第8回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会のご案内
       どもる子どもとの対話〜子どものレジリエンスを育てる〜


 今年8月1・2日、僕の故郷、三重県津市で、全国難聴・言語障害教育研究協議会全国大会三重大会が開かれ、僕は、そこで、吃音分科会のコーディネーターと吃音の講習会の講師を担当します。その翌日から、第8回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会を開催します。
 僕は、高校まで津市で過ごしました。小学2年生の秋からは、何のいい思い出のない故郷です。どもっていても、とても元気だった僕は、小学校2年生の秋、学芸会の劇でせりふのある役を外されたことで、吃音に悩み始めます。どもりは悪いもの、劣ったものというマイナスの影響を受け、それから21歳まで、ずっと暗黒の世界でした。高校入学後、すぐに自己紹介が嫌さに大好きだった卓球部を辞め、逃げの生活が始まりました。音読の免除を願い出て、国語の教師から冷たい仕打ちを受けました。ほんとに何のいい思い出もありませんでした。しかし、丁寧に、丹念に、振り返っていくと、一緒に自転車でお伊勢さんまで行った友だちもいたし、怪我したとき鞄を持ってくれた友だちもいたようでした。吃音が大きく僕の心の中を占めていて、あったはずのよかったことを見えにくくしていたようでした。
 あの頃、ひとりでもいいから、「どもっていてもいいよ」「どもっていても大丈夫」と言ってくれる人がいたら、「何に困っているの?」と聞いてくれる人がいたら、僕の学童期・思春期は大きく違ったものになっていたのではないかと思います。
 どもることで困っているのはどもる子ども自身です。そして、困っていることを一番知っているのは、子ども本人です。その子どもとの対話の必要性について、今、こんなことを考えています。講習会の2日間、多くの方と出会い、語り合い、深めていくことができたらと願っています。ご参加、お待ちしています。

  
吃音を生き抜く子どもたちにとって、今なぜ対話が必要なのか
                      伊藤伸二・日本吃音臨床研究会

 「あなたはあなたのままでいい」「あなたはひとりではない」「あなたには力がある」
 私たちは、どもる子どもたちと、対話や日常生活の体験を通して、このメッセージを互いに確認し合ってきました。社会では、多様性が言われ、多様な働き方、生き方が肯定的に捉えられるようになりましたが、「私は私のままでいい」と思えない、自己肯定感の低い子どもや青年が少なくないのが、現実の社会です。
 一方で、トラウマになり得るような過酷な経験をしても、劣悪な環境に育っても、健康を保ち続ける人々が3割程度いることが、いくつかの調査研究から明らかになっています。病気や障害の原因を追及し、治療・改善して健康な生活を目指す「疾病生成論」に対して、この3割の人たちにどのような条件があったのかを追求する「健康生成論」や「レジリエンス」の考え方が生まれてきました。技法としては、当事者研究、ナラティヴ・アプローチ、オープンダイアローグ、ポジティブ心理学などが注目され、その実践が数多く紹介されるようになりました。
 これまで、アメリカ言語病理学をベースにした吃音の治療では、言語訓練を中心にした、「吃音を治す・改善する」ことに視点が置かれてきました。100年以上も続いた吃音研究・臨床の歴史をみても、「吃音を治す・改善する」は、一部の人には成果が見られたとしても、多くの人にとっては、成功していません。アメリカのスピーチセラピストの9割以上が、吃音の臨床に苦手意識をもつのはそのためです。そして、現実に多くの人の吃音は治っていません。
 社会でいかに多様性が言われ、自己肯定感を育てる、といわれても、吃音をネガティブなものと捉える限り、どもりながら豊かに生きることは難しいでしょう。吃音が未だに原因が解明できず、「ゆっくり、そっと、やわらかく」発音する流暢性形成技法しかもたない、これまでのアメリカ言語病理学をベースにした取り組みは限界に来ています。
 発達障害者支援法や、障害者差別解消法などがあっても、社会の意識はそう簡単に変わるものではありません。吃音に対する社会の理解も、「吃音と共に生きる」ことに必ずしも結びついていません。障害があるなしにかかわらず、誰にとっても現代は生きにくい社会といえるでしょう。吃音と共に生きることは簡単ではありません。安易に「どもってもいい」とは言えないでしょう。吃音治療の歴史と現実、どもる人たちが生きてきた人生を踏まえた上での「吃音を生き抜くための吃音哲学」が必要です。
41xDLTUJWlL._SX342_BO1,204,203,200_ 私たちは、どもる子どもとの対話を通して、吃音哲学を作り上げていこうとしています。その手がかりとして、昨年末に、『どもる子どもとの対話〜ナラティヴ・アプローチがひきだす物語る力』(金子書房)を出版しました。より具体的な学習場面、子どもとのやりとりや対話の場面を再現しました。また、吃音を生き抜く子どもたちにとって、対話がなぜ必要か。どのようなテーマで対話をするか。対話につながる素材は何か、ことばの教室の実践と共に提案しました。どもる子どもたちが、自分のことや自分の吃音のことを、自分のことばで語ることや対話することに、大切な意味があると考え、私たちの仲間はそのことに取り組んでいます。

吃音講習会の詳細は、下記のホームページでご覧下さい。

 吃音講習会のホームページ  アドレス:www.kituonkosyukai.com/

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/5/30