途中で、「フランケンシュタインの誘惑」の話が入って、中断していましたが、昨年の、島根県での吃音キャンプでの中学生からの質問に対する僕の答えを紹介します。
中学生男子 伊藤さんが、話すときのこつは何ですか、どんなことを心がけていますか?
伊藤 話すときのこつですか、いい質問をしてくれたね。どもりの治療法、訓練法は、日本やアメリカやヨーロッパなどで考えられてきたけれど、結局は、ゆっくり話すしかないんです。僕が東京正生学院で練習させられたのは、「わーたーしーのーなーまーえーはー…」と、どもらないで話すための「平均間隔平等法」と言われたもので、同じ間隔でゆっくり言う方法です。それを普段の生活でも使えと言うので、食堂でも「カーレーラーイースーをーくーだーさーいー」と言ってみました。どうです、君も、いっぺんやってみますか。相手がどんな反応をするか、おもしろいよ。
そんな話し方を、たくさんのところで試してみると、こんな反応がありました。
・ くすくすと笑った人
・ 何を言ってるんだと、怪訝そうな顔をした人
・ 馬鹿にしているのかと、実際に怒った人
そんな不自然な言い方より、今までのように「カカカカレーライスを、くくく下さい」の方がよっぽどいいと、みんな言っていたよ。どもった時よりも却って笑われるし、言っていて嫌になる。だから、「こんな話し方を身につければどもらない」と教えられても、ほとんどの人が実行できなかった。
僕の話し方がかなり変わったのは、大学の先生になってからだと思います。言友会というどもる人の会を作って、どもりながらどんどん積極的に話すようになって、それが結果として言語訓練になったのか、「あれ、前はもっとどもっていたのに、最近前よりはどもらなくなっているなあ」と気づいたのは、会を作って2年ほどしたときでした。
だけど、話し方を工夫したり、丁寧に話すようになったのは、大学の先生になってからでした。僕は、小学校、中学校、高校と、音読も発表もできなかったのに、大阪教育大学という教員養成大学の教員になったので、学生に講義をしなければならないし、講演もしなければならない。緊張しながら講義をし、大勢の人の前で講演しました。大学の教員時代に、全国吃音巡回相談会といって、全国を講演して回った時、この島根にも来ましたよ。もう45年も前になります。松江市の雑賀小学校のことばの教室に大石益男という先生がいて、僕の講演会の世話をしてくれました。後に、国立特殊教育総合研究所に移って、島根に戻って大学の先生になった人ですが。今年の8月には山形県のことばの教室の教員の研修大会で講演したけど、全国吃音巡回相談会のときに世話をしてくれた山形第一小学校のことばの教室の今田裕さんと久しぶりに会いました。だいぶ年齢がいっていたけどね。このようにして、僕は、人前でたくさん話す機会がありました。
講義をしたり、講演は、自分の話を聞いて欲しい、考えをちゃんと伝えたいと思って話します。普段しゃべっているようなスピードで話すと、相手には伝わらない。原稿を読むわけではないので、考えながら、考えながら、しゃべります。すると、一音一音丁寧に話すようになる。そうすると、「どもりを治すために、ゆっくり言え」と言われて練習していたときは、ゆっくりはしゃべれなかったけど、どもりたくないためにゆっくりではなくて、相手にちゃんとことばを伝えるために、僕の話を理解してもらうために、意識しながら丁寧にしゃべっていたら、結果としてゆっくりしゃべれるようになりました。
このゆっくりは、さきほどの「カーレーラーイースーをーくーだーさーいー」とは違う。この程度のゆっくりさなら、不自然ではない。僕は、自分なりの、ゆっくりとした、一音一音しっかりと話していく話し方を、人前で話す経験をたくさんすることで身につけたように思います。日本語は子音と母音を一緒に言うのが基本ですが、むしろ母音をしっかり言うようにしていきました。ちゃんと相手に理解してもらうためには、丁寧に一音一音、母音をしっかりつけて言うことが僕の話すこつです。
自分がどもるかどもらないかとは関係なしに、相手のことを大切にしながら、ちゃんと話していこうとしたら、ゆっくりとした話し方になると思います。
早口でしゃべるのは、政治家の国民をごまかすための話し方で、本当に自分のことを理解してもらおうと思ったら、丁寧に考えながらゆっくりと話すことが必要です。ぜひ、できるだけ、ゆっくりと丁寧に話して下さい。分かりましたか。
男子 はい。


日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/27