人と人との出会いは不思議なもの

 「関西カウンセリングセンターでご一緒した○○です」という電話がありました。まったく思い出せません。確かに、35年以上も前になると思いますが、関西カウンセリングセンターには行っていました。カウンセラーの養成講座があり、勉強していたのです。
 その方は、懐かしそうに話して下さいますが、僕の記憶には雲がかかっているようで、なかなか鮮明にはなってくれませんでした。
 その講座では、たくさんの講義や演習の後、最終段階のカウンセラーになる前に、ベーシック・エンカウンターグループ体験や、クライエント体験をすることになっていました。エンカウンターグループ体験については、その後つきあいがあった何人かの人がいて、思い出せるのですが、6回くらいのクライエント体験についてはすっかり忘れていました。そのとき、僕のカウンセラーの役をして下さったのが、電話をしてきて下さった方でした。

 たくさんの受講生と会っておられるだろうに、よく覚えていて下さったものだと思います。正直にそのことを伝えると、僕は、6回ある体験の2回目を、無断で休んだらしいのです。3回目に行ったとき、「前の回、どうして休んだのか」と聞かれ、僕は、3回目に行く前には無断欠席したことに気づいて、すぐに、手紙を出していたようです。「手紙が届いている」とおっしゃったので、「まず、その手紙を読んで下さい」と言ったそうです。
 ここまで話を聞いても、休んだことも、手紙を出したことも思い出せませんでした。休んだ理由は、「うっかりして忘れていた」だったらしいです。僕らしいと、思わず笑ってしまいました。電話の向こうでも、笑っておられました。でも、手紙には、正直に、丁寧に、そのことを書いて、申し訳なかったと謝っていたらしいです。そんなこともあって、僕のことを覚えていて下さったとのことでした。

 このエピソード、僕は全く覚えていません。クライエント体験も、そんなことがあったなあくらいしか覚えていません。忘れてすっぽかしたことは記憶にありませんでした。あまりにも古いことなので、年齢を尋ねると、87歳とのこと。僕のカウンセラー役をして下さっているとき、僕が、吃音について、活動について話すのをとても興味深く聞き、僕が最後のセッションでお渡ししたパンフレットを大事にとっていて下さいました。カウンセラーとして出会う人の中に、どもる人がいたら必ず、僕の連絡先を教えたそうです。だから、35年以上も前の出会いなのに、僕のことは鮮明に覚えているとおっしゃっていました。
 人と人との出会いは、不思議なものだと、日頃から思っていましたが、今回のできごとも本当に不思議です。この方は、8月25日の吃音親子サマーキャンプの記事と、9月19日の大阪吃音教室の、朝日新聞の記事を見て、僕の名前をみつけ、懐かしく思い出したとおっしゃいます。記事には名前だけだったので、パソコンができる人に頼んで調べて、電話をしてきて下さったとのことでした。たくさんの人と出会う立場のカウンセラーで研修担当者が、ひとりの研修生のことをここまで覚えていて下さったのです。不思議な、うれしい電話でした。

 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2019/10/17