吃音と職場、人それぞれのサバイバル−職場での吃音を考える (2)

5 教育担当からセールスの現場へ
Bさん:自動車のセールスマンを長くやってきました。自動車販売会社に入社して、最初は教育担当の部署に配属され、10年くらいで教育課長になりました。入社式の司会は教育課長の担当で、100人以上の氏名と出身高校名を朗読する必要がありました。前の夜に労務課長の家を訪ね、万一朗読できなかった場合の交代を頼みました。その上で、さきほどの司会の方と同様、当日は辞表を胸に忍ばせて入社式に臨み、なんとか大役を果たしました。
 その後、車のセールスマンに転じました。教育担当として部下を見ていたのですが、セールスマンの待遇が良いので、課長職を辞退して平社員として営業部に回してもらいました。営業職は、電話の多い人ほどセールスの成績が良いので、電話を回避せずに挑戦しました。
 定年退職後も、人と話すチャンスを積極的に作るよう心がけています。今、日本に研修生として来日している外国人の日本語学習を支援する活動を続けているのも、人前で話す機会を増やすことが理由の一つです。

6 逃げられる時には逃げてきた
Cさん:私はこれまで、話すことから逃げられる時は逃げ、避けられる時は避けてきました。就職する時も、社名や会社の住所の言いやすいところを探して面接に行きました。以前、お好み焼き屋で働いていたことがありますが、そのときも言いやすいメニューの揃っている店を選びました。お好み焼きが焼けたら、そのことをマイクで知らせないといけないのですが、ことばにつまって叱られたこともありました。その頃は、職場では吃音を隠し続けていたのです。
 生命保険のセールスを始めたのは離婚し、母子家庭になり、給料のいい仕事に就く必要があったので選びました。人前で話をするのが苦手で、会社に自分宛の電話がかかってきたら、社外に出て公衆電話から電話したり、近くの自宅まで帰って電話をかけたこともありました。朝礼も嫌でした。司会役が交代で回ってきたからです。前日にセールスの成績を上げた人の名を発表することになっていたので、苦手な音から始まる名前の人は、保険の成約が取れなければいいのにと思ったりもしました。
 その頃、大阪吃音教室に出会い、職場で自分の吃音を公表するという、これまで考えたこともないような対策を知りました。実行してみて、ずいぶん気が楽になりました。それでも、職場でセールスのロールプレイをするのは苦手のままでした。そのうち、初めは言いやすくて選んだ「K生命」という会社名が言いづらくなってきました。ちょうどその頃A生命から誘われていて、こちらの社名の方が言いやすいので、「これは、神様のお告げだ」と考えて転職しました。外資系のA生命は、セールスのことばづかいが厳密に決められてはいなかったので、ロールプレイも楽になりました。

司会:私とパネラーの3人の話が終わりました。後半は、今日、参加されている皆さんの話を聞きたいと思います。今、現実に、職場での吃音で困っているという人がいれば、お話下さい。

7 電話は数をこなすこと
Dさん:勤務先を今休職しています。復職にあたり、電話対応がある事務職に就いてくれないかと言われて、迷っています。「おそれいります」とか「お待たせしました」など、言わなければならないと決められていることを言う時の工夫があれば聞きたいのですが。
Aさん:電話は慣れが大きいと思います。電話をかけてかけて、取って取って、を繰り返すうちに、だんだんと言えるようになってくるようです。私もそうでしたから。
司会:私も電話は数をこなすしかないと思います。会社名などが言いにくい場合も、電話口では相手には見えないから、少々おかしな話し方でも構わないと思うのです。私は、普段対面で話す時と、電話口で話す時の話し方を変えています。電話では、ゆっくり一音一拍で、軽く発声するように心がけています。

8 電話はゆっくり、はっきり、笑顔で
Aさん:電話口ではゆっくりとしゃべることができるので、却ってどもる人には得な面もあるようです。電話では、話す相手と1本の線でつながっているだけなので、相手に語りかけることを意識しながら話すと、自然と口調はゆっくりになりました。
Cさん:私は小さい時から、聞き返されるとどもりやすいので、電話では特に、大きめの声でゆっくりはっきり話すよう心がけています。また、滑舌が少しでも良くなるよう、相手に顔の見えない電話の時でも、笑顔で話すよう意識しています。
Eさん:勤務先は、K社という、珍しい社名で、言いにくいし、聞き返されることが多いです。また、電話をとった時には「ありがとうございます。K社の何々です」と言うようにと、職場で決められているので、正直しんどいです。今は、人前では電話で話せないので、書庫で隠れるようにして電話しているのですが、隠れないで電話できるようになりたいと思っています。
Aさん:Eさんの仕事の肝腎なところが始まるのは、電話での挨拶が終わってからではないですか。今は挨拶がうまく行かずに困っているということを、上司と相談してはどうでしょう。
Fさん:転職したばかりです。そんな職場で、話しづらい人への対応はどうすれば良いか、悩んでいます。夕方に作業の報告をする時など、せっかちな人や自分が好意を持てない人には話しにくいです。特に、「早よ言えや」などと言われると、余計言えなくなります。
Aさん:急かされている状況で、話しやすい人に話すのと同じように話すのは難しいと、私も思います。上司としては、損な上司ですね。相手側、つまり上司の方に、あなたを話しづらくさせている原因があるのだから、話しづらいことを自分の責任だとあまり思わない方が良いと思います。
Gさん:S社の自分の属している部門がK社に売却されたので、K社に勤務先が変わることになっています。K社には朝礼があると聞いていて、それが一番の不安です。
司会:これから就職する人は、基本的に自分のやりたい仕事に就くのがよいと思います。どんな職場にも、つらいことがあります。自分の好きな仕事なら、少々嫌なことがあってもがんばれるでしょう。
 最後に、朝日新聞休日版の「Be」に載った小倉智昭(おぐらともあき)キャスターの自伝を紹介します。「小さい時から話す仕事につくのが夢で、テレビ東京のアナウンサーとして就職。大好きだった競馬の中継で有名に。普段の雑談は苦手で、マイクに向かうとコントロール出来る。好きな仕事ならがんばれる」と書いてあります。
Aさん:同感です。今の話で、桂文福さんや、その弟子のまめださんのことを思い出しました。
Hさん(初参加者):今日の話を聞いて、同感することがとても多かったです。私も電話は苦手で、今日の話はとても面白かったです。これからも例会に参加して何かつかんで帰りたいと思っています。(2008.5.23)(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/10/27