昨日は、重光さんが番組中に読んで下さった、僕が書いた「初恋の人」を紹介しました。
 重光さんの朗読のバックグラウンドミュージックとして「忘れな草をあなたに」が流れていたのです。なんとも幸せな時間でした。
 対談の続きを紹介します。
 「伊藤さんを見ていると、どもりを楽しんでいるように、うまく共存しているように感じる」との、重光さんのことばが印象的でした。実際に僕は、吃音について、いい聞き手が質問をしてくれると、吃音について話すのがとても好きです。以前、教育研究家で、「自分で決めたことを自分で実現する」セルフラーニング研究所を主宰する平井雷太さんと、20人ほどの人の前で「吃音談義」をしていたとき、二人とも楽しくてしょうがなかったことがありました。その時、周りの人につい、「どもりっていいでしょ。こんなにおもしろいんですよ」と二人で言ったことがあります。やはり僕は吃音について話すのがが好きなんですね。いい聞き手だった重光萬石さんとの対話は、本当に楽しいものでした。
 前回の続きです。

  
ラジオ天国! 重光萬石です

重光 伊藤さんの思い出の曲、菅原洋一で『忘れな草をあなたに』を聞いていただきました。
 伊藤さんは小学校2年生の時以降、吃音に苦しむ体験をされているんですけども、今もどもりの現役だとおっしゃっていましたが、本人から言われて初めて、あっ伊藤さんがどもるのかと思えるくらい、今日は少なくともそんな感じですよね。どもりの条件で、自分が悩みを持ったらどもりだということだったんですけど、伊藤さん、悩んでられるんですか。
伊藤 いや、今はもう全然悩んでません。
重光 じゃ、もう卒業じゃないですか。
伊藤 いやいや、それがですね、卒業なんだけど、卒業したくないんですよ。
重光 えっ、どういうことですか。
伊藤 今でもすごくどもる時はあるんです。例えば、言いにくい音がありまして、それを巧妙に言い換えたりはしてますけど、言い換えのできない固有名詞、自分の名前であるとか駅の名前であるとか。それとかお寿司屋さんで「とととと、・・・とろ」を注文しようと思ったら、確実にこうなるわけですよ。悩んではいないけれど、どもりと自覚していたいんです。周りの人は不思議でしょうね。僕がお寿司屋さんで「とととと」と言ってどもっている状態を見ると、この人はすごいどもりだなあと思うでしょうし、普段大学などで講義したり人前で喋ったりしている時は、この人どもり治ったんじゃないかなあと思うでしょうね。
重光 はあ、これ、変な言い方ですけど、伊藤さんを見ていますと、どもることを楽しんでいる。なんかそれとうまい具合に共存している感じがする。
伊藤 はははは。そうですね。
重光 ただ、日本中、もしかしたら世界中にたくさんいらっしゃるどもっている方の中には、できれば治してしまいたいと思っている方もたくさんいらっしゃると思うんですよ。そういう方たちにとって、治すことっていうのは、可能なんですか。
伊藤 僕が34年前にセルフヘルプグループを作った頃は、本や新聞も「どもりは必ず治る」という情報しかなかった。だから、僕たちもどもりは治るはずだと信じて、一所懸命治すために訓練をしたんです。上野の西郷さんの銅像の前で演説をしたり、山手線の電車の中で演説をしたりしたんだけど、全然治らなかった。僕だけじゃなくてほとんどの人が治っていない。世間一般に言われているようには、簡単に治るものではないと思ってきた時に、治らないなら、仕方がないと、治すことをあきらめた時に、僕の吃音症状も変わりましたね。
重光 そうですか。自分の考え方を変えたんですね。
伊藤 自分の考え方は、自分で変えることができますね。
重光 僕の高校1年のときの担任の先生はものすごくよく喋る先生なんですが、実はその先生が、小学校のときにものすごくどもってたんですって。そのときの担任の先生がわざとその先生を学級委員にした。学級委員になると「起立」とか「礼」とかいろんな号令をかけたり、会議のときに司会したり議長しますよね。そのことがご本人はよかったと。僕が担任になってもらってる時には全然どもらなかったというか、むしろ人の何倍もよく喋る先生でした。そういうことで言うと、治ったんじゃないのかなと思うんですけど、それはどういうことなんでしょうか。
伊藤 コントロールができているんですが、おそらくその方も特定の音は、今だにどもり、完全に治ったわけではないと思います。どもりに劣等感を持って、恥ずかしいことだと思うと、どもりを隠すことが起こりますね。隠すということは話す場面から逃げますね。喋る場から逃げるので、ますます自信がなくなって言語訓練の場からは一番遠い世界にいるわけです。ところが、俺はどもりなんだからどもるのは当たり前だと思って日常生活の場に出ていく。その人の場合、学級委員になる。人前で号令をかけ、話をする、それが言語訓練の場になったんでしょうね。どんどんどんどん喋る、その日常生活の中でしか言語訓練というのは成り立たないんです。
重光 日常生活の中で、ちゃんと意味のある、喋りたい、楽しいことを喋ってもらうと。
伊藤 そうです。だから、僕もどもりの矯正所で治らなかったけれど、自分で会を作った時にリーダーになって、会合の司会をしたり新聞社とか放送局に、どもってどもってどもりながら電話をかけた。それまではどもっていると人は話を聞いてくれないのではないかという恐れがあったんだけど、一所懸命喋ってみるとどもってても人は聞いてくれる。「あっ、なんだ今までどもりを悪いもの、劣ったものだと思っていたが、そうでもないぞ」と思い始めると、喋る回数がどんどん増えますね。それが結果としてどもりを軽くしたりするです。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/4/21