親と、ことばの教室担当者との対話

 第7回から会場を滋賀県大津市葛川自然の家に移しました。開催1ヶ月前に、大阪府堺市で集団食中毒O-157が発生し、大きな社会問題となり、吃音親子サマーキャンプも、開催が危ぶまれましたが、食事について万全を期し、予定どおり開催しました。
 ことばの教室担当者の口コミ、朝日新聞による紹介などがあり、この年の参加申し込みは80名を突破しました。反響の大きさに驚くとともに、手作りのキャンプの良さを維持できるか少し戸惑いもありましたが、経験したことがない大人数を引き受けることにしました。
 この年から、本格的に、竹内敏晴さんの演出・指導による芝居が始まりました。この年は、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」でした。「セロ弾きのゴーシュ」には、セロをはじめ、ラッパ、フルート、バイオリンなどたくさんの楽器が小道具として登場します。和歌山に住む、どもる子どものお母さんが、すてきなセロを作ってくれました。和歌山まで電車で受け取りに行ったのですが、帰り、大きなセロを抱えて、夕方の満員電車に乗ったことを思い出します。

 印象に残っているのは、2日目の夜の懇親会のとき、長く、ことばの教室を担当している人から「私は、子どもさんの吃音について相談に来られたお母さんに対して、吃音は治らないかもしれないとはストレートに言えません。何とかしてお母さんの期待に添いたいし、私も何とかしてあげたいので、治るように一緒にがんばろうね、と言っています」という話があったとき、この発言に対して二人の母親から次のような意見が出たことです。
 「高学年になってからの吃音はほとんど治らないと聞いている。どうしてそんな、希望をもたせるような無責任なことが言えるのですか」
 「子どもと一生付き合うのは親です。先々の育て方にも影響するので治るというような安易な言い方はしないでほしい」

 治してあげたいということばの教室の先生の気持ちはありがたいと思いつつも、真実を話してほしいの親の希望がぶつかり合い、緊張感あふれる話し合いになりました。最後は、吃音を受け入れたいという親の強い意思表示がされたことを思い出します。そのときのことばの教室の先生は、親からのまっすぐな意見にかなりの衝撃を受けられたようです。でも、翌年のサマーキャンプにも参加して下さいました。どことなく、ふっきれたような、すっきりとした顔をされていたように思います。

第7回吃音親子サマーキャンプ(1996年)
     会場  滋賀県・大津市葛川自然の家
     参加者 83人
     劇   セロ弾きのゴーシュ

 
それぞれのセルフヘルプグループ −吃音親子サマーキャンプ−

                               伊藤伸二

−「ことばがつまって、音読ができない。発表したくてもことばがつまるから、発表ができない。ことばがつまるのは、僕だけしかいない」
 普段は明るくて、活発な息子がオイオイと泣いた。親としてはオロオロするばかりで、何をどうすればよいか全く分からない。−(父親)
−キャンプに行くときは、ことばがつまることがはずかしかったけど、自然の家に着くと、みんながつまっていたのでほっとしました。子どもも大人もつまる人がたくさんいました。
 「発表のときに、ことばがつまるのが、はずかしいです」とぼくが言うと、「ぼくも、いっしょやと」言ってくれました。−(小3)
 
 「どもるのは私だけじゃない。それを知ってほっとした」
 吃音親子サマーキャンプに初めて参加した子どもたちは、口を揃えてこのように言う。子どもたちは、これまで、同じような悩みをもつ子どもとほとんど出会ってこなかった。子どもにどうしてやればよいか分からないと言う親が、互いの悩みを話す場もまたない。また、吃音指導法が確立されておらず、吃音への対処も全く相反するような考え方がある中で、臨床家自身も悩んでいる。
セルフヘルプグループは、成人のどもる人だけでなく、どもる子、親、臨床家にも必要なのである。
 今年のサマーキャンプは、吃音児30名、親16名、どもる成人10名、ことばの教室の教師11名、普通学級の教師や養護教諭など、バランスよく、多くの人が参加したため、それぞれのセルフヘルプグループができあがった。
 「どもりのことをいっぱい話せてよかった」
 これもキャンプに参加した子どもたちの声だ。 年齢別に分かれてのグループミーティングの中で、子どもたちは実によくどもりについて話す。
 どもることでからかわれたり、いじめられたりの辛い体験が話されると、じっとその話に耳を傾ける。吃音との対処の話し合いになることもある。他人のどもる姿も、体験を聞くのも初めての体験だ。
 どもる子どもは、子どもたち同士だけでなく、親や、教師とも、どもりについてオープンに話し合うことはなかった。どもりについて一切触れず、話題にしてこなかったという親は多いからだ。それは、「どもりを意識させてはならない」の幼児吃音についてのひとつの指導が、かなり定着しているからだと言える。ことばの教室でも、どもりを直接の話題にしているところはそれほど多くない。
キャンプでは、このそれぞれの自分の立場でのセルフヘルプグループのほかに、立場の違いをこえての交流がある。小学生、中学生、高校生、大学生、社会人と、各年代のどもる子どもやどもる大人に直接出会い、生活や意見を聞くことができる意義は大きい。親は、参加している子どもたちの中に、わが子の将来の具体的な姿を見ることができる。どもる子どもの指導にあたる臨床家も同様で、現在指導している子どもの成長していく姿を具体的にイメージすることができ、その年代に起こる悩みや問題について知ることができる。どもる子どもにとっても、成人と話し、共に行動することを通して、具体的な自分の将来をイメージする。

−2学期がはじまり音読の宿題がありました。ところどころつまりながら読んでいくのですが、以前のような弱々しさや持って行き場のない感情の高ぶりを見せることなく、堂々とつまりながら読み終えました。「よかったよ!」「うん!」自然にこんな会話ができました。−
 香川県から家族全員で参加した母親は、キャンプの感想文にこう結んだ。
 「1年に1回、皆さんと会えるキャンプ。子どもは、明るさやたくましさのエネルギーを充電し合い、私は、成人のどもる人たちから、エネルギーを分けてもらい、これからのハードルをひとつひとつ飛び越えていけたらと思います」 (了)   (1996.10.19)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/31