自分の吃音体験を綴る「ことば文学賞」を制定して、20年以上が過ぎました。その活動の中で、たくさんの作品が生まれています。どの作品も、その人ならではの体験であり、優劣をつけるものではないのですが、励みになるようにと、選考者にお願いして、最優秀作品と優秀作品を選んでもらっていました。
 その最初の選考者が、高橋徹さんでした。元朝日新聞社の記者で、文芸欄を担当し、文学作品の評論などをしておられました。自身も詩を書いたり、カルチャーセンターで文章教室の講師もされていました。高橋さんに、その年の作品を送り、選考してもらっていたのです。そして、ことば文学賞の発表の講評の講座だけでなく、文章の書き方の講座も担当してもらっていました。
 その高橋さんが、「自分史の方法をめぐって」というタイトルの文章を書いて下さっていました。自分史を書くときのヒントが紹介されています。
 阪神淡路大震災のとき、避難されていた体育館にお見舞いに行ったことがあります。高橋さんらしいと思ったのは、枕元にお酒の瓶が並んでいたことでした。「地震の時、たくさんの本が、凶器のように倒れてきた」とおっしゃっていたことを思い出します。
 お亡くなりになる直前まで、僕たちのことば文学賞の選考をして下さっていました。高橋さん独特の言い回し、しゃべり方がなつかしく思い出されます。
 「大阪吃音教室の会員の作品が一冊にまとめて出版される日が来るか。それを私は待つようになっている」と、高橋さんは文章の最後に書いておられます。大阪吃音教室では、すでに2冊の体験集宇を発行しています。「吃音を生きる機修匹發訖佑燭舛梁慮浬検廖峙媛擦鮴犬る供修匹發訖佑燭舛離汽丱ぅ丱襦廚2冊です。高橋徹さんのおかげです。ありがとうございました。たくさんあるセルフヘルプグループの中で、自分の体験を綴ることを、活動の主要なものにしているところは、あまりないでしょう。

   
自分史の方法をめぐって
                         高橋徹(詩人)

 私の周りに、二人の吃音者がいた。二人とももの書きであり、現実の職場では管理職であった。立場上、発言しなければならないことが多いが、言葉は常に出にくかった。
 しかし私を含めて仲間は、そのことを気にもしなかった。二人の重症ともいえる吃音に、すっかり慣れてしまっていたからだ。
 縁があって、大阪吃音教室の集まりに三回出た。そしてその書かれた文章によって、私は吃音者の苦しみを初めてじかに教えられた。私の二人の友人も、そのような悩みを胸ふかく秘めていたであろうと知って、いまさらのように私は恥じた。

 「名前を呼ばれて返事する、そのハイが出なかった」
 「教室で、いつ先生から当てられるか、その恐怖にいつも責めさいなまれていた」
 「親をうらんで反抗し、きょうだいとはけんかの繰り返し。打ち明ける友人一人もなく、まさに地獄の毎日だった」
 「吃ることをひたすら隠し、話す場面から徹底的に回避するという、心理的にも重い吃音者になっていた」

 これらは大阪吃音教室に参加するどもる人の作品の一部である。それは最近の大阪吃音教室の講座の席で書かれたものであった。執筆時間は一時間足らず、八百字以内にまとめる、という取り決めだった。
 その夜の集まりで文章を書くことは、あらかじめ全員に知らされていたとはいえ、果たして書くことが出来るか。短い文章ほど、難しいのだ。そのことを知っている私は、不安だった。
 しかし、提出された作品は、二十五編にも達した。それらに目を通した私は、いずれも読める文章になっているのを知って驚嘆した。文字の間違いや表現のまどろこしさ、句読点のおかしさなどはあったが、簡潔に<吃音人生の断面>が描かれていたのだ。
 その夜の主題は、出席者のうちの一人の提案により<自分史>と決まった。いうまでもなく、吃音体験を書くことである。
 このように主題がまず決められたのがよかった。その瞬聞、出席者はそれぞれ無数の体験を思い出したのに違いない。
 よくいわれるように、まさに走馬灯さながらに追憶が頭をよぎったことだろう。
 一つの思い出が浮かべば、それに関連して似通った思い出がわいてくる。それは更にまたべつの連想を生む。
 混乱する。やみくもに書き出せば、記憶の糸はもつれるばかりだ。
 さて、それらの思い出―体験のどの部分に光をあてるか、である。主題は吃音体験だが、どの一点に絞るか、が重要になってくる。
 こんな時は、机から離れて散歩でもするのがよい。しかし、この時は時間は決められていて、そのような余裕はない。

 いよいよ執筆だ。
 が、まだ大切なことがある。いかに書き始めるか、である。「冒頭の数行を考えよ。そこにエネルギーを集中することだ。すべり出しさえうまくいけば、あとは楽だ」と、私は出席者に話していた。
 ―上手に書こうなどと思わないこと。
 ―奇妙に気取った表現は無用である。
 ―事実を淡々と。
 ―肩に力を入れないで。
 とも話していた。これらは文章作法の常識だが、確かにこの通りなのだ。それに全体の構成も忘れてはならない。大事なところは、念を入れて書くということも。
 大事なところとは、その文章の中心点である。ポイント、やま、核といってもよいだろう。最も強く述べたいところである。そこは丹念に、微細に表現することだ。
 繰り返すようだが、提出された作品は以上の点を頭において書かれたようであった。それらを拝見しつつ、私はバカげたことをふと考えていた。苦しみをもつ者は幸い、とはあるいは大阪吃音教室のどもる人たちのことか。なぜなら十分に読むに耐える文章を、たちまちのうちに書きあげることが出来たから。ほんとうに、そのように思えたのだ。

 敬愛する作家・真継伸彦氏が吃音者と知ったのは、『吃音とコミュニケーション』からだった。よい声で堂々と話す真継氏だが、そう言えば常に大きく息を吸い、ゆったりと間をとって話されていた。
 『吃音とコミュニケーション』には、真継氏は吃音者であることを自ら公表することによって、おのれを強くしたとある。
 苦悩を克服するために、文章を書く―確かに、すぐれた文学作品はそのようにもして生み出された。
 いつの日か、大阪吃音教室の会員の作品が一冊にまとめて出版される日が来るか。それを私は待つようになっている。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/4/26