どもってもいいよ

 どもる人にとって、苦手な場面として、電話を取り上げました。電話と同じくらい苦手な場面として挙げるのは、面接の場面です。自分をよく見せたい、なんとか合格したいとは誰しもが思う、当然のことですが、そう思うと僕たちどもる人間は、どもりたくない気持ちが強まります。「どもりたくないと思えば思うほど、どもってしまう」ことは、吃音のある意味で常識ですが、だからこそ、よけいに緊張してしまいます。
 それでも、面接は人生の中で誰もが乗り越えなければならないテーマです。そこで、どもる人が面接試験でどのような体験をしてきたか、NPO法人大阪スタタリングプロジェクトの「ことば文学賞」の応募作、最優秀賞や優秀賞受賞作などから、紹介します。
 まず、公立小学校の教員採用試験の面接で、自分の名前が言えず、焦って、困ったひとりの女性は、不思議そうに見る面接官に、「私はどもります。だから、名前が言えませんでした」と言いました。そんな体験を紹介します。

      
どもってもいいよ

 「それでは、名前と自己ピーアールを1分間でどうぞ」
 「えーっと、あの…」
 「どうしましたか」
 3年前に受けた、教員採用試験の2次面接でのことである。自分の名前が言えない。第一音がどうしても出ない。手を振っても、体でリズムをつけても、息を深く吸っても、何をしても駄目だった。
 「もう落ちた!!!」と心の中で叫んだ。そして、3人の面接官が不思議そうに私を見つめた。「名前が言えないなんて、面接官にどう思われているのだろう…」「早く名前を言わなければ…。でも、声が出ない。もう、この場から逃げ出したい!」焦り、悔しさ、恥ずかしさでいっぱいになり、額から汗が流れ出てきた。と同時に「家であれほど自己紹介や自己ピーアールの練習をして、今日の面接に臨んだ。筆記試験も出来たし、せっかく2次面接まで進めたのだから後悔はしたくない」と思った。そして、勇気を出して、
 「私はどもります。だから名前が言えませんでした」
 と正直に笑顔で面接官に伝えた。すると、面接官の1人が
 「そうですか。では、どもってでも結構ですので、ゆっくりお話下さい」
 と笑顔でおっしゃった。その言葉を聞いて、肩の力がぬけた。「どもってもいい」と聞いてほっとした。私は面接官の言葉を聞くまで、緊張のあまり「面接だから、流暢に話さなければならない」「かっこいい自分を見せなければならない」と思い込んでいた。しかし、吃音を公表したことと、面接官の言葉のおかげで「どもってもいいから、最後まで笑顔で自分の思いを伝えよう」と決心した。
 面接では「今まで吃音で悩んできた自分だからこそ、悩みを抱えている子どもに寄り添える」など、吃音の自分だからこそ教師としてできることを、手振り身振りを使ってアピールした。熱意が伝わったのか、面接官も相槌を打ったり、うなづいたりしながら、私の方をしっかり見ながら聞いて下さり、私も十分自分を出すことができた。そして、堂々とどもることができた。面接の最後に、
 「あなたのような先生なら、きっと子どもたちは喜びますよ」
 と面接官が言って下さった。私はこの言葉を聞いて「あぁ、もう合格でも不合格でもどっちでもいい。自分の力を全て出し切った。ありのままの自分を見てもらえたのだから…」と清々しい気持ちになった。
 そして今、5年生の担任として教壇に立っている。相変わらず、毎日どもりながら授業をしている。私は「か行」が大の苦手。国語の教科書に「かたつむりくん」「かえるくん」「がまくん」が出てくるお話には、大変なエネルギーを使う。毎時間汗びっしょりだ。教師の仕事は話すことが多いので、どうしても言えないときは、黒板に書いたり、言い換えをしたりして、その場をしのいでいる。また、指でその物を指しながら、「それ」「これ」「あれ」と言うことも日常茶飯事だ。私がつっかえていると、子どもたちが自然と言ってくれることもある。「子どもたちに助けられていることが多いな」と日々感じる。
 どもってどもって、その場から逃げだしたくなったり、穴があったら入りたくなるようなことがあっても、教師を続けられるのは大阪吃音教室と出会ったからだ。
 以前の私は「どもりながら話すのは恥ずかしいこと」「どもっていたら就職ができない。なんとかして治さなければ…」「吃音さえなければ、幸せだったのになぁ」と思い込んでいた。どもりそうになったら話すのをやめる、電話は自分からかけない、音読を避けるなど「逃げの人生」を送っていた。本当に吃音が憎くて仕方がなかった。そんな私が教師になるなんて、自分でもびっくりしている。
 大阪吃音教室にはいろいろな人がいる。すごくどもるのに話すことが多い仕事に就いている人、どもるのにおしゃべり好きな人、「今日、自分の名前を言うのに10分もかかったわ」とあっけらかんと言う人、どもってでも自分の意見はきちんと言う人…そんな姿を見て「どもってもいいんだ」「どもりながらも、楽しい人生が送れるんだ」と安心した。
 どんなにどもっても、私はやっぱり教師の仕事が好きだ。3年前の面接で、笑顔で吃音を公表し、ありのままの自分を見せたから今の自分がある。これからも、落ち込んだり悩んだりしながらも、子どもたちにありのままの自分を見せ、子どもたちと正面からぶつかっていこうと思う。そして、笑顔で自分らしくどもり続けていきたい。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/2