第30回吃音親子サマーキャンプのときの特別プログラム、「吃音親子サマーキャンプという場の意味」の続きを紹介します。

   
吃音親子サマーキャンプのしかけ

渡辺 : キャンプのプログラムの話も出てきました。大人の側が、次はこうしなさいと言わなくても、キャンプのしかけみたいなのがあって、それで進んでいくという話が出ました。「作文の時間が2日目の朝にあるのは、何か意味があるのか」「劇はいつから始まり、なぜ劇をしようと思ったのか」。特に、劇は最初からあった。伊藤さんが「浦島太郎」でせりふのある役をさせてもらえなかった怨念だということでしたが、いくら小学生2年生の時の怨念があっても、30年も続けているのは、それだけに留まらないものがあると思います。このキャンプのしかけ、プログラムの話、いきましょうか。
伊藤 : 僕の怨念だけで続かないですね。音読や発表は、学校では苦手だけれども、同じようにどもる子どもたちや支える人がいたら、学校とは全然違う力を発揮する。僕は、セリフのある役をもらえなかったとき、芝居にはセリフの多い主役と、少ないわき役があると思っていた。竹内敏晴さんの芝居に出演したときに、竹内さんは、ひとりひとりが主役だと言った。少ないせりふでも、その人がしゃべるときは、その人にスポットライトが当たり、その瞬間はその人が主役だ、ということです。その緊張する場をひとりで支えることを子どものころに経験しておくことが、その後の緊張する場面で役立つと思うようになりました。
 今回、僕は、久しぶりに卒業式で泣きました。鈴木葵ちゃんが小学5年で初めて参加したときのことを思い出したからです。舞台で葵ちゃんはことばが出なくて、涙をぼろぼろこぼしながら、それでも舞台から逃げずに、その場に居続けた。僕は、この姿をすごいと思った。また、何年か後に、セリフの多い役をしたいと手を挙げたことがあった。芝居が終わった後に感想を聞いたら、葵ちゃんはさっと手を挙げて、「私は主役をしたのに、どもってスムーズに進行しなくてみんなに迷惑をかけてしまった。他の人だったら、できたかもしれなかったのに。悔しい」と発言した。そのシーンがずっと頭に残っている。今回の芝居でも、かなりどもりながら、葵ちゃんは自分で自分を支えていた。その姿を思い出して僕は泣いてしまった。
渡辺 : 劇へのとらえ方、考え方が変わったのは、具体的にいつぐらいからですか。
伊藤 : 最初、「どろぼう学校」や「ごんぎつね」、竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」でした「夕鶴」をしていた頃は、まだ遊びのような感覚でした。プロの演出家、劇作家の竹内敏晴さんに、サマーキャンプの劇のシナリオを書いて演出をしてほしい、本格的な演劇をしたいとお願いをした時から変わったと思います。
渡辺 : 竹内さんは、多分、吃音サマーキャンプの6回目くらいから、13、4年間、演出・指導して下さったんですよね。第20回目くらいまでは、竹内さんが脚本を書き、スタッフ向けに演出指導をして下さっていた。21回目以降は、私です。だから、私が関わってきた20年のうち、竹内さんの合宿で「劇のための事前レッスン」を受けて参加していたのと、自分が事前レッスンをして参加しているのと半々です。葵ちゃんの劇のエピソードで、私もいろんな印象に残っていることがあって、葵ちゃんが最初に参加したとき、さっき伊藤さんが言っていたけど、めっちゃどもって、舞台でなかなかことばが出てこなかった。練習のときも大変で、同じグループだった私は、これだけしんどい思いをしていたら、てっきり、もう劇のことが嫌になったのと違うかな、本人にとってつらい体験だったんじゃないかなと思った。そのときの感想で、葵ちゃん、何を言ったか覚えてる?
鈴木 : うん?
渡辺 : いっぱいどもって、「役になりきれなかった。次はもっとうまくやりたい」と言ったんです。そのとき、わっ、すごいなと思った。つらい思いをしたんじゃないかな、はこっちの杞憂で、本人はもっと違うレベルのことを考えていた。役になりきれなかったと思っていたのか、すごいなと思ったことは、すごく印象に残っています。
 劇で印象に残っていることはいっぱいある。でも、それは、派手に何かをするというよりも、ほんとにちょっとしたことです。今回の芝居でも、父親役を寛明君が、ダニー役を乃音ちゃんがしていた。父のほら吹き話を、寛明君がどもりながらしゃべる。ダニーの乃音ちゃんは、めっちゃ目を輝かせて、きらきらさせて、それに聞き入っているという、それだけの場面なんですけど、日常の中で、あれだけ人が目をきらきらさせて自分の話を聞いてくれる、それも自慢話を、そんなことは、なかなかないと思うんです。でも、それが虚構の世界の中でならちゃんとできる。それはどもるどもらないに関係なく、ちゃんと人に向き合って、関わることでそれができる。そういうシーンがいいなあと、今、劇を担当している身として私はそんなふうに見ています。私は、そんな劇の見方をしているんですけど、劇への思いとか、印象に残っていること、ありませんか。
渡邉 : 私は恥ずかしがり屋なので、子どもたちと一緒に劇をするのはいいけれど、自分が演じるのはすごく苦手だった。だけど、ちょっとがんばってみようと思って、竹内さんのレッスンに行ったけど、こわかった。誰に向かって言っているのか、その人にしっかりと伝わったか、これくらい離れていればどのくらいの大きさの声を出せばいいのかなど、ことばを丁寧に話すということを教わった。竹内さんのレッスンを受けたのは少しですが、びしびし鍛えてもらった気がする。竹内さんが亡くなって、渡辺さんのレッスンに変わったときは、子どもたちが劇の中にどれだけ入り込めるか、この劇をどう楽しめるか、を考えるようになった。基本はあるけれど、これを入れるともっと効果的になるんじゃないかを考えて、子どもたちと劇を作っていけるようになった。キャンプの劇は、誰に伝えているのか、ことばを丁寧に伝えるとはどういうことかを考えることが詰まった劇だと思う。
渡辺 : 劇って、普段できないことができるのが楽しい。今年の劇でも、「できるもんかよ、できねえよ」のやりとりがありました。ああいう、ののしりことばって、日常生活では言ったら怒られることもあるし、場合によっては、自分が言われる方になるかもしれない。でも、この場なら、怒られることなく、しかも楽しんでできる。虚構の力というものがある。私の担当したグループで、フランクとデイリが対面する場面で、「こんなところでお目にかかるなんて」「まあなんて偶然」という、それだけのやりとりですが、そこのやりとりを取り出して、練習の時、二人組でやってみようと取り組んだ。照れながら言う、ドアをバーンと破って出てくる、いろいろあって、おもしろかった。どれが正解というのではなくて、いろんな表現の仕方、現れ方がある。こんなのを楽しめるというのが、劇の世界の魅力なのかなと思います。
浜津 : 私が小学生で初めて参加したとき、どもりながら演技をするのが嫌だった。見ている人もどもる人が多いのだから、大丈夫と分かっていても、嫌でした。日頃の生活から、どもりたくない、どもると嫌がられる、時間がかかる、などの先入観が残っていたからだと思います。話をするとどもるので、力が入って、どもってはいけないと思っていた。でも、サマーキャンプに来て、毎年、演劇を繰り返していくうちに、みんなは待ってくれることが前提にあって、どもりながらどう表現したらいいだろうと、みんなで考えていくうちに、緊張がちょっとずつほぐれていった。どもらないようにどもらないようと早口になってしまったり、肩やからだに力が入って萎縮して小さな声でしゃべってしまったりしていたけれど、今は、大きな声で、どもりながらでも、話せるようになったので、劇の力は大きかったのかなと思います。
渡辺 : 浜津君といろいろ練習をしたね。すごく印象に残っていることは、中学生の、多分一番恥ずかしい時期から脱却しようとしていた時期に、「モモと灰色の男たち」の芝居で、浜津君は灰色の男の役で、「時は金なり」「一日2時間節約できれば、720時間節約できる」のせりふをドーンと前に出て言う役だった。当時、私も若かったので、荒神山の小山を転げ落ちながら、体を動かしながら声を出そうとか、いろいろと特訓をしていたんです。浜津君のお母さんに、「今年、期待しといて下さいよ」と言ったら、お母さんは、「毎年、今年はどんなのをやるのかなと期待して見るけど、いつももじもじして、その繰り返しやから、期待しないで見てます」と言っていた。でも、本番の浜津君の「時は金なり」を見て、お母さんは、涙をボロボロ流して「こんなふうに変わるなんて」と言っていたのが、すごい印象に残っている。こんなふうに、一皮むける機会、場にもなるのかなと思った。東野 竹内さんのレッスンは貴重な体験でした。竹内さんからは、どもってことばが出ないときに、息をもっと出せとか、ことばは相手に届かないとだめだとかを教えてもらいました。日常生活で、実際にしているんですが、そのことはとてもよかった。日常的に、どもる子どもは音読でなかなか声が出なくて困っているし、大人も人前での発表やスピーチ、自己紹介、電話で困っている。そういうことばが出ない状態を、ひとりで突破していかなくてはいけない。お芝居の舞台に立ったときのあの場面に置き換えて経験を積む、といったところでも、お芝居がとても役に立っていると思います。それを経験しても、吃音が軽くなるわけではないけれど。ことばを話すとは、息を届けるとは、など竹内さんの独特の表現がありますが、そんなことをどもる子どもたちに経験してほしいと思いながら、僕はお芝居にかかわっています。(2020.1.20) (つづく)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/10/21