『なってみる学び−演劇的手法で変わる授業と学校』(渡辺貴裕・東京学芸大学大学院准教授、藤原由香里・八幡市立美濃山小学校教諭著・時事通信社)

 渡辺さん、藤原さんの本の紹介に関連して、国語教育について少し触れました。音読が苦手で、不登校にもなったことのある僕は、国語は嫌いな科目でした。文学作品に親しんだり、作文を書いたり、物語を読解したりすることは好きで得意だったのですが、ただ音読だけがクローズアップされて、苦手だ、嫌いだと思っていたようです。そんな僕ですが、それでも「国語教育」に対して、希望と期待を持っていました。そんな文章をずいぶん前に書いています。タイトルは、ずばり、「楽しい国語教育」です。
 渡辺さんたちの「なってみる学び」とは、かなり違いますが、1991年当時は、このようなことを考えていたようです。

  
楽しい国語教育
                         伊藤伸二

小学校時代、国語が大嫌いだった。
 朗読の順番が近づくと、胸はドキドキ、顔がほてる。つまってつまって読んで、時には先生から叱られ、友達からは笑われた。「国語」といえば、朗読の時、立往生している姿しか思い出せない。文学作品に親しむこと、文を書くことは好きであり、「国語」が全て嫌いだったわけではない。しかし、当時の「国語」は、読解・音読が中心であり、正確に、流暢に読むことが評価された。

 「国語」の学習指導要領が大幅に改訂され、「話しことば」を前面に出した国語教育が、来年度から始まる。今後、どのように展開されるかは未知数だが、この方向は画期的なことだと言える。
 それに先立って、NHK日本語センターが主催し、杉澤陽太郎さんたちを講師に、国語科教師のための「話しことば教育」のセミナーが開かれた。全国から集まった100名程の教師と共に、話す、読む、聞くトレーニングを受けた。グループに分かれ、人前でスピーチをし、順番に朗読し、テープにとって検討していく。実習やディスカッションを通して「話しことば教育」の重要性を確認し合った。夏休みを利用し、自己研修に励むこれら多くの教師の真摯な姿に接し、ここに参加している教師が、子どもの指導に当たれば、どもる子どもにとって「国語」は好きな科目になるのではないかと期待が持てた。
 長年にわたって私たちは、どもる子どもの指導は、「ことばの教室」の指導だけでなく、通常学級での「国語教育」の充実が必要であると主張してきた。しかし、これまでの「読み」中心の国語教育は、どもる子どもに役に立つどころか、プレッシャーを与えてきた。今回の改訂による「話しことば教育」が、「読み」でされてきたように正確な発音や流暢さを強調されることがないよう願いたい。どもりながらでも、自分のことばで話すことが最も大切なことだ。
 話すことは本来楽しいことである。その楽しさや人に伝える喜びを知れば、どもることの不安や恐れがあっても、話そうとする意欲は失われないだろう。そして多少の厳しいトレーニングにも耐えることができるだろう。これまでの「国語」の読みは、私たちの生きた日常会話に生かすことができなかった。吃音治療のための音読練習も、またそうであった。
 セミナーでは「話をするように読む」ことを指導された。私自身、人前で順番に読むことが楽しく、また他者のを聞いていても楽しかった。読むことの楽しさを初めて知ったと言っていい。ここでは読みと話すが一体となった。

 今夏行った吃音親子サマーキャンプでのこと。あるエクササイズをし、最後に順番に発表する。小学生、中学生が、どもりながらも誰もが最後まで言い切った。ふりかえりの時、中学生は次のように言った。
 「これまで、読みや発表で順番が回ってくるのがとっても怖かったし、嫌だった。でも、今日は発表が待ち遠しかった。順番が回ってくるのがうれしかった」
 どもる子は発表したり、話したり、読んだりすることが嫌いだろうと決めつけられない。言いたい、他の人に伝えたい、そんな気持ちが強ければどもっても話そうとするだろう。今回のエクササイズで、中学生は、自らの頭で考えたことを是非他人にも知ってもらいたいとの気持ちが強く働いたのだろう。
 言いたくもないことを言わされる、それもどもってとなれば、話すことが楽しくなるはずがない。
 話そうとする意欲を持ち、話すことが楽しいことだと思える子どもを育てることが「話しことば教育」にとって最も大切なことではないか。

 話しことば教育に無縁だった私たちは、大人になった今改めて、自分史、聞く5つのスキル、表現よみ、1分間スピーチ、アサーティヴ・トレーニングなどを通して、コミュニケーション能力を高めるトレーニングを5年前から続けている。
 「国語」がコミュニケーション能力を高めるのに役立てば、日常に生かせるものになれば、国語が好きだというどもる子どもやどもる人が増えるに違いない。(1991.8.31)
(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/6/24