって、何も小谷さんが傷つくことはない。蔑まれるのではないか、自分に対する態度が変わるのではないか、と思うけれど、そんなことは絶対に起きないと思いますよ。
西田:「相談員でどもる小谷です」と言っても、変な印象を持つ人はいないと思う。
伊藤:そんな風に認めてしまったほうがいい。
東野:「この人はどもりながらも、一生懸命人の話を聴いて、いろいろ考えてくる相談員だ」と見てもらえる。人間味があって、良い人だと思ってもらえる。
西田:良い人だと誤解される可能性のほうが高い。
小谷:そんな人間になれそうにない。
西田:なれますよ。なろうと決心しさえすれば。
小谷:自分でも薄々分かってはいるんですが。
伊藤:薄々では駄目で、明確に分からないと役に立ちません。
小谷:話すときにどもるので、やはり怖い。臆病なところを直したい。
伊藤:臆病ではなく、不誠実だと僕は思うよ。自分自身に誠実ではないし、人に対する差別意識があるのだと思う。自分には差別意識がないと思っているだろうけれど、ここにどもっている小谷という人間がいて、名前も言えないその人間は劣っていると、もう一人の小谷さんが思っているから、そういう態度になる。足の不自由な人間とか、今生活に困窮している人間に対して、お前たちは駄目な人間だと差別することと同種のことを自分でしている。そんな自分の内なる差別意識を、きちんと見つめて欲しいな。
小谷:私は自分に厳しいのだと思う。
伊藤:厳しくないですよ。自分に甘いんです。甘すぎるからそう考えるので、自分に厳しかったら、どんなにどもろうと、名前がちゃんと言えなかろうと、自分は社会福祉協議会の仕事をきちんとしているのだから、何の問題もないと思えるはずですよ。
小谷:ちゃんと仕事はしているが、最初の名前が言えない。
伊藤:言えなかったら、小谷と書いたプラカードを掲げるなどすればいい。
小谷:そんなことができたら悩みませんよ。とてもできない。
伊藤:できたらいいのではなく、すればいい。しないだけの話です。
小谷:ここの皆さんならできるかも知れないが、私には抵抗がある。
伊藤:そんなに強い抵抗があるんなら、仕方ないですね。…(ほかの参加者に)僕の意見は厳し過ぎると思うので、誰かフォローして欲しい。
東野:どもってでも名前の部分だけ越えれば、後は大丈夫なのだから、頭を切り替えればいいだけなんだけどな。
坂本:カミングアウトすれば。
東野:何か人前である程度以上の長さのスピーチをする機会なら、前もって吃音があると言えばいいが、(小谷さんのような)自己紹介ではちょっとやりにくいかもしれませんね。まあ、たいてい同じメンバーで会議をするなら、一回言っておけばいいのかも知れないが。
伊藤:どもることをわざわざ言わなくてもいいと思うよ。小谷さんはどもるんだから、普通にどもればいい。どもるだけの話です。
小谷:どもっても気にしないにようにできるのであれば、
坂本:まず、周りの人は自分が思うほどには気にしていないと気づくことですね。
あや:私はすごくどもります。世間話とかしていてもすごくどもるんですが、周囲に「私どもるねん」と言っても、「どこがどもってるのん?」と返されたりする。私くらいどもっていても周りはそんな反応です。小谷さんの周りの人も、小谷さんがどもると分かっていないかも知れない。
東野:(あやさんに)どもって恥ずかしいという気持ちは残ってるの?
あや:恥ずかしいですよ。
東野:そうだよね。
伊藤:(恥ずかしい気持ちが)ゼロにはならないよね。僕だって恥ずかしいですよ。
あや:職場の方が恥ずかしい。声が出ればいいので、手を振ったりして何とか出している。小谷さんの場合、今のどもっている状態で判断すると、どもっていると言わないと、周りの人には、小谷さんがどもっているとは分からないですよ。恐い恐いと思っているだけでは始まらない。周りの人全員には難しくても、言いやすそうな人に、まず話してみるとかすれば、楽になると思う。
小谷:カミングアウトしていないから余計に恐いんです。
伊藤:だったら、やってみたらいい。
あや:話しやすいなと思える人がもしいたら、その人だけにでも。
東野:今日の大阪吃音教室のタイトルは「自分を認め、人を認める」に、ぴったりの話かも知れない。
伊藤:ちょうどいい。「自分を認め、どもりを認める」
東野:では、小谷さん、まだ途中かもしれないですが、今日の講座に移ってもいいですか。(つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/7/25