Nさんの仲人の体験を、日付を追いながら紹介してきました。論理療法の具体的な話をするときに、Nさんの体験はぴったりです。そこで、僕は、大阪教育大学の講義のときに、Nさんに来てもらって、学生たちに話をしてもらいました。生の語りを聞いて、学生たちの、論理療法に関する理解は深まりました。少し考察します。

第一段階 モチベーション
 吃音に悩んでいても、実際に治そうとするには動機が必要です。就職の面接試験が近づいてきた、管理職に昇進して話す機会が増えた、地域や趣味の会などでスピーチの機会ができたなど、自分の人生にとって大きなできごとに直面すると、吃音治療の動機が高まります。Nさんも、仲人を依頼されたことで、最初は一般の社会人が参加する「話し方教室」に参加したもののうまくいかず、吃音を治したいと思い、大阪吃音教室を訪れました。

第二段階 自己開示
 それまで、吃音のことを誰にも話してこなかったNさんは、大阪吃音教室に参加して、ほかのどもる人の体験を聞くうちに、自分のことも語ろうと思うようになります。そして、参加して3回目に、仲人を依頼されて困っていることを話します。グループの中で、自分の問題を出し、他の人の意見を聞きながら、自分の問題に直面していったのです。

第三段階 行動の再決断
 大阪吃音教室に来るまで、Nさんは、「結婚式の仲人はどもって挨拶してはいけない」というイラショナル・ビリーフ(非論理的な考え)をもっていました。だから、吃音を治そうと思って大阪吃音教室に来ました。しかし、吃音は簡単に治るものではないと知り、いったんは仲人を断ろうと思います。しかし、「人生の困難はこれに立ち向かうよりもこれを避けたほうが楽である」の、アルバート・エリスの指摘する非論理的思考をテーマにディスカッションして、ほかの人の体験を聞き、自分の持っているイラショナル・ビリーフに気づき、その論ばくに成功し、引き受けますと再決断しました。

第四段階 変わるための実践
 イラショナル・ビリーフがラショナル・ビリーフ(論理的思考)に変わったとしても、実際の行動が不可欠です。Nさんは、大阪吃音教室以外にも、良いと思えることは何でもしようと様々な実践を続けました。そして、「できれば、うまく挨拶したい。でも、うまくできなかったとしても自分なりに精一杯努力してきた結果なのだから仕方がない。仲人がどもって挨拶したからといって、結婚式がダメになるわけではない」と、不安に対処しました。そして、当日は「山より大きい猪は出ない」と自分に言い聞かせ、不安に耐えました。その結果、どもりながらも、自分でも満足のいく、また周囲に感動を与えて結婚式は終わりました。

第五段階 吃音宣言と自己肯定
 Nさんは、仲人の挨拶の中で、自分の吃音を公表しました。吃音に直面し、吃音とともに生きる生き方をNさんが選んだということです。10ヶ月、彼は自分の吃音としっかりかかわりました。Nさんの、吃音との新しいつきあいが始まったということになります。  Nさんのおかげで、僕たちもこのように整理できたありがたい経験でした。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/18