参加者一人ひとりが主役


 8月18日、当日の朝、あまりにも激しい雨音で目が覚めました。
 大阪スタタリングプロジェクトの東野晃之会長が、いつも迎えに来てくれます。僕も運転はできるのですが、ハンドルを握ると眠くなる体質で、キャンプのように睡眠時間が短くなるときは、特に危ないので、いつも一緒に行ってくれるのです。とてもありがたいことです。
 雨が降っていたので、荷物の詰め込みには少し苦労しましたが、車を走らせているうちに、だんだん空が明るくなっていきました。
 2日目に予定しているウォークラリー。これまで一度も天候のために予定を変更したことはありません。その前後に雨が降ったとしても、ウォークラリーに出発するときには止んでいます。今年も、大丈夫なようです。

 今年は、大阪近辺の若いスタッフが、電車を1本早め、会場の荒神山自然の家に早く来てくれました。
 参加者・スタッフに配布するしおり、スタッフ用の進行表、芝居の台本などの製本・ホッチキスどめをしてくれました。今まで、溝口さんがひとりでこつこつとしていたことをしてもらえた今年、準備が楽になりました。人数が多いと、あっという間にしおりも進行表も台本も仕上がりました。
 時計は12時30分。そろそろ、参加者が河瀬駅に集まり、バスに乗り込んで、自然の家に着く頃です。

 きれいな青空、蝉の声、荒神山の鮮やかな緑、今年も、変わらぬサマーキャンプの場が、全国からの参加者を温かく迎えてくれます。
 今年の参加者は、124名。近畿や東海だけでなく、遠く北は宮城県から、千葉県、東京都、神奈川県などの関東地方から、南は沖縄県、鹿児島県、大分県、福岡県などの九州地方まで、全国からの参加です。特に、沖縄県からは7名、三重県から12名もの方が参加して下さいました。
 三重県からの参加が多いのは、ことばの教室の教員が通ってきているどもる子どもや保護者にサマーキャンプの案内をコピーして渡し、誘って下さっているからだとお聞きしました。初めての参加が多かったのも、今年の特徴でした。

 スタッフの数が昨年に比べ、少し増え、48名でした。そのうち、サマーキャンプ卒業生が11名。子どもの時一緒に参加していた、卒業生の姉も、卒業生と一緒に参加してくれました。うれしいことです。サマーキャンプが大切にしていることも、プログラムや流れもよく知ってくれている卒業生の参加は、頼もしい限りです。また、ホームページや口コミで、ことばの教室の担当者や言語聴覚士の方の参加も少しずつ増えてきました。

 毎年、このようなキャンプが開催できるのは、スタッフが、その場その場で判断して、子どもや親のことを考えてキャンプに集中して下さるおかげだと思います。初めて出会うスタッフなのに、このチームワークのよさ。チーム・サマキャンは、いつも、僕の誇りです。

 サマーキャンプが始まってすぐに1時間ほどスタッフ会議をします。初めて顔を合わせるスタッフもいるので、まず自己紹介からです。学習室をぐるりと一回りするくらいの人数です。とりあえずのプログラムの流れを説明し、話し合いのグループに分かれ、話し合いのすすめかたについて打ち合わせをしました。これだけの打ち合わせで、124名が自然に動いていく、いつも不思議な思いがします。

 スタッフ会議をしている間、参加者は部屋に入り、荷物を片付け、自由時間です。子どもたちは、何度も来ている子が、初めて参加する子どもたちを誘って、早速遊んでいます。すぐに仲良くなっていました。保護者も部屋ごとに話をしています。なつかしい顔、初めての顔、そのすべてを包み込んでくれるサマーキャンプのはじまりです。

 スタッフの顔合わせも終わり、開会の集いが始まります。僕があいさつをします。
開会のつどい 伸二あいさつ開会のつどい 参加者

 このサマーキャンプを始めたきっかけ、目指しているもの、大切にしてほしいことを、参加者全員に語ることで、これからの3日間の基本となる軸を指し示したつもりです。自由に考え、活動してもらいますが、軸だけはぶれずにもっていてほしい、そんな願いを込めて、あいさつしました。必ず触れるのが「対等性」です。スタッフには大学や専門学校の教員、ことばの教室などの教員、言語聴覚士など、普段は「先生」と呼ばれている人たちがたくさんいますが、キャンプでは「先生」禁止です。一般参加者も、スタッフも、ひとりひとりが、ひとりの参加者です。世話をする、ボランティアという考え方は、僕たちにはないのです。
 「一人ひとりが主役」。僕たちがとても大切にしてきた精神です。

 僕のあいさつのあと、参加者の紹介をします。家族ごとに名前を呼びますが、初めての参加なのに、すでに、親子が離れて座っていることも少なくありません。大きな家族キャンプの始まりを予感させてくれます。生活と演劇をともにするグループに分かれます。4つのグループです。色分けされたグループごとに3日間、過ごします。

 その後、場所を変えて、出会いの広場です。最近ずっと千葉市のことばの教室の渡邊美穂さんが担当してくれています。
 初参加の子どもや保護者のことを考え、抵抗の少ないであろうことから始めます。今年は、声を出すこと、歌を歌うことを取り入れたいという渡邊さんの思い入れがあり、それに沿った流れ、組み立てになっていました。事前レッスンのときに、渡辺貴裕さんから教えてもらったハンドパワーのエクササイズも早速取り入れていました。時間の経過につれて、初参加の緊張した、こわばった顔の表情がだんだんゆるやかなものに変わっていきます。そして最後に、グループに分かれてのパフォーマンスです。お題が、旅行、遊園地、宇宙旅行などでした。多いグループでは、30人くらいいたでしょうか。短時間の練習の後、発表です。見事なパフォーマンスです。

出会いの広場 ハンドパワー

 夕食の後は、第1回目の話し合いです。子どもは、年代ごとに、保護者は5グループに分かれて、話し合いが始まりました。
 僕は、今年は、小学4年生のグループを担当しました。4年生は、今年は初参加の4人を含めて7人の参加です。話し合いは、翌日もあります。丁寧なスタートをと思い、ゆっくりとしたペースで始めました。最初に自己紹介。名前とどこから来たのか、そして、このサマーキャンプに来たきっかけ、何を求めてきたのかを話してもらいました。「さあ、誰から?」と言うとすぐに手が挙がります。
 「全国からどもる子どもが参加するから、会ってみたかったから」
 「自分のどもりのことを研究しているから、みんながどんなことを考えているか知りたかったから」
 「去年、来ておもしろかったら、今年も絶対行くと決めていたから」
など、それぞれにちゃんとした参加動機を語ります。話し合いについてはまた報告します。

 話し合いの後は、全員が学習室に集合し、スタッフによる芝居の上演です。せりふを覚えてくるようにと言っておいたのですが、かなりの人が守ってくれて、台本を見ないで、演じています。このときの観客の、見る態度・姿勢のいいこと。温かく、真剣に見てくれます。どもる成人にとって、食い入るようにみつめられる中で、これまで苦手だった芝居を演じます。終わった後、大きな拍手を受け、満足感がいっぱいです。事前レッスンから参加してサマーキャンプだと言い切るスタッフが多いのは、この快感が忘れられないのでしょう。
 僕も、急遽、酔っ払いの役で出演しました。普段、お酒は全く飲めないのですが、酔っ払いの役は得意です。
見本の劇 観客見本の劇 酔っ払い

 夜は、スタッフ会議をします。
スタッフ会議2
 スタッフ会議のとき、気になる子どもの話が出ると、次々に手が挙がり、その子の話し合いでの様子や劇の練習での様子、親のこと、きょうだいのことなど、途切れることなく、その子の物語が語られました。ともすれば、課題があると親が心配して参加している場合も、その子どもたちに対する見方がなんとも言えず温かいのです。その子とのやりとりを再現してくれるスタッフの話に、共感をもって聞くことができます。48人のスタッフたちの、見事な時間・空間でした。人間関係の希薄な、このぎすぎすした時代に、お互いを思いやる、このような空間があることは奇跡だと僕は思います。

 こうして、サマーキャンプ1日目が終わります。
 
 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/08/30