行動する吃音者と題した彼の手記を掲載していますが、それには事実誤認というか、記憶違いがあります。腹話術のすすめと、電話のくだりです。
 僕は、「吃音をもちながら目的を達成する」の目標で、まずは彼の意見を尊重しました。今、一番したいことに取り組みたかったからです。それが、「彼女が欲しい」でした。そこで、どうすればそれが実現するかを一緒に考えましたが、K・J法の宿題をしてきませんでした。その理由が「模造紙が買えなかった」でした。そこで、「君の一番したいことを目指したが、約束を守らなかった。今度は僕の提案に従ってもらう」として腹話術を提案しました。舌を出さずに話さなければならない腹話術が、ひょっとすると、彼の「舌が出る」随伴症状に多少影響するかもしれないという期待は少しありました。しかし、本当の狙いは、どのようなことでも、言葉を発する趣味を5か月間練習し、200人も参加するどもる人の全国大会で演じることでした。腹話術に関しては、情報は全て自分で探して、練習することを提案しました。しかし、相変わらず消極的で、次の週には「近くの本屋に腹話術の本はなかった」と、近くの本屋に行ったことを報告しただけでした。これでは埒があかないと、腹話術の情報の「電話番号」だけを教えました。どうしても電話をかけなければならない状況に、彼を追い込んでいきました。そして、電話をすることになるのです。「手紙を出すだけでもよかったのですが、従来の行動パターンを破らねばならないと思い、今度こそ自分で電話をしてやろう、と決意しました」と彼の手記にはありますが、そうではありません。電話をかけざるを得ない状況に追い込まれなければ、過去のしみついた消極性から脱却することはできません。確かに僕は、彼を追い込みましたが、それを断ることも、僕との面接を止めることも彼にはできたはずです。しかし、そうせず、電話をかけることを選んだのは、彼の力です。
 この「一本の電話」が、彼のその後を変えました。後は彼の手記通りです。
 どもる人やどもる子どもは、多くの場合、「心は健康」です。時に、このように追い込むことも必要になるのです。彼の手記の続きを紹介します。

      
行動する吃音者へ (3)
                         N・I
具体的目標設定のもとで
 1月の半ば頃、Iさんから「5月のどもる人の全国大会を目標に、腹話術をはじめないか?」と言われました。僕としてはあまり気のすすむ話ではなかったのですが、自己変革のためには、多少嫌であってもがまんしてやるべきだと思い、決心しました。
 しかし、腹話術については皆目知識がありません。ですから、腹話術をマスターするための方法をどうして見つければよいのか、最初は全く思案にくれてしまいました。
 幸いなことに、僕は、プロの腹話術師である川上のぼるさんがうちの近所に住んでいることを、知っていました。直接たずねていくか、電話をかけるかすればよかったのですが、とても勇気がなく、家を捜してその前まで行って住所を確かめ、それから手紙を出すという手間なことをしました。
 実をいうと、この時にはまだ、腹話術をやろうという意欲が心の底から湧きあがっていた、というわけではありませんでした。ですから、この時の気の持ちようは、「女性にもてるには?」のK・J法をさぼった時と大差なかったのです。ただ今度は、自分に都合のいい理屈をつけて、逃がれようとだけはしないでおこうと思い、とりあえず何とか手を打ったのです。しかし、積極的な意欲をもたずにしたことでしたので、腹話術のマスターという目的が達成されるか否かよりも、ただ手を打つことにのみ注意が集中し、自分の今までの行動パターンを破れたとは、言えませんでした。
 次の週、相談に行った時に、Iさんからこの点を指摘され、この次はなんとか自分の行勤をもっと積極的なものに変革しよう、と思いました。そして、その後実際に市民会館などへ行って、腹話術をやっているサークルがないかどうか聞いたりしました。しかし、結局収穫はありませんでした。
 それから数週間後、相談に行くと幸運が待っていました。雑誌『宝石』の中に掲載されていた腹話術のサークル紹介記事を見せてもらいました。サークルの場所は東京でしたが、とりあえず連絡してみようと思いました。手紙を出すだけでもよかったのですが、従来の行動パターンを破らねばならないと思い、今度こそ自分で電話をしてやろう、と決意しました。
 僕は気合法、精神統一法で気持を引きしめ、逃げだしたい気持をおさえようとしました。そして、『石橋を叩けば渡れない』に語られている「最初をやらなければ二度目はない」という言葉をかみしめ、思い切ってダイヤルを回したのです。
 往生しながら、なんとか電話をかけ終わって、受話器を置いた時は、もう汗びっしょりでした。しかし以前でしたら、どもりながら話した後は、恥ずかしいような、みじめな気持になるのですが、この時は、それをほとんど感じませんでした。
 そうこうしているうちに、ひと月程前に出した、川上のぼるさんへの手紙の返事が来ました、「忙しくて、あまり自由な時間がないけれども、いつか遊びに来てくれれば、腹話術の手ほどきくらいはします。」という親切な内容でした。
 そこで、お言葉に甘え、川上さんのお宅へ電話をかけることにしました。この時も前と同様、やはり固い決意が必要でした。しかし、いったん決心しますと、逃げだしたいような、やめてしまいたいような気持ちは、案外簡単におさえることができるものです。
 その後、関西腹話術研究連盟にまで足を運んだり、書店で欲しい本についてたずねたり、今まで自分になかった行動のパターンを、獲得していきました。
 これらの行動を重ねていくうち、行動の際の、精神的な変化に気がつきました。人前や電話で話すとき、話す前のなんとも言えぬこわさと、終わったあとの穴にでも入りたいような恥ずかしさが、少しずつ軽減していったのです。行動しているうちに、どもることよりも、目的達成の方へ注意が向き、どもるという些細なことは、行動の上で、さほど気になるものではないということが、身にしみてきたからではないかと思います。(つづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/10/31