チャールズ・ヴァン・ライパーは、吃音の問題解決に向けて、吃音方程式を作りました。分子に吃音の問題を大きくする要因を、分母に小さくする要因を置き、分子を小さく、分母を大きくすることで、吃音問題全体を小さくしようとしたのです。僕は、1975年、全国巡回吃音相談会の時に、それをもじって、伊藤伸二の吃音方程式を作りました。ライパーと僕との決定的な違いがあります。ライパーは、分母に、流暢に話せた経験を置いたのに対して、僕はどもりながらも話せた、目的を達成した経験を置いたことです。
 1989年、生きがい療法の伊丹仁朗さんを講師に迎えたワークショップで聞いた話は、僕の吃音方程式そのものでした。


生きがい療法と、伊藤伸二の吃音方程式
                       伊藤伸二

 その程度や質は異なるものの、人に悩みはつきものだ。また、不安や恐れは、本来誰しもが持っているものでだ。ガン患者にはガン患者の、どもる人にはどもる人の、それぞれ特有の悩みはあるだろう。しかし、ガン患者でなければ、どもる人でなければ、その悩みは理解できないというものではない。
 ガン患者の死への不安や恐れが、その頂点に立つものなら、その下方にどもる人の持つ予期不安や吃語恐怖、場面恐怖がある。それらの不安や恐れはそれぞれ分断されているものではなく、日常的に全ての人が持つ悩み、不安、恐れと連続性のあるものとしてとらえることができると私は考えている。だから、ガン患者・藤原道子さんの話は、私たちどもる人を大いに勇気づけ、学ぶことも多かった。また、私たちの『吃音者宣言』を読んで、水戸黄門役の俳優の佐野浅夫さんが「この宣言は、日本人全てに通用する宣言だと思う。あなたたち内部のものだけにしないでほしい。私もこれから、講演などで『吃音者宣言』を紹介していきたい」と言って下さった。
 吃音症状にとらわれたアプローチだけをしていると、全ての人が本来的に解決しようとする問題に迫ることはできない。私たちは吃症状の消失及び改善ではなく、症状を持ちながらも個性的に自分らしく生きることを目指している。そのためにその人を縛っている不安や恐怖への対処を中心課題にしている私たちだからこそ、伊丹仁朗医師は熱のこもった「生きがい療法」のワークを展開して下さったし、ゲストとして参加した藤原道子さんとも互いに共感し合えた。藤原さんの生きる姿勢が私たちに大いなる勇気を与えたように、私たちが吃音のとらわれから解放され、吃音を持ちながちも素直に、自分らしくより良く生きることを追求する姿は、結果として多くの人々に勇気を与えることになるのかもしれない。そうであれば、うれしいことである。
 人の持っている不安や恐れは、問題ごとに分断されているのではなく、人生における些細な悩みや不安や恐れから死への不安、恐れへと連続しているということは、私たちに大きな連帯感を与えてくれる。
 ところで、伊豆で学んだ『生きがい療法』には5つの基本方針がある。その方針は、1975年に、チャールズ・ヴァン・ライパーの吃音方程式をもじって私が作った伊藤伸二の吃音方程式と基本的に通じるものがある。2つを合わせて紹介しておこう。

生きがい療法の5つの基本方針
生きがい療法の本1.自分が主治医のつもりで病気と闘っていく
2.今日一日の生きる目標に、全力投球する
3.人のためになることを実践する
4.死の不安、恐怖と共存する訓練をする
5.死への現実的、建設的対処のトレーニングをする


      『生きがい療法でガンに克つ』講談社 伊丹仁朗

伊藤伸二の吃音方程式
 吃音問題を大きくしている要因を分子とし、吃音問題を小さくする要因を分母においた。分子を弱めたり小さくし、また分母をよりすすめたり増やしていくことによって分子/分母で表される吃音問題は小さくなり、解決の方向へ向かうと考えたのである。

*分子(吃音問題を大きくする要因)
人間関係の狭さ
幼少時の愛された経験の少なさ
どもって失敗した経験の質と量
日常生活の中での回避の度合い
吃音のことが話せる人の不在
レジャー活動の貧困さ
吃音も含めた様々な劣等感

*分母(吃音問題を小さくする要因)
豊かな人間関係
楽天的な人生観
明確な人生目標
どもってでも目的を達成できたという経験
仕事や学習についての自信
人に受け入れられた経験

 吃音ワークショップを通して、自分史作り、表現よみ、交流分析、論理療法、生きがい療法を学んできた。これらは、どもる人が分子を小さくし、分母を大きくすることに役立っている。 1989.6.22


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/12/20