吃音親子サマーキャンプの名前のとおり、僕たちは、親子での参加を原則としています。親は、単なる付き添いではなく、話し合いもあるし、作文も書くし、2日目は午前午後通して学習会もあります。そして、もうひとつ、親のプログラムで欠かせないのが、今から10年以上も前から始まった《親の表現活動》です。
 これが始まったきっかけは、ひとりの母親の素朴な問いかけからでした。「どもりは治らないとして、何か子どものことばや声にとっていいことはないだろうか。トレーニングのような、レッスンのようなものはないだろうか」の質問に答える中で、偶然始まりました。声を出すには、からだが大事だとなり、子どもたちが劇の練習をしている時間に、竹内敏晴さんから習った「からだ揺らし」をしたり、歌を歌ったりする「からだとことばのレッスン」を行いました。せっかく練習したのだから、子どもたちの前で披露しようということになり、劇の上演の前座を務めることになったのです。今や、サマーキャンプの名物ともいえるものになりました。初めは、恥ずかしがっていた親たちが、今は、その時間を楽しみに参加しているという人もいるくらい、熱が入り、見事なパフォーマンスになっています。
 工藤直子さんの「のはらうた」を基本に、「荒神山ののはらうた」として取り組んでいます。たとえば、こんな詩を、話し合いのグループごとに、振り付けを考え、からだを使って表現します。普段見たことのない親の姿を、子どもたちは自分たちの劇の前に見ることになるのです。

  きまったぜ
                             かまきりりゅうじ
  さっと ひとふり カマを ふったら
  あさひ ぐんぐん のぼって くるぜ
  ぐいっと もひとつ カマを ふったら
  ことり ピーチク うたいだすぜ
  きらりと おまけに カマを ふったら
  ちょうちょ はたはた おどりだすぜ
  カマの タクトで あさをよぶ
  おれは のはらの コンダクター
  いえぃ きまったぜ

 親たちの表現活動は、次の二つの効果を生み出しています。
〇劼匹發燭舛侶狆絮蕕紡个垢觚方を変える
 大勢の観客の前に立ち、一人で自分を支える、引き返すことのできない場に立つ、学校生活で苦戦をしている子どもだったら、そんな子どもの気持ちがよく分かるようになります。親は、自分も味わったあのどきどき感を子どもたちも今感じているだろうと思いながら、子どもたちを見ることができます。
▲好織奪佞砲眤腓な影響
 初めて参加したスタッフにとって、親の表現活動は大きなインパクトを与えるようです。ここまでするのか?というくらいの弾けた親の姿に感動し、勇気をもらったという感想をよく聞きます。

第19回吃音親子サマーキャンプ 2008年

   会場    滋賀県彦根市荒神山自然の家
   参加者数  126名
   芝居    王様をみたネコ

第19回吃音親子サマーキャンプ(2008年)報告のニュースレターの巻頭言

 ひとつのきっかけにすぎないけれど

              日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二

 「新学期に学校へ行く準備もあるし、行っても何も変わらないだろうから」
 吃音親子サマーキャンプを、直前にキャンセルした中学1年生の男子の参加しない理由を、父親がFAXしてくれた。どう説得しても、彼はかたくなにキャンプへの参加を拒んだらしい。説得し切れなかった父親の無念さが伝わってきて、思春期のどもる子どもへの支援の難しさを改めて思った。
 彼は中学校に入学してまもなく、発表や音読などでどもりたくなくて、学校を休んでいる。本人も学校へは行きたいし、吃音についてもなんとかしなければ、とは思っている。それなのに、吃音親子サマーキャンプには絶対に行きたくないと言う。
 この強い拒絶は、私の経験から想像すると、自分と、吃音と向き合うことへの不安や怖さがあったのだろうと思う。これまで向き合ってこなかった問題に向き合うことは誰もが恐いことだろう。困難な場に直面しても、嵐が通り去るのを待つ。吃音に閉じこもっていた方が楽なのだ。かつての私がそうだった。
 21歳の夏、「どもりを必ず治します」と宣伝していた民間吃音矯正所の門を前にしても、私のからだはこわばり動けなかった。言いようのない不安と、恐ろしさと、どもる自分への嫌悪感が広がった。「ボクは自分がどもることを認めたくない」と、だだっ子のように、駅と公園とその矯正所を行ったり来たりしていた。この門をくぐると、自分のどもりを認めることになる。この不思議な感覚を私は今でも鮮明に覚えている。
 参加しなかった中学1年の彼の言うように、キャンプで「何も変わらない」かもしれない。しかし、「何かが変わる」かもしれないのに、参加する意欲がわかない。同様の経験をした私は、彼に昔の私をだぶらせていた。
 私の開設する電話相談「吃音ホットライン」は親からの相談が大半だ。吃音親子サマーキャンプを紹介することは多いが、タイミングによっては強く薦める。小学校高学年になって、中学に入学して、高校に入学して、学校へ行けなくなったり、吃音が大きな問題になる子どもは少なくない。良い友だちや先生に恵まれたこれまでの生活環境が一変し、自分ひとりで吃音と向き合うことはとても難しいことになってくるのだ。
 今年も親からの電話相談の後、子どもや親の体験文などを添えて、キャンプの案内を送った。その数は多いが、特にこの人には参加して欲しいと思った6名には、電話や手紙などで強く薦めた。子どもの強い抵抗にたじろぎ、子どもの意志を尊重しすぎるあまり、参加を断念した親もいる。一方で、子どもの気持ちは理解できても、キャンプに行けば子どもは変わると、変わる力を信じて、信念をもってキャンプへの参加を促して、子どもを連れてきた親もいる。今年も、子ども自身は行きたくないと意思表示をしていた、小学6年生と、高等専門学校生が親の粘り強い誘いによって参加した。事前の電話の感触で、私は恐らくこの二人も参加しないのではないかと予想していた。だから、この親子が参加してくれたことは、私にとって今回のキャンプの大きな喜びのひとつだった。
 行きたくないと言う子どもをキャンプに連れてくるのはとても難しい。「連れてきてくれるだけでいい」という私のことばを信じて、キャンプの場に連れてきた親に、私は心からの敬意の念をもつ。事実、二人とも当初は浮かぬ顔をしていた。キャンプの初日には「今、90パーセント帰りたい」と言っていた子も、時間がたつにつれてどんどん変わっていった。
 大きな抵抗を示し、不本意な気持ちで参加した子どもに、特別なプログラムがあるわけではない。しかし、安心して語れる、聞いてもらえる場に身を置き、他人が語る姿をモデルにして、おずおずと自分を語り始める。苦手な表現活動にみんなで取り組む中で、何かが変わり始める。キャンプはひとつのきっかけにすぎないのだけれど、それは、子どもの変わる力を耕し、育むきっかけとなっている。 (了)  (2008.10)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/27