吃音と就労−就けない仕事はほとんどない
消防士として働く体験を聞いて、親も実感
さあ、親の学習会。今年は、特別ゲストを招いていました。僕がよく講演などで話す、消防士の兵頭雅貴君がやっととれた休みを利用して、サマーキャンプに参加してくれたのです。キャンプが始まる3日前に、父親である兵頭潔さんから、電話があり、雅貴君の参加を知りました。そのとき、それまでいろいろ考えていた親の学習会の内容をすべてやめて、雅貴君にスポットを当てようと決めました。保護者にとって有意義なだけでなく、僕にとっても、雅貴君にインタビューし、対話することは、今、とてもありがたいことだと思いました。わくわくしながら、この親の学習会を迎えました。
雅貴君へのインタビューの前に、NPO法人全国ことばを育てる会発行の両親指導の手引き書41『吃音と共に豊かに生きる』をテキストに使い、そこに書いてある、レジリエンスの7つの構成要素を説明しました。
さらに、そして、今、レジリエンスの関係で勉強している、ポジティブ心理学の、創設者であるマーティン・セリグマンの、「PERMA(パーマ)」〜幸せのための五つの条件〜についてもできるだけ詳しく説明しました。
・Positive Emotion (ポジティブ感情)
・Engagement (エンゲージメント)
・Relationships (関係性)
・Meaning (意味・意義)
・Achievement (達成)
このキーワードと、レジリエンスの7つの構成要素を頭に入れて、雅貴君のインタビューを聞き、後で、グループに分かれて彼の体験を整理して、模造紙に表現するという計画です。
雅貴君へのインタビューは、どこかで詳しくテープ起こしをして、紹介したいと考えています。
雅貴君は、小学校5年生のとき、僕たちどもる大人が参加する大阪吃音教室に初めて保護者と一緒に参加しました。そのことを日記に書いています。たとえば、小学校6年生のとき参加した、論理療法の講座の日記は、こうです。
そして、就職を考えるとき、彼は、憧れていた消防士を目指します。しかし、消防士は、一刻を争う緊急の事態への無線連絡などの対応の場面が容易に想像できます。どもっている自分が、消防士になれるだろうかと相談がありました。そのとき、僕は、「どんな仕事に就いても、どもる苦労はついてくる。それなら、自分が好きな、一番したいと思う仕事に就いて苦労すればいい。それなら、耐えることができるだろうから」と答えました。彼は、このことをよく覚えていてくれました。
消防学校に入学した彼に、想像以上の試練が待っていました。「そんなにどもっていて、地域住民の命が守れるのか。今のうちにどもりを治せ」と叱責されます。
この教官のことばは、彼のことを思って言ってくれていることは分かっていても、かなりの衝撃でした。そのとき、雅貴君は、また、僕にどうしたらいいか相談してくれたのです。
ちょうど、サマーキャンプの事前レッスンが近かったこともあり、そこに来るように連絡し、彼は素直に参加してくれました。電話で話して事足りる話ではないからです。また、からだとことばのレッスンを2日間経験してもらいたかったからです。もちろん、これで、どもらなくなることなんてあり得ません。でも、サマーキャンプの風を感じながら、スタッフとともに過ごした2日間は、彼にとっていい刺激となり、リフレッシュになったことでしょう。気を取り直し、消防学校での生活に戻っていきました。きっと大変な苦労があったと思いますが、彼は、それに耐えました。
どもることは変えられないが、それ以外のこと、たとえば、消防の服に着替える早さを競う大会では、彼は、努力し、いい成績をとったようです。
今、彼は、念願の消防士として、今、立派に働いています。
今の彼を作り上げたのは、どんな力があったからなのだろうか、どんな力が彼を支えたのだろうか、彼は、自分でどんな力をつけていったのだろうか、彼の話を聞きながら、印象に残ったことばをメモしていってもらいました。そして、事前に学んだキーワードをもとに、グループごとに模造紙に書いていったのです。



大きな木を真ん中に描いて、その根、幹、枝、葉にどんな力があったかを描いたグループがありました。はなびらにたとえたグループがありました。彼の得意なバスケットボールにたとえ、ドリブルからシュートする過程で表したグループもありました。ああでもない、こうでもない、それぞれが印象に残ったことばを出し合い、ときに笑い、ときに真剣に、模造紙に向かって描き込んでいきます。できあがった模造紙1枚1枚に、保護者が雅貴君に重ね合わせた我が子の姿が現れているようでした。
保護者が発表をしているころ、外がにぎやかになってきました。子どもたちが、荒神山から無事帰ってきたようです。どの子も満足そうです。体調を考慮して、これまで下山は車を利用していた男の子が、今年は上りも下りも自力でがんばったといううれしい知らせも受けました。子どもたちは、からだをつかい、保護者は頭をつかい、午後のプログラムが終わります。
そして、恒例の野外での夕食です。サマーキャンプ20周年のとき、食堂に無理を言って、特別にカツカレーを作っていただきました。それから、ずっと変わらぬメニューです。僕は、いつもこのカレーを食べているときの光景が好きです。吃音ファミリーということばがピッタリの光景です。TBSのニュースバード「報道の魂」でも、とてもすてきな映像として流れていました。
食べ終わった子どもたちは、小高い山の頂上からころころと滑って降りてきます。毎年、誰か、そんな遊びをしています。
今年初めて沖縄から参加した方が、「緑がきれいですね。山がこんなに近くにあるなんて。沖縄にはない風景です」と、とても感激していました。
夜、子どもたちは、お芝居の練習です。そろそろ配役を決めているようです。子どもたちからのアイデアも取り入れ、各グループ、熱が入ります。その間、保護者は、学習室に集まります。芝居の練習に、和室をとられてしまうからなのですが、保護者が一堂に集まり、フリートークの時間です。制約のない自由な時間、サマーキャンプの中で唯一のゆったりした時間かもしれません。
後は、昨日と同じように、スタッフ会議をします。2日目が終わりました。残るは、後1日です。
「2泊3日なんて短すぎる。1週間くらい続けてほしい」、以前、そう言っていた子がいます。その子は、今、スタッフとして、どんなに仕事が忙しくても、到着が深夜になっても、かけつけてくれています。今年も、結婚式をちょうど1週間前に挙げたばかりだというのに、深夜、荒神山自然の家に来てくれました。彼をここまで動かす力が、吃音親子サマーキャンプにはあるということなのでしょう。
参考文献
両親指導の手引き書41 『吃音とともに豊かに生きる』 1冊500円
全国ことばを育む会に注文できますが、日本吃音臨床研究会でも受け付けています。
日本吃音臨床研究会にご注文の場合には、切手での申し込みも受け付けています。
ご希望の方は、送料を加え、700円分の切手を同封してお申し込み下さい。
2017年4月、改定第2版となりました。
薄い冊子ですが、吃音に関する知識、子育てで大切なこと、通常の学級の担任に説明するときの 参考にしていただけることなど、詳しく丁寧に書かれています。
是非お読み下さい。
日本吃音臨床研究会 〒572-0850 寝屋川市打上高塚町1-2-1526
発行 NPO法人全国ことばを育む会
〒105-0012 東京都港区芝大門1-10-1 全国たばこビル6階
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/09/04
消防士として働く体験を聞いて、親も実感
さあ、親の学習会。今年は、特別ゲストを招いていました。僕がよく講演などで話す、消防士の兵頭雅貴君がやっととれた休みを利用して、サマーキャンプに参加してくれたのです。キャンプが始まる3日前に、父親である兵頭潔さんから、電話があり、雅貴君の参加を知りました。そのとき、それまでいろいろ考えていた親の学習会の内容をすべてやめて、雅貴君にスポットを当てようと決めました。保護者にとって有意義なだけでなく、僕にとっても、雅貴君にインタビューし、対話することは、今、とてもありがたいことだと思いました。わくわくしながら、この親の学習会を迎えました。
雅貴君へのインタビューの前に、NPO法人全国ことばを育てる会発行の両親指導の手引き書41『吃音と共に豊かに生きる』をテキストに使い、そこに書いてある、レジリエンスの7つの構成要素を説明しました。
さらに、そして、今、レジリエンスの関係で勉強している、ポジティブ心理学の、創設者であるマーティン・セリグマンの、「PERMA(パーマ)」〜幸せのための五つの条件〜についてもできるだけ詳しく説明しました。
・Positive Emotion (ポジティブ感情)
・Engagement (エンゲージメント)
・Relationships (関係性)
・Meaning (意味・意義)
・Achievement (達成)
このキーワードと、レジリエンスの7つの構成要素を頭に入れて、雅貴君のインタビューを聞き、後で、グループに分かれて彼の体験を整理して、模造紙に表現するという計画です。
雅貴君へのインタビューは、どこかで詳しくテープ起こしをして、紹介したいと考えています。
雅貴君は、小学校5年生のとき、僕たちどもる大人が参加する大阪吃音教室に初めて保護者と一緒に参加しました。そのことを日記に書いています。たとえば、小学校6年生のとき参加した、論理療法の講座の日記は、こうです。
論理療法 小学6年生 7月5日
今日、吃音教室に行った。今日は、論理療法というのをした。A(できごと)があって、C(結果)がある。でも、AとCの間には、B(受け取り方)がある。その受け取り方で結果が変わるんじゃないかということだ。
たとえば、人前でどもって(しゃべるときにつまって)笑われてしまった。そして、落ち込んだ。そのときの受け取り方は、人前でどもることはいけないことだ、という考えだ。でも、受け取り方が、人前でどもってもいいじゃないかに変わると、Cの落ち込みは小さくなるんじゃないか。
僕は、これから吃音のことだけでなく、ピンチがチャンスに変わる考え方をしようと思う。
そして、就職を考えるとき、彼は、憧れていた消防士を目指します。しかし、消防士は、一刻を争う緊急の事態への無線連絡などの対応の場面が容易に想像できます。どもっている自分が、消防士になれるだろうかと相談がありました。そのとき、僕は、「どんな仕事に就いても、どもる苦労はついてくる。それなら、自分が好きな、一番したいと思う仕事に就いて苦労すればいい。それなら、耐えることができるだろうから」と答えました。彼は、このことをよく覚えていてくれました。
消防学校に入学した彼に、想像以上の試練が待っていました。「そんなにどもっていて、地域住民の命が守れるのか。今のうちにどもりを治せ」と叱責されます。
この教官のことばは、彼のことを思って言ってくれていることは分かっていても、かなりの衝撃でした。そのとき、雅貴君は、また、僕にどうしたらいいか相談してくれたのです。
ちょうど、サマーキャンプの事前レッスンが近かったこともあり、そこに来るように連絡し、彼は素直に参加してくれました。電話で話して事足りる話ではないからです。また、からだとことばのレッスンを2日間経験してもらいたかったからです。もちろん、これで、どもらなくなることなんてあり得ません。でも、サマーキャンプの風を感じながら、スタッフとともに過ごした2日間は、彼にとっていい刺激となり、リフレッシュになったことでしょう。気を取り直し、消防学校での生活に戻っていきました。きっと大変な苦労があったと思いますが、彼は、それに耐えました。
どもることは変えられないが、それ以外のこと、たとえば、消防の服に着替える早さを競う大会では、彼は、努力し、いい成績をとったようです。
今、彼は、念願の消防士として、今、立派に働いています。
今の彼を作り上げたのは、どんな力があったからなのだろうか、どんな力が彼を支えたのだろうか、彼は、自分でどんな力をつけていったのだろうか、彼の話を聞きながら、印象に残ったことばをメモしていってもらいました。そして、事前に学んだキーワードをもとに、グループごとに模造紙に書いていったのです。



大きな木を真ん中に描いて、その根、幹、枝、葉にどんな力があったかを描いたグループがありました。はなびらにたとえたグループがありました。彼の得意なバスケットボールにたとえ、ドリブルからシュートする過程で表したグループもありました。ああでもない、こうでもない、それぞれが印象に残ったことばを出し合い、ときに笑い、ときに真剣に、模造紙に向かって描き込んでいきます。できあがった模造紙1枚1枚に、保護者が雅貴君に重ね合わせた我が子の姿が現れているようでした。
保護者が発表をしているころ、外がにぎやかになってきました。子どもたちが、荒神山から無事帰ってきたようです。どの子も満足そうです。体調を考慮して、これまで下山は車を利用していた男の子が、今年は上りも下りも自力でがんばったといううれしい知らせも受けました。子どもたちは、からだをつかい、保護者は頭をつかい、午後のプログラムが終わります。
そして、恒例の野外での夕食です。サマーキャンプ20周年のとき、食堂に無理を言って、特別にカツカレーを作っていただきました。それから、ずっと変わらぬメニューです。僕は、いつもこのカレーを食べているときの光景が好きです。吃音ファミリーということばがピッタリの光景です。TBSのニュースバード「報道の魂」でも、とてもすてきな映像として流れていました。
食べ終わった子どもたちは、小高い山の頂上からころころと滑って降りてきます。毎年、誰か、そんな遊びをしています。
今年初めて沖縄から参加した方が、「緑がきれいですね。山がこんなに近くにあるなんて。沖縄にはない風景です」と、とても感激していました。
夜、子どもたちは、お芝居の練習です。そろそろ配役を決めているようです。子どもたちからのアイデアも取り入れ、各グループ、熱が入ります。その間、保護者は、学習室に集まります。芝居の練習に、和室をとられてしまうからなのですが、保護者が一堂に集まり、フリートークの時間です。制約のない自由な時間、サマーキャンプの中で唯一のゆったりした時間かもしれません。
後は、昨日と同じように、スタッフ会議をします。2日目が終わりました。残るは、後1日です。
「2泊3日なんて短すぎる。1週間くらい続けてほしい」、以前、そう言っていた子がいます。その子は、今、スタッフとして、どんなに仕事が忙しくても、到着が深夜になっても、かけつけてくれています。今年も、結婚式をちょうど1週間前に挙げたばかりだというのに、深夜、荒神山自然の家に来てくれました。彼をここまで動かす力が、吃音親子サマーキャンプにはあるということなのでしょう。
参考文献
両親指導の手引き書41 『吃音とともに豊かに生きる』 1冊500円
全国ことばを育む会に注文できますが、日本吃音臨床研究会でも受け付けています。
日本吃音臨床研究会にご注文の場合には、切手での申し込みも受け付けています。
ご希望の方は、送料を加え、700円分の切手を同封してお申し込み下さい。
2017年4月、改定第2版となりました。
薄い冊子ですが、吃音に関する知識、子育てで大切なこと、通常の学級の担任に説明するときの 参考にしていただけることなど、詳しく丁寧に書かれています。
是非お読み下さい。
日本吃音臨床研究会 〒572-0850 寝屋川市打上高塚町1-2-1526
発行 NPO法人全国ことばを育む会
〒105-0012 東京都港区芝大門1-10-1 全国たばこビル6階
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/09/04