群馬吃音キャンプ 若い人たちとの対話 5
どもって「おはよう」が出ないときの対処
伊藤 あなたとしては、そういう状態をどうしたらいいと思うんですか? 訓練をして、「おはようございます」が言えるようになればいいけれど、そんなことは無理だと分かっているよね。そうだとしたら、どうしたらいいと思うの?
参加者 会釈だけでもと思うけれど、それもまた違うかなあって。で、解決策が出てこないんです。
伊藤 朝、テレビの民間放送が特にそうなのかもしれないけれど、番組が始まるときのあいさつの「おはようございます」をよく聞いてみると、「おはようございます」の「お」の音がちゃんと出ている人なんてほとんどいないよ。みんな、「はようございます」だ。長年、それなりのアナウンサーとして仕事をしてきた人なのに、なんで「はようございます」なのだろう。今、「お」が聞こえた?
参加者 聞こえないです。
伊藤 聞こえないよね、言ってないんだから。朝、テレビを見る機会があったら、最初のシーンを注意深く見て下さい。ここ2、3年のような気がするんだけど、一体、どういう現象なんだろう。以前は、ちゃんと「おはようございます」と「お」を言っていたような気がする。あなたは「お」が出ないの?
参加者 意識すると、「お」に限らず、すべての「音」が出ない。
伊藤 ああ、そうか。意識すると、「お」に限らないわけね。
参加者 「お」だけを省くということもやってみたんですけど、そしたら、次は「は」が出なくなりました。
伊藤 そういうことだよね。さて、僕たちがよく言っているのは、何でも複数の選択肢があるということなんだけど、今のような状態になったときに、どんな選択肢があるか、みんなで考えてみよう。「おはようございます」と、ほんとは言いたい。でも、言えない。「お」をとってみて、「はようございます」と言おうとすると、今度は「は」が出ない。で、「は」をとって、「ございます」だけでは変だ。そういうとき、彼は、吃音はOKだと認めてはいるけれど、先輩や重要な人とすれ違いざまの「おはよう」が言えないで困っている。突拍子もない選択肢でいい。選択肢というのは、そんなこと、できるわけないというのも含めて選択肢と考える。そして、現実的に使えそうなものを選んだらいいのだから。
参加者(小学6年生) ちゃんと言えなくても、どんなにどもっても言ってしまう。
伊藤 なるほど。彼は、「お」が言えないんだけど、「おおおおおおおおはようございます」と言うことだね。おもしろい。この選択肢を採用しましょうか。どう?
参加者 どうしても出ない場合はどうしたらいいんですか? 出ないということはないんですか?
伊藤 連発、難発の話でいくと、おそらく、出ないということはない。僕にとって、今までずっと言えなくて、今も言えないのが、数字の「・・・・・・なな」。どうすごくどもるでしょう。「僕、タチツテトが言えないんです」と言うとき、「タチツテト」と実際言っていることが多いけれど、この「なな」は、今どもっているように、本当に言えない。僕の名前の伊藤の「い」も出てこない。今でも、病院で血液検査のとき、「伊藤さん」と呼ばれるから行くと、「お名前をフルネームでお願いします」と言われる。すっと言えるときもあるけれど、「あの、いいいいい」となる。そのとき、言えないときはどうするなんて言ってられないから、「いいいいいい、はー」とやり直したりしながら言うしかない。そしたら、向こうが「もういいです」と言うだろう。だって、向こうは、伊藤伸二が来ていると分かっているんだから。でも、病院は杓子定規で言わせるよね。「いいいいいい」となって、何秒で「いとう」と言えるか、実験してみたらいい。どれくらいの時間、ほんとに言えないかということを測ってみるかい。
参加者 時間を?
伊藤 そう。すれ違いざまに、先輩に「おはようございます」と言うときに、出ないんでしょ。だったら、どれだけの時間が経てば、出るかのを実験するという気持ちで話せばいい。おそらく、1分もすれば出てくると思うよ。どもったらどうしようではなくて、これは実験だからと考えて、先輩が通ったときに、「おおおおおおおお」と、「おはよう」が出るまで言う。先輩はびっくりするだろうね。
参加者 びっくりします。
伊藤 そしたら、チャンスだ。向こうがびっくりして、「どうしたの?」と聞いてくれたら、これはありがたい。「実は、私はどもって、「お」が言えないんです。いつも先輩にあいさつするときに、ちゃんとしたあいさつをしたいと思っているんだけど、「お」が出てこなくて、こんな状態になっているんです」と言えたら、最高だね。
参加者 最高っすね。
伊藤 そして、そういう人が一人、二人、三人、四人と増えていけば、あいつは本当はあいさつする気があるんだけれども、「お」が出ないので、会釈だけしている。常識がないからあいさつしないということではないということが相手に分かるよね。そういう、分かった人を少しずつ増やしていけば、その環境においては、君は、笑顔で会釈だけで済むということになる。どうでしょう。
参加者 ありがとうございます。実験してみます。
伊藤 小学生の彼のアイデアなんだよ。恥をかきたくないと思ってかいた恥はダメージが大きい。でも、恥をかこうとか実験してみようという思いで恥をかくと、実験だからダメージはそんなに大きくならない。
面接のときに、どもってうまく言えないから面接が怖いと言う学生や社会人がいるんだけど、それは面接されると思うから怖いのであって、相手を面接してやろうと思えばいいじゃないか。このどもっている僕に対してどういう反応をするか、変な反応をしたら、ここの会社は大したことないなあと思えばいい。どんなにどもってもちゃんと聞いてくれる人のところだったら働きたいなあとか、こちらが会社の人間を面接するつもりでいけばいいんだ。僕は、残念ながら、恋愛結婚だったんだけど、見合い結婚をしてみたかったなと思う。仲人が僕を紹介してくれて、女性の前で、「いいいいいとう」とすごくどもったときに、彼女がどんな反応をするか、いかに着飾って、どんなにかっこいい女性であったとしても、僕がどもったときに、軽蔑の眼を一瞬でも感じたら、ああ、この人はだめだと思えばいいわけだ。あなたはどもりを受け入れたって言うんだから、それくらいの挑戦はできるでしょう。
参加者 やってみます。
伊藤 他にも選択肢はあるだろうけど、せっかく彼が言ってくれたんだから、それでいってみよう。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/12/26
どもって「おはよう」が出ないときの対処
参加者 僕も吃音は受容しているんですけど、言語聴覚士の専門学校や病院で、先輩にすれ違うときのあいさつができないんです。それじゃ、だめじゃないですか。ある程度しっかりとしたあいさつをしないといけないときに、ブロックでことばが出なくて、すれ違ってしまうみたいなことがある。吃音については悩んでいないけれど、大切な人に対して、あいさつができなくて、どうしようもないなあという悩みがあります。

参加者 会釈だけでもと思うけれど、それもまた違うかなあって。で、解決策が出てこないんです。
伊藤 朝、テレビの民間放送が特にそうなのかもしれないけれど、番組が始まるときのあいさつの「おはようございます」をよく聞いてみると、「おはようございます」の「お」の音がちゃんと出ている人なんてほとんどいないよ。みんな、「はようございます」だ。長年、それなりのアナウンサーとして仕事をしてきた人なのに、なんで「はようございます」なのだろう。今、「お」が聞こえた?
参加者 聞こえないです。
伊藤 聞こえないよね、言ってないんだから。朝、テレビを見る機会があったら、最初のシーンを注意深く見て下さい。ここ2、3年のような気がするんだけど、一体、どういう現象なんだろう。以前は、ちゃんと「おはようございます」と「お」を言っていたような気がする。あなたは「お」が出ないの?
参加者 意識すると、「お」に限らず、すべての「音」が出ない。
伊藤 ああ、そうか。意識すると、「お」に限らないわけね。
参加者 「お」だけを省くということもやってみたんですけど、そしたら、次は「は」が出なくなりました。
伊藤 そういうことだよね。さて、僕たちがよく言っているのは、何でも複数の選択肢があるということなんだけど、今のような状態になったときに、どんな選択肢があるか、みんなで考えてみよう。「おはようございます」と、ほんとは言いたい。でも、言えない。「お」をとってみて、「はようございます」と言おうとすると、今度は「は」が出ない。で、「は」をとって、「ございます」だけでは変だ。そういうとき、彼は、吃音はOKだと認めてはいるけれど、先輩や重要な人とすれ違いざまの「おはよう」が言えないで困っている。突拍子もない選択肢でいい。選択肢というのは、そんなこと、できるわけないというのも含めて選択肢と考える。そして、現実的に使えそうなものを選んだらいいのだから。
参加者(小学6年生) ちゃんと言えなくても、どんなにどもっても言ってしまう。
伊藤 なるほど。彼は、「お」が言えないんだけど、「おおおおおおおおはようございます」と言うことだね。おもしろい。この選択肢を採用しましょうか。どう?
参加者 どうしても出ない場合はどうしたらいいんですか? 出ないということはないんですか?
伊藤 連発、難発の話でいくと、おそらく、出ないということはない。僕にとって、今までずっと言えなくて、今も言えないのが、数字の「・・・・・・なな」。どうすごくどもるでしょう。「僕、タチツテトが言えないんです」と言うとき、「タチツテト」と実際言っていることが多いけれど、この「なな」は、今どもっているように、本当に言えない。僕の名前の伊藤の「い」も出てこない。今でも、病院で血液検査のとき、「伊藤さん」と呼ばれるから行くと、「お名前をフルネームでお願いします」と言われる。すっと言えるときもあるけれど、「あの、いいいいい」となる。そのとき、言えないときはどうするなんて言ってられないから、「いいいいいい、はー」とやり直したりしながら言うしかない。そしたら、向こうが「もういいです」と言うだろう。だって、向こうは、伊藤伸二が来ていると分かっているんだから。でも、病院は杓子定規で言わせるよね。「いいいいいい」となって、何秒で「いとう」と言えるか、実験してみたらいい。どれくらいの時間、ほんとに言えないかということを測ってみるかい。
参加者 時間を?
伊藤 そう。すれ違いざまに、先輩に「おはようございます」と言うときに、出ないんでしょ。だったら、どれだけの時間が経てば、出るかのを実験するという気持ちで話せばいい。おそらく、1分もすれば出てくると思うよ。どもったらどうしようではなくて、これは実験だからと考えて、先輩が通ったときに、「おおおおおおおお」と、「おはよう」が出るまで言う。先輩はびっくりするだろうね。
参加者 びっくりします。
伊藤 そしたら、チャンスだ。向こうがびっくりして、「どうしたの?」と聞いてくれたら、これはありがたい。「実は、私はどもって、「お」が言えないんです。いつも先輩にあいさつするときに、ちゃんとしたあいさつをしたいと思っているんだけど、「お」が出てこなくて、こんな状態になっているんです」と言えたら、最高だね。
参加者 最高っすね。
伊藤 そして、そういう人が一人、二人、三人、四人と増えていけば、あいつは本当はあいさつする気があるんだけれども、「お」が出ないので、会釈だけしている。常識がないからあいさつしないということではないということが相手に分かるよね。そういう、分かった人を少しずつ増やしていけば、その環境においては、君は、笑顔で会釈だけで済むということになる。どうでしょう。
参加者 ありがとうございます。実験してみます。
伊藤 小学生の彼のアイデアなんだよ。恥をかきたくないと思ってかいた恥はダメージが大きい。でも、恥をかこうとか実験してみようという思いで恥をかくと、実験だからダメージはそんなに大きくならない。
面接のときに、どもってうまく言えないから面接が怖いと言う学生や社会人がいるんだけど、それは面接されると思うから怖いのであって、相手を面接してやろうと思えばいいじゃないか。このどもっている僕に対してどういう反応をするか、変な反応をしたら、ここの会社は大したことないなあと思えばいい。どんなにどもってもちゃんと聞いてくれる人のところだったら働きたいなあとか、こちらが会社の人間を面接するつもりでいけばいいんだ。僕は、残念ながら、恋愛結婚だったんだけど、見合い結婚をしてみたかったなと思う。仲人が僕を紹介してくれて、女性の前で、「いいいいいとう」とすごくどもったときに、彼女がどんな反応をするか、いかに着飾って、どんなにかっこいい女性であったとしても、僕がどもったときに、軽蔑の眼を一瞬でも感じたら、ああ、この人はだめだと思えばいいわけだ。あなたはどもりを受け入れたって言うんだから、それくらいの挑戦はできるでしょう。
参加者 やってみます。
伊藤 他にも選択肢はあるだろうけど、せっかく彼が言ってくれたんだから、それでいってみよう。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/12/26