「治したくない」と「吃音を治す努力の否定」

 斉藤道雄さんが、『治したくない』の著書を送って下さったことをきっかけにして、僕が長年考え、実践してきたことと、斉藤さんがこれまで取材し、考えてこられたことを紹介しながら、僕が提起した「吃音を治す努力の否定」について、しばらく考えてみようと思います。
 「吃音を治す努力の否定」の否定から、1976年に公表した「吃音者宣言」に至る道筋が第一段階です。その後、交流分析、論理療法、アサーション、認知行動療法、ナラティヴ・アプローチ、当事者研究、レジリエンス、オープンダイアローグ、健康生成論、ポジティブ心理学など、様々な領域と結びついたのが第二段階です。1970年頃から継続して続いている一本の道です。
 まあ、横道に逸れないで一筋道を歩んできたものだと感心します。次の第三段階は、「吃音哲学」の構築になるのでしょうか。今、まさに世界は混沌とし、新型コロナウイルスに翻弄されています。これまでのような生き方が通用しなくなると思われます。第一段階、第二段階を整理し、新たの道を模索できるのは楽しいことです。その時、斉藤道雄さんの『治したくない』は僕に新たな気づきを与えてくれるものと思います。じっくりと、丁寧に読みこんで、気づいたこと、感じたこと、考えたことを、斉藤さんに返していこうと思います。

 「伊藤伸二さんでしょうか。私は東京の民間放送のTBSというテレビ局でディレクターをしている斉藤道雄といいます。一度、大阪に出向いてお話をお聞きしたいのですが…」
 この電話の後、すぐに斉藤さんは大阪に来られました。自宅で3時間近くいろいろと質問を受けたりしながら話した後です。
 「やはり、伊藤さんは、私が考えていた、その通りの人でした。新しくTBSで始まるドキュメンタリー番組の第一回に伊藤さんの活動を紹介させて下さい」 
 ちょうど、吃音親子サマーキャンプが近づいていたこともあって、キャンプの3日間の密着取材、大阪教育大学の集中講義の様子、僕の自宅でのインタビュー、大阪吃音教室の取材をもとに、『報道の魂』が完成し、放映され、その後、TBSニュースバードの43分の「ニュースの視点」でも放映されました。
 その後も、おつきあいは続き、斉藤さんがべてるの家の取材のために、北海道の浦河に家をつくられた、そのご自宅にも招待していただきました。そこで出会ったのが、向谷地生良さん一家で、その縁で、向谷地さんに2泊3日の吃音ショートコースに講師として来ていただくことができました。不思議な縁でした。『吃音の当事者研究−どもる人たちが「べてるの家」と出会った』(金子書房)も出版されました。
報道の魂 ネット 50 「報道の魂」の放送を特集した日本吃音臨床研究会のニュースレター「スタタリング・ナウ」の、「場の力」と題した巻頭言を紹介します。
 
  
場の力
      日本吃音臨床研究会代表 伊藤伸二

 斉藤 道雄様
 「勝手すぎる書き方かもしれず、ご希望に添えなかったかもしれません」の前置きの後、「メッセージ」と題した力のこもった文章を一気に読みました。読み進み、涙がにじんできました。ここに私たちを深い部分で共感し、理解して下さる人がいる。大きな力強い援軍を得た、そんな気がしました。うれしい原稿ありがとうございました。
 長い時間カメラが回っていました。吃音親子サマーキャンプの2泊3日間、大阪スタタリングプロジェクトの大阪吃音教室、さらに私の自宅や大阪教育大学にまで来て下さいました。かなり大量の取材テープだったことでしょう。私もインタビューでいろんなことを話したように思います。
 取材に来られた日の大阪吃音教室は、今秋の吃音ショートコース、「笑いとユーモアの人間学」の前段階として、自分の吃音からくる失敗やかつては嫌だった体験を笑い話として笑いとばす講座でした。笑いやユーモアについて考える時間であるため、大きな笑い声に満ち満ちていました。斉藤さんに代わって取材に来られた方が、予想をしていた内容、雰囲気とは全く違うと本当に驚いておられました。編集作業が始まった頃、斉藤さんからも「どの部分を切り出しても、伊藤さんたちの笑いや明るさが際だっている。吃音に悩む人にこのまま紹介したら、どのようなことになるか、ちょっと心配もあります。でも、本当のことだし…」といったような内容のメールをいただいていました。苦労をしながらの編集作業だったと推察します。
 「報道の魂」は、私たちの明るさよりもむしろ吃音に悩む人々への思いに満ちていました。どもる人のもつ苦しみと、苦しかったからこその明るさを表現して下さっていたように思います。
 世界の日本の吃音臨床・研究の主張は依然として「吃音の治癒・改善」を目指しています。私たちの考えや実践は少しずつですが理解されるようになり、仲間も増えました。しかし、少数派であることに変わりはなく、時に大きな壁、流れに空しさを感じることもあります。そんな時、いつも私たちを励ましてくださるのは、不思議なことに言語障害の研究や臨床にあたる人々よりも、今回のように、違う領域で活動をされている方々です。
 以前、NHKの海外ドキュメンタリーで「もっと話がしたい、吃音の克服への道のり」という番組がありました。吃音が改善され、幸せになった、だから、「吃音は治る、改善できる」というような内容だったように記憶しています。今回、メディアを通し、あのような切り口で吃音が扱われたのは恐らく世界でも初めてのことではないでしょうか。「どもっていても大丈夫」「吃音に悩むことにも意味がある、悩んだからこそ今がある」という私が伝えたいことのほとんどは、あの番組の中で、私以外のどもる人や子どもたちも語っていました。本当によく切り出して下さったと感謝しています。
 「どもりは差別語か?」の問いかけに対する高校生たちの意見。話し合いをしたこともないテーマに、自分のことばで自分の意見を語る子どもたちに、本当にびっくりしました。私たちが考えている以上に子どもたちは育っていました。子どもたちのすごさに驚き、誇りに思えました。
 斉藤さんが最後に書いて下さったように、あの映像から私が一番勇気づけられました。私が主張し活動してきたことは間違いではなかった。あんなに大勢の子どもや親やどもる人たちが私に、
「これまで言ってきた、そのままでいいんだよ」
「あなたはひとりじゃない。大勢の仲間がいる」
「あなたには、40年も継続してきた力がある」
 このメッセージを送ってくれたんですね。また、斉藤さんがこれまで取材されてきた、先天性四肢障害の人、ろう者、べてるの家の精神障害者と斉藤さんを通してつながることができました。私の主張は何も奇をてらったものでも、非現実なことでもなく、人がそれぞれに豊かに生きていくためのキーワードなのですね。これからも、私たちの考えや活動を見守って下さい。ありがとうございました。出会いに感謝します。   伊藤 伸二
「スタタリング・ナウ」2005.11.22 NO.135


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/5/25