群馬での吃音キャンプ 若い人たちとの対話 2

群馬キャンプ 伸二少し大きく
参加者 僕の妹もどもるんですが、妹が、「夏より冬の方がどもる」と言っていた。季節に関係あるのかな。


伊藤 吃音は波があるんだよね。君の妹のように、夏よりも冬の方が調子が悪いという人のことは聞いたことがある。でも、どもる人がみんな、季節に関係あるかというと、そうではない。昨日も、千葉市のことばの教室で、どもる子どもの保護者から、「どもったりどもらなかったり、調子がいいときと悪いときとがあるが、どういうときが悪くて、どういうときがいいのか」と聞かれた。その保護者の子どもは、今、調子の波が悪く、心配だから聞いたらしいのだけれど、これはひとりひとり全部違うので、どもる人はこうだとは言えないです。波だけでなく、吃音に関しては全てといっていぐらい、どもる人はこうだとは言えなくて、どもる人ひとりひとりが全部違うと考えた方がいい。妹は冬に調子が悪い。でも、他の人はそうではないということになる。冬は寒いし、風があるから、しゃべりにくくなるのかもしれない。君はどう? 冬と夏とは違うの?
参加者 はい。僕も妹と同じで、冬の方がひどくどもる。
伊藤 そうなんだ。そう言われたら、僕も季節に関係していたかも。今はそうじゃないけど、一番どもっていたのは、春だったね。それも、早春の3月ごろ。新学期が始まる不安と恐怖で、なんともいえない気持ちになったからかもしれないけれどね。だけど、不安やストレスがあるから、どもるという人もいるけれど、そんなことには関係ない人もたくさんいる。緊張するとどもる人もいれば、緊張するとどもらない人もいる。お酒を飲むとどもらない人もいるし、お酒を飲むとめちゃくちゃどもる人もいる。ひとりひとり本当に違うんだね。君は、妹がそう言ったのを聞いて、僕に質問をしたのは、妹に何かアドバイスをしたかったのかい?
参加者 うーん。そういうことではないけど。
伊藤 そうか、吃音は波があって、それもひとりひとりが違うものだと自分で思っているだけでいいかな。波があるのは、仕方がないね。それでいいですか。
参加者 はい。


参加者 難発で、ことばが出ない吃音なんですが、緊張するとどもらないんです。仕事上や大勢の前で話すときに限って吃音の症状は出てこない。逆に親とか親しい友だちと話すときにものすごくどもるんです。それも難発の状態になるんです。


伊藤 へえ、家族とね? 君の場合は難発なんだね。
参加者 家族とだったら、ものすごい難発で、出てこない。初めての人と話すときなどは、吃音は出てこないんです。今日のこんな場面ではあまり出なくて、親しい人になればなるほど、どもりが出てくる。自分の中で整理がつかなかったんですけど、今、緊張するとどもる人もいれば、緊張するとどもらない人もいるとおっしゃったので、じゃ、私は緊張するとどもらないタイプなのかなと思いました。私は、栄養士ですが、栄養士の勉強をしているとき、どうしてもどもりを治したいと思っていたときがあって、食事でなんとかならないかと、考えてました。
伊藤 えっ、食事? 栄養士だから、そう思ったのね。おもしろいね。
参加者 栄養素から、脳の神経に刺激を与えて、なんとかできないのかなと思った。サプリメントとか、DHAがなんとかとか。もちろん、治らなかったんですけど、そういうのって、関係しますか。一時期、すごく調べたこともあったんですけど。
伊藤 おもしろいね。
参加者 治すって、なかなか難しいのかなと思ってるんですけど。
伊藤 身体的な怪我のリハビリなんかでは、よほど間違った方法でない限り、少しずつよくなっていくよね。だけど、吃音に限っては、治そうという意識を持って、治そうとすればするほど治らない。一番いいのは、こういうものだとあきらめて、できるだけ緊張する場面でもどこでも、しゃべっていくことしかないね。僕は、43歳のときに、初めて世界大会を開いたけど、1時間の講演の通訳をしてくれていた同時通訳者が、「伊藤さん、1時間、話を聞いたけれども、伊藤さんは、一言もどもっていなかった」と言っていた。確かに43歳の頃は、普段の生活、たとえば自分の名前を言うときや、家族としゃべっているときはよくどもっていたけれど、講演など緊張する場面ではほとんど、どもらなくなっていた。僕は大学の教員をしていたので、話す場面に慣れている。常に人前でしゃべるということをずっと仕事としてきたから、人前でしゃべるときの話すスピードやテンポや間がそれなりに、知らず知らずのうちに身についてきたのだと思う。僕が、「どもりは治らない。どもりながらちゃんと生きていこう」と言うと、「伊藤さんは、全然どもってないじゃないですか」と言われたことがあった。「どうしたらそうなるんですか」とよく言われたけれど、知らない間に少しずつ少しずつ変化していったので、言語化できないし、説明できない。あなたも、なぜ家族のときはどもるのか、説明できる? こじつけでもいいけど。
参加者 緊張のあるときとないときの違いですかね。それとも、ストレスか。
伊藤 家族の中で話すときに、緊張したりストレスがあるということ?
参加者 いや、リラックスしているときによくどもる。不思議なんです。
伊藤 リラックスしているときには、ブロックという難発ではなくて、ぼぼぼくという連発の状態が僕は出てくるんだけど、あなたの場合は、リラックスして、家族としゃべっているときに、難発が出てくるんだよね。それは、僕も初耳で、おもしろいと思う。ひとりひとり違うということなんだよね。吃音の進展について、チャールズ・ヴァンライパーという研究者は、最初は、「ぼぼぼぼく」という連発の状態で、そんなに派手にどもるのが嫌なので、「ぼ」が出るまで待っていると、難発になっていくと、言っていた。だから、吃音の治療としては、難発の状態から最初の頃の「ぼぼぼぼく」というどもり方にすれば、症状としては軽くなったことになる。だから、随意吃音という、わざと意図的にどもるという方法が1930年頃から始まった。家族と話すとき、どもってもいいと思っているのだったら、難発ではなくて、連発が出てくるんだけど、あなたの場合は、その逆になっている。おもしろいよね。そのことについて、自分で研究してみたらどうだろう。家族としゃべっているときに、すごくどもったとしても、別に恥ずかしくもないでしょう。
参加者 そうですね。
伊藤 周りもそれを受け止めてくれているわけでしょ。だったら、全然問題ないじゃん。人前でしゃべるときは、それなりにあなたの持っている工夫で、自然になんとかしているのかな。
参加者 無意識だけど。
伊藤 無意識でしょうね。僕も、無意識のうちにだんだんとどもらなくなったんだけど、20年くらい前からまたよくどもるようになった。講演や講義など、人前でもすごくどもるようになっている。家族と話していてもどもる。だけど、一切どもらないでしゃべって下さいと言われたら、15分くらいだったら、一言もどもらずにしゃべることはできるよ。そのときは、いろんなことをやっていると思う。なんか力を抜いてみたり、間をとってみたり、言い換えてみたり、勢いで言ってみたり、微妙に何かやっていると思う。でも、とても疲れるね。そんなことは説明がつかないし、不思議だと思う。よく、治す方法を教えてくれと言われるけれど、言語は、高機能なものだから、簡単に教えたり教えられたりはできないと思う。君は栄養士をやめて言語聴覚士という専門家になろうとしているんだけれど、どもりを治そうなんて考えたりしたらだめだよ。自分で話し方をそれなりに自然に身につけてくるので、自然治癒という言い方よりは、自然に変化していくものだと信じて、自然に変わっていくのを待つことだね。自然に変わるために基礎的なこととして何がお手伝いできるかを考える。サプリメントはだめだとしても、生活習慣を変えるなどのお手伝いはできる。たとえば、僕は、どもりたくないからできるだけしゃべらないで、話すことから逃げていた。そんな生活習慣を続けている限り、自然治癒力は働かない。けれども、どもったっていい、どもってこれまで生きてきたんだから、これからもどもっていこうと覚悟を決めてしゃべっていたら、圧倒的にしゃべる量が増える。しゃべる量が増えるということは、それだけエンジンが回転していくわけで、だんだん話せるようになる。けれども、そういうふうにしていっても、変わらない人は変わらない。自然治癒にしても、自然治癒力が働く人もいればそうでない人もいる。免疫力が強い人は、自然治癒力が働くけれども、変わらない人もいる。だから、アメリカでは、慢性的吃症候群という名前があるぐらい。どんなに治療しても全く変わらないという人もいる。それはそれでそのままで生きていくしかない。だから、吃音って、奥深くておもしろいんだよね。僕は、そんなどもりに魅せられて、生きてきたようなものだ。いいですか。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/12/22