吃音に生かす、健康生成論の把握可能感と処理可能感
公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会三重大会での吃音講習会の話の続きです。
今回の話の冒頭で、農林水産省の元事務次官に何が足りなかったのか、どんな力があれば、ひきこもり状態の息子を殺害しなくて済んだのか話し合ってもらい、何人かに報告してもらいました。先ほどお話した首尾一貫感覚で整理してみます。

把握可能感
ひきこもりとはどういう状態になることなのか、彼は把握していなかったのではないでしょうか。ひきこもりに関しては本もたくさん出ているし、いろんなところで講演会などもあります。現実の息子のことをしっかりと見ていなかったのではないか、将来、この子がどうなるかという予想もできなかったのではないか、ひきこもりを把握することが彼はできていなかったのだろうと思います。40歳になる我が息子との向き合い方が分からない。つまり、把握可能感がなかったのです。
処理可能感
次に、これから、息子とどう生きていくかという処理可能感がなかった。農林水産省の元事務次官ですから、官僚としていろんなサービスはあるだろうことは、知っていたはずです。ひきこもりに対してのサービスや支援のネットワーク、相談窓口もいっぱいあるにもかかわらず、それを使うことはなかった。これが、彼の大きな悲劇のもとになったんだろうと思います。あるいは、相談することにプライドが許さなかったのかもしれません。助けを求める力がなかったということでしょう。
この処理可能感を、僕がいいなあと思うのは、後で高めることができるところです。さきほど話したレジリエンスは、本来その人のもっている力です。しかし、アントノフスキーがいう首尾一貫感覚は、学童期、思春期に身につけられるもので、特に、処理可能感は、その人の力だけではなく、周りの力も利用しようというものです。これは、とても大きいことだと思います。自分には問題の処理を可能にするのに必要な資源があることを把握して、それを活用しようといいます。資源の中で、自分自身の資源とは、強い体力、病気に対する抵抗力、情報、知識、知性、哲学、柔軟性に考える力、などです。これから育てることができる自分自身の資源です。
セルフヘルプグループがとても大事にしていることばがあります。平安の祈りというもので、必ずミーティングで使うことばです。少し変えていますが、こういうことばです。
変えることができるのなら、変えていく勇気を持とう
変えることができないものは、それを受け入れる冷静さを持とう
そして、変えることができるかできないか、見分ける知恵を持とう
当事者にとって、とても大事なことばです。どうしてミーティングのときに言い続けるかというと、自分の力で変えることができると思って、一生懸命闘ってきた。アルコール依存や麻薬依存を自分でコントロールできると思っていたけれども、それはもう無理だと「無力宣言」をする。私はアルコールに対して無力である。アルコールに対しては、お手上げだ。つまり、適度にアルコールを楽しむ力がない。この、「適度に飲む」とは、アルコールを飲む量をコントロールすることで、その力がない。この点では無力だけれど、変えることができることに対しては変えていく努力をしよう。でも、何が変えることができるのか、何ができないのか、見分けがつかなかった。それをセルフヘルプグループの中で、自らが語り、人の語りを聞く中で、変えることができるものと、変えられないものの見極めがついた。これを「知恵」がついたという言い方をします。
僕たちも、吃音を治す努力をすれば治る。自分の力や、専門家に治療してもらえれば変えられると思って必死になってきました。そのことで、自分を、吃音を否定して辛くなっていました。しかし、努力しても吃音を治せないのだったら、認めるしかない。そう考えたとき、自分は本当は何をしたいのか、何をしなければならないのかに目が向き、自分が本来努力しなければいけないことをがんばろうという力が湧いてきました。変えることができるのは、「自分のしたい、しなければならないことをする努力」です。
子どもたちには何か困ったときに、君にはこれだけの力がある、また君自身には力がなかったとしても、君には、助けてくれたり、味方になってくれる人はいっぱいいる、こういう情報もあるということを教えたい。これが、処理可能に必要な資源になります。
大体、首尾一貫感覚は、分かっていただけたでしょうか。
なぜ、どもる子どもに、健康生成論が必要なのかというと、吃音は原因が分かっていないし、メカニズムすら分かっていません。そして、どもる状態は常に変動します。
僕たちの吃音親子サマーキャンプに長く参加していて、高校3年生のとき、ほとんどどもらなくなり、もう大丈夫と、サマーキャンプを卒業していった由貴さんが、大学2年生のときに、突然めちゃくちゃどもるようになりました。この変動性には僕もびっくりしました。お母さんもびっくりして、今からでもなんとか治さなければと焦ったくらいです。吃音親子サマーキャンプに小学4年生から高校3年生まで来ていて、僕たちの考え方はよく分かっているにも関わらず、お母さんは慌てふためいて、言語聴覚士のところへ行った方がいいのかと相談してきた。「何もしなくてもいい、その内に変わる」と言い続けました。だけど、子どもはえらいですね。キャンプの中で培った、どもることは決して劣った、悪いことではないとの価値観をしっかり持っていたので、カフェのアルバイトを辞めることもなく、薬学部の発表も休むことなく、どもりながらでも、それをやり遂げた。2年半くらい、すごくどもる状態が続いたけれど、元に近い状態に戻って、今、薬剤師として仕事もし、結婚をして幸せに生きています。
それがもし、「流暢性の形成が大事」だ、「治すことが大事、改善することが大事」だと考えていたら大変なことになったと思います。あまりどもらなくなて、よかったねと「流暢性」を評価して卒業していたら、大学2年生のとき、めちゃくちゃどもるようになったら、絶望的になってしまいます。だけど、吃音親子サマーキャンプの価値観をちゃんと受け止め、生きてきたことによって確立した、価値観、人生観はそんなに簡単には変わらないのです。
吃音はそれくらい変動性があるものだということはぜひ知っておいてもらいたい。成人になって社会人になっても、配置転換とか、転勤、転職など、いろんな変化が起こってきます。その変化のたびに、「吃音の流暢性」は変化していく可能性があります。だけど変化しないのは、困難に立ち向かう、ストレスに対処できる、対処能力です。それを養っておくことが大事だと思います。
アウシュビッツの強制収容所という、過酷な経験をしたにもかかわらず、健康に生きている人がいる。こんな言い方は僕がどもる人間だから許してもらいたいと思いますが、大勢の前でひどくどもったことと、アウシュビッツのあの過酷な経験と比べれば、ストレスは全然違います。あれだけの過酷なストレスの中でも生きているのに、どもる僕たちが多少からかわれたり笑われたりすることがあったとしても、生き抜けないはずがありません。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/8/18
公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会三重大会での吃音講習会の話の続きです。
今回の話の冒頭で、農林水産省の元事務次官に何が足りなかったのか、どんな力があれば、ひきこもり状態の息子を殺害しなくて済んだのか話し合ってもらい、何人かに報告してもらいました。先ほどお話した首尾一貫感覚で整理してみます。

把握可能感
ひきこもりとはどういう状態になることなのか、彼は把握していなかったのではないでしょうか。ひきこもりに関しては本もたくさん出ているし、いろんなところで講演会などもあります。現実の息子のことをしっかりと見ていなかったのではないか、将来、この子がどうなるかという予想もできなかったのではないか、ひきこもりを把握することが彼はできていなかったのだろうと思います。40歳になる我が息子との向き合い方が分からない。つまり、把握可能感がなかったのです。
処理可能感
次に、これから、息子とどう生きていくかという処理可能感がなかった。農林水産省の元事務次官ですから、官僚としていろんなサービスはあるだろうことは、知っていたはずです。ひきこもりに対してのサービスや支援のネットワーク、相談窓口もいっぱいあるにもかかわらず、それを使うことはなかった。これが、彼の大きな悲劇のもとになったんだろうと思います。あるいは、相談することにプライドが許さなかったのかもしれません。助けを求める力がなかったということでしょう。
この処理可能感を、僕がいいなあと思うのは、後で高めることができるところです。さきほど話したレジリエンスは、本来その人のもっている力です。しかし、アントノフスキーがいう首尾一貫感覚は、学童期、思春期に身につけられるもので、特に、処理可能感は、その人の力だけではなく、周りの力も利用しようというものです。これは、とても大きいことだと思います。自分には問題の処理を可能にするのに必要な資源があることを把握して、それを活用しようといいます。資源の中で、自分自身の資源とは、強い体力、病気に対する抵抗力、情報、知識、知性、哲学、柔軟性に考える力、などです。これから育てることができる自分自身の資源です。
セルフヘルプグループがとても大事にしていることばがあります。平安の祈りというもので、必ずミーティングで使うことばです。少し変えていますが、こういうことばです。
変えることができるのなら、変えていく勇気を持とう
変えることができないものは、それを受け入れる冷静さを持とう
そして、変えることができるかできないか、見分ける知恵を持とう
当事者にとって、とても大事なことばです。どうしてミーティングのときに言い続けるかというと、自分の力で変えることができると思って、一生懸命闘ってきた。アルコール依存や麻薬依存を自分でコントロールできると思っていたけれども、それはもう無理だと「無力宣言」をする。私はアルコールに対して無力である。アルコールに対しては、お手上げだ。つまり、適度にアルコールを楽しむ力がない。この、「適度に飲む」とは、アルコールを飲む量をコントロールすることで、その力がない。この点では無力だけれど、変えることができることに対しては変えていく努力をしよう。でも、何が変えることができるのか、何ができないのか、見分けがつかなかった。それをセルフヘルプグループの中で、自らが語り、人の語りを聞く中で、変えることができるものと、変えられないものの見極めがついた。これを「知恵」がついたという言い方をします。
僕たちも、吃音を治す努力をすれば治る。自分の力や、専門家に治療してもらえれば変えられると思って必死になってきました。そのことで、自分を、吃音を否定して辛くなっていました。しかし、努力しても吃音を治せないのだったら、認めるしかない。そう考えたとき、自分は本当は何をしたいのか、何をしなければならないのかに目が向き、自分が本来努力しなければいけないことをがんばろうという力が湧いてきました。変えることができるのは、「自分のしたい、しなければならないことをする努力」です。
子どもたちには何か困ったときに、君にはこれだけの力がある、また君自身には力がなかったとしても、君には、助けてくれたり、味方になってくれる人はいっぱいいる、こういう情報もあるということを教えたい。これが、処理可能に必要な資源になります。
大体、首尾一貫感覚は、分かっていただけたでしょうか。
なぜ、どもる子どもに、健康生成論が必要なのかというと、吃音は原因が分かっていないし、メカニズムすら分かっていません。そして、どもる状態は常に変動します。
僕たちの吃音親子サマーキャンプに長く参加していて、高校3年生のとき、ほとんどどもらなくなり、もう大丈夫と、サマーキャンプを卒業していった由貴さんが、大学2年生のときに、突然めちゃくちゃどもるようになりました。この変動性には僕もびっくりしました。お母さんもびっくりして、今からでもなんとか治さなければと焦ったくらいです。吃音親子サマーキャンプに小学4年生から高校3年生まで来ていて、僕たちの考え方はよく分かっているにも関わらず、お母さんは慌てふためいて、言語聴覚士のところへ行った方がいいのかと相談してきた。「何もしなくてもいい、その内に変わる」と言い続けました。だけど、子どもはえらいですね。キャンプの中で培った、どもることは決して劣った、悪いことではないとの価値観をしっかり持っていたので、カフェのアルバイトを辞めることもなく、薬学部の発表も休むことなく、どもりながらでも、それをやり遂げた。2年半くらい、すごくどもる状態が続いたけれど、元に近い状態に戻って、今、薬剤師として仕事もし、結婚をして幸せに生きています。
それがもし、「流暢性の形成が大事」だ、「治すことが大事、改善することが大事」だと考えていたら大変なことになったと思います。あまりどもらなくなて、よかったねと「流暢性」を評価して卒業していたら、大学2年生のとき、めちゃくちゃどもるようになったら、絶望的になってしまいます。だけど、吃音親子サマーキャンプの価値観をちゃんと受け止め、生きてきたことによって確立した、価値観、人生観はそんなに簡単には変わらないのです。
吃音はそれくらい変動性があるものだということはぜひ知っておいてもらいたい。成人になって社会人になっても、配置転換とか、転勤、転職など、いろんな変化が起こってきます。その変化のたびに、「吃音の流暢性」は変化していく可能性があります。だけど変化しないのは、困難に立ち向かう、ストレスに対処できる、対処能力です。それを養っておくことが大事だと思います。
アウシュビッツの強制収容所という、過酷な経験をしたにもかかわらず、健康に生きている人がいる。こんな言い方は僕がどもる人間だから許してもらいたいと思いますが、大勢の前でひどくどもったことと、アウシュビッツのあの過酷な経験と比べれば、ストレスは全然違います。あれだけの過酷なストレスの中でも生きているのに、どもる僕たちが多少からかわれたり笑われたりすることがあったとしても、生き抜けないはずがありません。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/8/18