『治したくない−ひがし町診療所の日々』(斉藤道雄著 みすず書房)関連(5)
 
 僕は吃音に深く悩んでいたとき、他の病気や障害に比べて、それほど大きな問題とは思えない吃音に悩んでいること自体に悩んでいました。だって、小学2年の秋まではどもっていても全く悩んでいなかったのですから、考えてみれば、悩まなくてもいい吃音に悩んでいることになり、それは、僕自身が極めて弱い人間になってしまったからだと、自分自身の変化に戸惑い、悩んでいたのかもしれません。「弱いこと=だめな人間」の図式ができていたのです。その後、その「弱さ」をある程度認めることができるようになったのは、高校生の時、阿部次郎の『三太郎の日記』を読んだときからです。
三太郎の日記_0002 「弱い者はその弱さを自覚すると同時に、自己の中に不断の敵を見る。そうしてこの不断の敵を見ることによって不断の進展を促すべき不断の機会を与えられる。……弱い者は、自らを強くするの努力によって、最初から強いものよりも更に深く人生を経験することができるはずである。弱者の戒むべきはその弱さに耽溺することである。自ら強くするの要求を伴うかぎり、われらは決して自己の弱さを悲観する必要を見ない。……」
 『三太郎の日記』の十八「沈潜のこころ」の章を、何度も何度も覚えるくらいに読み返し、自分を奮い立たせていました。そうでなければ「弱さ」に負けてしまいそうだったからです。それでも、「弱さ」は僕にとって劣等感であり続けました。それが、セルフヘルプグループを創立し、その活動に夢中になることで、「弱さ」への感じ方、考え方が変わっていきました。應典院の秋田光彦さんによる僕へのインタビュー記事【「弱さ」を社会にひらく】が、東京にいる斉藤道雄さんと大阪の僕を結びつけたのです。「スタタリング・ナウ」2005年11月22日NO.135で紹介した、その文章を紹介します。

   
 
「学び・癒し・楽しみがお寺の原点」だとする大連寺住職・秋田光彦さんは、「ひとが集まる。いのち、弾ける。呼吸する、お寺」應典院(おうてんいん)の主幹でもある。その應典院は、竹内敏晴さんの大阪定例レッスンの場であり、「どもりは個性だ」と題した桂文福さんの講演など日本吃音臨床研究会のいろいろな催しの場となっている。秋田光彦さんが編集し発行する小冊子「サリュ」に、秋田さんが伊藤伸二にインタビューをした記事が掲載されました。それがTBSの斉藤道雄さんとの出会い、TBSの新番組「報道の魂」につながりました。人と人を結びつけたその記事を紹介しましょう。
  
  「弱さ」を社会にひらく−セルフヘルプとわたし
                  日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二さん

 少子高齢化社会を迎え、「弱さ」に目を向ける生き方が求められるようになりました。「弱さ」に目を向けるといっても同じ苦しみや境遇を癒しあうだけの、閉じこもった関係であってはなりません。自閉せずに「弱さ」を力にしてつながりあい、受容する社会を創造するには、どうすればよいのでしょう?また「弱さ」はどのように社会に参加することができるのでしょう?
 「どもり」という「弱さ」を社会にひらき、同じ悩みを持つ人たちの支えとなる活動を40年間続けてこられた日本吃音臨床研究会の伊藤伸二さんにお話を伺いました。

互いを支えあうセルフヘルプ
 ぼくは子どもの頃から、ずっとどもりで悩み、孤独に生きてきました。それが、大学の時に初めて同じようにどもりに悩んできた人たちと出会い、自分の話を聞いてくれる人が横にいて、そのぬくもりと安らぎを感じる体験をしました。これは何ともいえない喜びでした。一度その感覚を味わうと、また一人ぼっちになるのは耐えられません。
 1965年私は吃る人のセルフヘルプグループをつくりました。このグループでは同じように吃音に悩んできた人が集まり、支え合うだけではなく、自分の殻に閉じこもらないで、積極的に社会に出て行く活動をしました。当時は「セルフヘルプグループ」という言葉は日本に紹介されていませんでした。患者会や障害者団体はありましたが、その目的は生きる権利を主張したり、できれば「治す、改善」を目指しています。セルフヘルプというのは同じような体験をした者同士が支えあって、自分の人生を生きようということですから、治らないとか治せない、つまり簡単には解決しない問題をもっているというのが前提なのです。

配慮という暴力
 ぼくは、どもりの苦しみを同じように体験した人と出会うことで、ほっとしたり、力がわいてきたりという経験をしてきました。だから、子どもの頃に「ひとりぼっちじゃない」という経験をしてほしいと、15年前に始めたのが吃る子どもたちのための、吃音親子サマーキャンプです。毎年8月に開催して、全国から140名を超える参加があります。
 そこで16年、どもる子の親に接していますが、最初のころは、「うちの子はかわいそう、なんとかして治してあげたい」「どもりを意識させずにそっとしておいたほうがよいと指導された」「治ることを期待してどもりについて話題にしない」という親がほとんどでした。それは親子を取り囲む社会全体、教師にも強くインプットされていて、子どもの欠点や弱さを指摘したらかわいそうだという、配慮に満ち満ちているからです。ぼくは「配慮の暴力」というのがあると思います。配慮が人を傷つけるということはいっぱいあると思うのです。 そんな大人のこれまでの意識を変えて欲しいと、本を書いたり、発言したりしてきていますが、なかなか浸透していきません。インターネットの時代で簡単に情報発信ができるために、「どもり治療の秘策」みたいな劣悪な情報が増え、状況は40年前よりさらに悪くなっています。親は治るというメッセージや情報にすがりつきたいわけですから、飛びつきます。
 「どもりが治る」とはどういうことか。ぼくも実際はっきりわかりません。一般的にいうと、空気を吸うように何の躊躇もなく話せるというのが治るということでしょう。また、吃りながらでも、吃音に影響されずに自信を持って生きるというのも治ることだといえるかもしれません。今、ぼくは何も悩んでないし、どんな不自由もないし、どもりで困ることは100パーセントありません。だから、「伊藤さんは、治っているんじゃないか」と言われたらそうだけれども、それを治るといってしまっていいのかどうか。吃りながら「俺は平気だよ」というほうがいい。だから治るという言葉はあえて使わないで、治らないけれども自分らしく生きることはできるんだよというメッセージを投げかけたい。治る、治らないの二元論的な世界から違う見方を提示したのが、セルフヘルプの活動といえるのかもしれません。

弱さに向き合うこと
 だから何が何でも治そうということではなくて、どもりという欠点と言われるものや弱さは弱さのままでいいんだときちんと受け止められたら、社会でひとつの力になる。弱さの持っている強さを自覚できたら、弱さのままでも社会に出ていける。弱さはしなやかですから。これまでは「吃ってかわいそう」と弱さの中の弱さを押し付けられたりしました。弱かった人間が強くなると周りから叩かれるという矛盾もありました。そうならないために、きちんと自分の問題を見つめることは大切なのです。
 例えば「吃って恥ずかしい」と思ったのは、一体なぜか?と自問してみる。それは周りの人から、吃るあなたは、こんなことはしなくていいよと配慮されたり、弱い立場を押し付けられたりしてきたことと関係があるのかもしれない。烙印(スティグマ)を押されてそこに安住させられてきた。弱さを自分で演じてきたこともあるでしょうね。それを明らかにしていくというのはある意味でつらい仕事だけれども、それに向き合うということをしないといけない。一人では難しいからセルフヘルプグループがあるんです。
 しんどいけれど一緒に向き合おう。それをしないとただ「そうだね、苦しいね、よくわかるよ」という表面だけの共感に終わってしまう。それだと本当の苦しさは超えられない。

失敗から学び、悩むことを恐れない
 今と違って、ぼくらの時代はがんばれば何かできるんじゃないかという希望がありました。今の子は悩んでいる感じはするけれども、悩み方がすごく下手になっている。悩み方のノウハウを教えるというのはすごく変だけど、「お前の悩み方、変じゃないの」ということを言う大人がいてもいいんじゃないですかね。悩むチャンスを大人が奪っている。それも配慮ということなんでしょうね。失敗したらこの子はだめだと、失敗させないように何とかしないと、という。そうではなくて、むしろ失敗したほうがいい、悩んだほうがいいわけですよ。悩むことのなかに工夫があり、発見があり、気づきがあったりするのに、悩むことを恐れてしまう。これからの自分とか、なぜ生きているのか、そういう問いを発見するのも、若い人がもっと創造的に悩むことじゃないかと思っています。
 そのために、弱さに向き合うチャンスや場を、もっと大人が提供していかないといけないですね。向き合うということは苦しいけれども喜びもあり、発見もある。吃音親子サマーキャンプが成功しているのは、ぼくらが吃りながらでも楽しく過ごしている、その姿を子どもたちに見せているからです。大人がモデルとなるような生き方をし、人生の喜び、楽しさを提示することです。じかにふれあえて向き合う経験をさせる。そういう場を与えることが大人の役割じゃないかと思います。
「サリュ」 應典院寺町倶楽部のニュースレター NO.43 2004.10.5発行


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/5/27