<吃音親子サマーキャンプの場の力>と題する連載は、金子書房発行の『児童心理』2016年6・7・8・9月号に掲載されました。今回の紹介がその最後、4回目です。

吃音親子サマーキャンプの場の力 4
      レジリエンスが育つ
                   日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 アメリカ言語病理学の「吃音を治す、改善する」立場に立ち、少しでもどもる状態を軽減することが、ことばの教室の教師の役割だとする考え方は根強い。しかし、原因も解明されず治療法もない吃音は、吃音とのつきあい方を学ぶことが現実的だ。吃音のマイナスの影響を小さくし、将来の影響の予防には、精神医学、臨床心理学、社会心理学などさまざまな領域から学ぶことは多い。吃音に向き合い、苦手な演劇に挑戦し、表現力を養った子どもたちは、大人が考える以上に成長していく。
 「論理療法を学んだ。A:出来事があって、C:結果がある。でもAとCの間には、B:受け取り方がある。受け取り方で結果が変わるんじゃないかということだ。たとえば、人前でどもって笑われて落ち込んだときの受け取り方は、人前でどもることはいけないことだという考え方だ。でも、受け取り方が、人前でどもってもいいと変わると、落ち込みは小さくなるんじゃないか。僕はこれから吃音のことだけでなく、ピンチがチャンスに変わる考え方をしようと思う」(Fさん、小学6年時の作文)
 どもる苦労はどんな仕事に就いてもついてくるなら、自分が本当にしたい仕事に就きたいと、Fさんは消防士の道を選んだ。しかし、消防学校時代「そんなにどもっていて、市民の命が守れるのか。今のうちにどもりを治せ」と、どもることを厳しく叱責された。さまざまな困難から立ち直ることを学んできたFさんは、私たちの援助も受け、つらかった1年間の消防学校の生活を乗り切った。今は消防士として、どもりを認めながら元気に働いている。
 吃音親子サマーキャンプの参加資格は、高校生までだ。高校3年生を対象に、最終日、卒業式が行われる。ただし、3回以上キャンプに参加していることが条件になる。2005年10月16日放送のTBS「報道の魂」で、4人の高校生の号泣して語る姿が映し出された。涙の中に、悩みながらもここまできた喜びと、将来への希望があふれていた。
 「小学4年生から、高校3年まで、キャンプでいろんなことを語り、学び、友だちもできた。これから、どもりは私にとって大きなマイナスにはならないと思う」と、そのとき語ったYさんは、大学2年生のとき、自分も周りもびっくりするくらいどもるようになった。「吃音を治す、改善する」の立場に立ち、どもらないことに価値をおいていれば、絶望し、うろたえただろう。しかし、吃音を学んできたYさんは、この変化も一時的なものだと冷静に受け止めた。カフェのアルバイトも大学での発表も、ひどくどもりながらこなした。2年半ほどその状態は続いたが、やがて以前のどもり方に戻り、大学を卒業し、今は大きな病院で薬剤師として働き、今年結婚をした。
サマキャンの写真 ワークブック表紙 10%

 「あなたはあなたのままでいい、あなたはひとりではない、あなたには力がある」を受け取った子どもたちには、「回復力、しなやかに生きる力」などと説明されるレジリエンスが確実に育っていたのだ。メンターといえるどもる先輩の生きる姿が、将来への楽観的な展望になり、どもることを認めさえすれば、ほとんどの仕事に就けること、どもりを隠し、話すことから逃げないで生活することの意義を洞察し、吃音に左右されず、自分の人生を生きることを自分のものにしていく。ウォーリン(1)があげるレジリエンスの7つの構成要素の中の、洞察、関係性、イニシアティヴ、創造性などが、キャンプの活動などを通して育っていたといえるだろう。全員の許可をとって掲載した『吃音ワークブック』(2)の表紙には、大勢の子どもの笑顔があふれている。この表紙を見るだけで子どもたちは安心するそうだ。

参考文献
(1)スティーヴン・J・ウォーリン、シビル・ウォーリン(著)、奥野光・小森康永(訳)『サバイバーと心の回復力』金剛出版、2002
(2)伊藤伸二・吃音を生きる子どもに同行する教師の会『親、教師、言語聴覚士が使える、吃音ワークブック』解放出版社、2010

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/17