吃音に深く悩み、どもっていたら僕の人生は始まらないと思い詰めていた僕が、治すこと、治ることをあきらめ、吃音と共に生きていくことを選択してから、50年以上が過ぎました。吃音のことを深く掘り下げていったら、世界が広がっていったと実感しています。
 第27回吃音親子サマーキャンプ特集号の「スタタリング・ナウ」の巻頭言に、僕は、直接キャンプにふれないで、渋谷のロフトで開かれたトークイベントに関して書いていました。トークイベントの壇上にも客席にも、これまでに知り合った人、おつき合いのある人がいて下さいました。吃音が結びつけてくたれ人たちです。
 ここでも、僕は、阿部莉菜さんの話をしていました。

第27回吃音親子サマーキャンプ 2016年
   会場    滋賀県彦根市荒神山自然の家
   参加者数  137名
   芝居    ライオンと魔女

第27回吃音親子サマーキャンプの特集をしたニュースレターの巻頭言

   
変わるきっかけ
 
    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 一年の計画を立てる合宿、伊藤伸二・東京ワークショップ、映画の上映とトークのイベントと続いた東京での3日間で、日本吃音臨床研究会の、2017年が始動した。
 今年のテーマは「哲学的対話」。夏の吃音講習会などで、哲学的対話について考えていくが、渋谷で開かれたマイケル・ターナー監督の吃音のドキュメンタリー映画の上映とトークは、その幕開けにふさわしいものとなった。
 司会は、「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」などのNHKの看板番組に長年携わり、今は地域で自殺予防や認知症の人にかかわる仕事をされている永田浩三・武蔵大学教授。トークは、「べてるの家の非援助論」などで、べてるの家の実践を紹介した医学書院の編集者白石正明さんと私。そして、会場にはTBS「報道の魂」で私たちの活動をドキュメンタリー番組として放送して下さった斉藤道雄さん。ジャーナリストの土井敏邦さんがおられ、私は安心して話すことができた。
 永田さん、白石さんが、私に吃音について大事なことを話すよう励まし、コメントで深めて下さった。そのごく一部を紹介する。
永田:映画の中で気づかれたことをお話し下さい。
白石:ターナーの友だち、親友や一緒にキャンプに行った人たちがめちゃめちゃいい奴ですね。彼の人をひきつける力がどこからくるのかなと思うと、ちょっと強引かもしれないけれど、吃音という、ちょっとした自信のなさそうな人に、どっと人が寄ってくる感じがしました。あの独特の繊細さは、最近、映画でも見ないし、それを映画にした時点で、ほんとにすばらしい映画でした。
永田:私も、後半、ぐっときましたね。キャンプの中で、女の子が「吃音を治すではなくて、それを持ちながらちゃんと生きていく、自分はこれでいいんだ」と、グループワークの中で気づいていく所、すばらしいと思いました。伊藤さんは、ワークショップなどで、人が変わっていく場に多く立ち会ってこられたと思いますが、どういうことがきっかけになっているんでしょうかね。
伊藤:僕は対話の力だと思うんですね。同じような経験をした仲間や少し先を行く先輩や専門家など複数の人との対話が大きいと思います。ひとつ例を話します。6年生になってすぐ、どもることで転校生からいじめられ、不登校になった女の子が、吃音親子サマーキャンプに参加しました。初日の90分の話し合いで、彼女は学校へ行きたいのに行けない苦しさを話します。グループの中で、子どもたちから質問を受けて答え、またレスポンスを聞きながら、自分を見つめ直し、大事なことに気づいていきました。翌朝、彼女は「どもっていても大丈夫」という作文を書き、3日間のキャンプが終わったら、すぐに学校に行き始めました。不登校の間の5か月間、彼女は本当に苦しんだと思います。しかし、悩んだからこそ、話し合いをきっかけに新たな方向を見いだすことができたのでしょう。大人から見れば、何か月もの不登校が、話し合いだけで突破できるのかと不思議でしょうが、他者との対話の力は大きいと思います。
白石:そういうのは、治療では出てこない力だと思うんです。今、精神医療の分野でブームになっているのが、オープンダイアローグです。急性期、これまでは薬や入院で治療して、しばらくたってから、社会復帰だった。それをその人のところに数人で行って、雑談をする。対話をすることで回復させようという動きがある。治療するかしないかじゃなくて、それに取り組むのが、一人なのか、複数なのかの選択肢がこれから大きいテーマになってくると思うんです。治療しないと決めて、一人でいても変わらない。治療するにしても、仲間と一緒に何かをする場を設定できるかが、決定的に重要なことになると思うんです。
 吃音も全く同じで、治療関係で何か先生に教えてもらって治すというのじゃなくて、複数の人との対話の場で治っていく。治っていくって変ですが、生きやすくなっていくというのが、今後、多分メインストリームになっていくと思うんです。(了)(2017.1.22)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/10/8