昨日、紹介した西ドイツでの第2回国際大会のメインのパネルディスカッションでは、専門家との連携について各国の事情が浮き彫りにされました。僕たちは、専門家とも対等な立場で発言し、活動したいと思っていますが、世界の中ではそれが難しいところもあるようです。治療的試みを続け、うまくいかなかったとき、専門家は「うまくいかなかったな」で終わりますが、当事者である僕たちにとっては、死活問題なのです。大切な時間を無駄に費やすことのないよう、今、何にエネルギーを注ぐべきか、考えていきたいものです。世界各国のリーダーにとって、専門家といえば、言語治療の専門家しか頭にないことに、不思議な思いをもったことを覚えています。吃音問題は、言語症状だけの問題だとしか考えていない世界各国の現状では、当然のことだったのです。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/12/22
セルフヘルプグループに未来はある
伊藤伸二
1989年夏に、西ドイツのケルン市で開かれ、世界各国18か国、550名程が参加した、第2回国際大会が終わった。不安と期待の中、第1回を開いた私が思っていた以上に、国際的な広がりが、静かに確かに動いている。第2回を西ドイツが開いてくれたことで、第1回を京都で開いた意義が確認され、第3回のアメリカへとつながった。
「セルフヘルプグループに未来はあるか」のパネルディスカッションが今大会のメインプログラムだった。
「吃音を目立たなくさせるのが臨床家の役目」と主張する西ドイツの臨床家に対して、セルフヘルプグループの主張に近い立場の西ドイツの心理学者は、「吃音を目立たなくするとは、どういうことか?」と反論し、「その主張は吃音を醜いもの、悪魔のようなものと考えているからであり、どもる人を傷つけている。吃音は治る、治すべきとする専門家に批判的に対処しなければならない。インチキな専門家を摘発し、糾弾すべきだ」と激しい口調でかみついた。この発言に会場から一番大きな拍手が起こったことから、ドイツのセルフヘルプグループと吃音の専門家との関係が良好でないことを伺い知ることができた。
セルフヘルプグループの意義の大きさは今さら言う必要もないが、陥りやすい危険性もある。「セルフヘルプにのめりこみすぎると、有効な対処方法や専門機関の社会資源にまで関心を向けなくなってしまう恐れがある」がそのひとつだ。
そこで、私は、日本からのパネラーとして専門家との協力関係の必要性にポイントをおいて次のような発表をした。以下は、その一部である。
『私たちは「吃音を治す、軽くする」ことを目標にはせず、「吃音とうまくつき合う」ことを考えている。そのために3つの学習をすすめている。3つの学習をすすめる上で、専門家と協力、連携が必要なのだ。
1)吃音の正しい知識を得る
吃音についての正しい知識がないと、いたずらに不安を持ってしまう。これまで考えられてきた吃音の原因、様々な吃音研究の成果、吃音治療の効果と限界、吃音の持つ本質など専門書を通して学んだり、直接専門家かち話を聞いたりしながら、吃音とつき合うに必要な吃音についての知識を得る。このとき、直接、間接に吃音の専門家からの援助、協力が不可欠である。
2)コミュニケーション能力を高める
私たちは、話すことを重視したこれまでのあり方から、コミュニケーションのトータルな能力を身につけるために学習を続けているが、過去にこのような専門家が協力した。
「聞く」…臨床心理の研究者、カウンセラー
「書く」…国語教育の専門家、新聞記者
「読む」…プロの朗読劇団、映画・舞台の俳優
「話す」…俳優、ラジオ・テレビのアナウンサー
これらの専門家が全国的なワークショップや例会の講師を引き受けてくれている。
3)自分を知り、自分を高める
私たちはどもりだから〜できないと、日常生活の中で当然果たすべき役割を回避してきた。どもるのが嫌さに逃げの人生を歩んできた。そのような自分を自覚することは難しいし、さらに自分を変えていくことは難しい。自己の吃音体験やこれまでの生き方をふりかえり、自分らしく建設的な生き方をするために、『吃音者宣言』をバックボーンにし、具体的な取り組みとしては、心理療法を活用している。
「交流分析」、「論理療法」、「アサーティヴトレーニング」「ゲシュタルトセラピー」、「森田療法」等、これらは『吃音者宣言』の考え方と軸を一つにするものであり、直接・間接にこれらの専門家から体験的に学んできた。
セルフヘルプグループと専門家との協力といっても、参加した18か国に様々な社会状況の違いがあり、スピーチセラピストの多い国では、吃音治療の専門家への依存関係からの脱却が難しい。専門家との協力関係が確立されているところでも、それは言語治療という限られた枠内の専門家だ。私たちは、吃音の専門家だけでなく、人として自分らしくより良く生きるための実践をしている専門家から幅広くまた貧欲に学ぼうとしている。私たちは、どもる人のセルフヘルプグループの未来のあり方に、世界のグループよりも一歩前に踏み出しているのではないだろうか。 1989.9.28
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/12/22