滋賀県東近江市での打ち合わせ

 今夏、大阪で開かれる全難言大会(全国難聴・言語障害教育研究協議会全国大会)の吃音分科会で、コーディネーターをすることになりました。滋賀県東近江市のことばの教室担当者が、手を挙げて、これまでのグループ指導について発表したい、伊藤伸二をコーディネーターに、という希望を出してくれてこの企画が通ったのだと聞きました。東近江市では、4つの小学校の担当者が月に一度集まり、どもる子どもたちのグループ指導をしているのです。

 その東近江市には、昨年秋、どもる子どもたちとの授業に招かれて、参加しました。事前に用意してくれた質問を、子どもたちから直接受け、それに僕が答えると言う形でした。単に答えを話すのではなく、そこで、僕と子どもひとりひとりと対話をしました。担当者は、子どもたちが、しっかりと受け答えをしているのを見て、みんな驚いたようです。どもる先輩に会おうという企画のひとつでした。

 新年度に入り、夏の大会に向けて、準備も進んでいるようでした。
 全難言大会では、午前中に講習会、午後に分科会があるのですが、その打ち合わせをしたいと連絡が入り、それならば、僕の方から出かけていくので、担当の先生だけでなく、できたら近くの先生方にも連絡をして、小さな学習会ができないだろうかと提案し、4月20日の午後からの研修会が実現しました。
 会場の八日市南小学校に着き、板張りの広いろうかを通って、会議室に入りました。会議室にはすでに30人弱の先生たちが集まっておられました。
 お話する時間は、90分。今、お伝えしたい大切なことをたった90分でお話できるとは到底思えません。いくつか資料を配付し、話し足りない部分を少しでも補っていただこうと思いました。

 
話した内容の抜粋を紹介します。

 精神医療、福祉の世界は、どんどん変わってきている。それに比べ、吃音、言語障害の世界は依然として変わっていない。それがとても不思議で、残念に思う。
 オープンダイアローグ、ナラティヴ・アプローチ、当事者研究、レジリエンスなどのことばを聞いたことがある人は、ほとんどいない現状を知り、今後、勉強してほしいなと思った。吃音は、今までどおり、音読の練習などをして指導の時間を過ごしていても大きなマイナスは起こらない。どんな指導でも、吃音は命を落とすことはないからだ。ただ、吃音を肯定して生きる覚悟ができるまで、少し時間がかかる。

 将来を見据えて、どもる子どもの本当の生きる力を育んでいこうと思ったら、まず担当者が広い視野を持ち、勉強しなければならないことはたくさんある。せっかく、夏の全難言大会で、滋賀県が吃音の発表をすることになったのだから、これをいい機会にして、どもる子どもへの新しいアプローチのあり方を、ここ滋賀県を発信元にして、全国に発信していければいいなと考えている。目新しいことではなく、今までしてきたことと大きな違いはないのだが、視点が大きく違う。新しい視点のでの取り組みには、新しいことば、新しいキーワードが出てくるので、それに基づき、整理していこう。今までしてきたことの意味づけをきちんとしていこう。今後、いろいろな分野に対するアンテナをはるきっかけにしてもらえれば、とてもうれしい。

 これまでのアメリカ言語病理学や日本における伝統的な治療法は、すでに破綻していて役に立たない。アメリカ言語病理学から学ぼうとしている日本の吃音研究者、臨床家は、その延長上にいる。その人たちの前提は、「吃音は症状の問題である」ということだ。子どもに困ったことが起こると、それはどもるという症状が問題なのだから、その症状にアプローチしていくことになる。しかし、成果はあがっていない。これは、臨床家たちの責任というより、吃音の本質だといえる。

 僕は、43歳のとき、世界で初めて、どもる人の世界大会を京都で開いた。そのとき、僕は、あいさつや基調講演などをした。同時通訳者が驚くくらい、僕はどもっていなかった。子どもの頃、かなりどもっていた僕が、そのころはあまりどもらずにしゃべれるようになっていた。「伊藤さんは、どもりは治らないと言っているけれど、伊藤さん自身、あまりどもっていないじゃないですか」とよく言われた。それから、15年くらいして、また人前で話す時にも、どもるようになった。僕のからだを実験台として言えるのは、どもりは治らないということだ。あまりどもらなかったときでも、特定の音は言いにくかった。固有名詞、数字の「7」などだ。アルバータ大学の最新の治療法でも100%再発する。アメリカのどもる青年が監督をして制作した「The Way We Talk」でも、何度も吃音治療をうけながら、治っていない体験が多く紹介されていた。治っていないことは事実だ。なのに、どもる人は、どもりが治ることあきらめきれないでいる。それは、どもりには、波があり、治ったかのように思える時期があるからだ。人や場面によっても違う。これが、吃音が、ほかの障害と大きく違う点だ。言語障害のひとつとして入ったことで、研究がなされ、いろいろなことが分かったことはよかったが、もうそろそろ吃音を言語障害と見るのではなく、話すことばに特徴がある人という捉え方をしていきたい。

 昨日(2017.4.19)の朝日新聞に「見た目問題」という記事があった。病気や障害で、顔がいわゆる普通とは大きくかけ離れている。子どものころから、周りから好奇な目で見られてきた。そのために社会に出るのが怖くなる。消極的になっていく。これをどう認め、どう受け入れていくか、このことは、吃音にもあてはまると思った。「見た目問題」の見た目は治ることはないが、どもりは治るかもしれないと思ってしまう。現実に治ったという人もいる。すると、本人は治したいと思うし、周りの人は治してあげたいと思ってしまう。
 大人の僕たちが、どもる状態は、何も言語訓練をしなくても、日常生活で話していくうちに、変わっていったように、吃音親子サマーキャンプに参加している子どもたちも、何もしなくても変わっていっている。なんとかしてあげようと思う必要はない。安心して、吃音は治せないものとして考えて、人間として大切なことに取り組んでほしい。

 オープンダイアローグは、フィンランドで、統合失調症の人を対象に、投薬も入院もしないで回復していく画期的なアプローチだ。連絡があったら、24時間以内に、その人の家を、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどの専門家がチームを組んで訪問する。そして、本人、家族を含めた人たちで、対話を続ける。すると、その問題が回復していく。従来の治療法に凝り固まっていたら、この対話だけでの成果は信じられない。でも、僕は、すぐに確信に近いものを感じた。50年前、僕は、どもりが治らなければ僕の人生はないと思いつめていた。東京正生学院という民間の吃音矯正所で1ヶ月治療に励んだ。しかし、治らなかった。ならば、どもりながら生きるしかないと思い、セルヘルプグループを作った。そこで何をしたか。対話だ。吃音の問題とは何か、人の目が気になるのはなぜか、恥ずかしいのはなぜか、そのようなことを対話していくうちに、全て自分の思い込みではないかと気づいた。どもっていたら人は話を聞いてくれないと思い込んでいたが、実際にどもりながら話してみると、人は聞いてくれる。治すのではなく、生きることだと気づいていった。「見た目問題」の人たちが、顔を恨んで閉じこもって生きるか、顔をさらしていろいろな視線がある中で生きていくのか、の選択を迫られているのと、同じようなことだろうと思う。

 吃音に関しては、ずいぶん前から、このことは、考えられ、提案されていた。1950年、ウェンデル・ジョンソンは、言語関係図を出し、X軸だけでなく、Y軸、つまりクラスの雰囲気がよければどもる子どもにとって大きな問題とはならない。また、Z軸である自分の受け止め方を考えていけば、大きな問題にはならない。しかし、アメリカは、X軸しか求めようとはしなかった。
 1970年には、ジョゼフ・シーアンが、氷山説を出し、水面下へのアプローチが大切だとした。水面下の問題とは、吃音から受ける影響、吃音をマイナスのものと考えることによって受ける影響のことをいう。つまり、物語、ネガティヴな物語を語ることによって、問題が起こり、大きくなる。吃音を隠し、話すことから逃げて、どんどん消極的になっていく行動や、話すことへの不安や恐怖、どもったあとの惨めな思い。そして、どもりは劣ったものだとする考え方だ。「見た目問題」の人たちと同じ構造だ。
 僕は、小学2年の秋、教師から、せりふのある役を外された。そこから、僕は悩み始めた。僕は、どもりで苦しんだのではなく、「どもりは悪いものだ、劣ったものだ」という物語(ナラティヴ)に苦しんだ。水面下へのアプローチは、水面の上の症状にも変化をもたらす。

 水面下へのアプローチが対話、子どもとの哲学的対話であり、それこそが吃音の臨床だ。6年ほど前に、ナラティヴ・アプローチと出会った。ナラティヴアプローチは、人は自分が作ったストーリーに沿って生きていくという。そのストーリーを変える必要がある。自分が作ったストーリーといったが、それは、社会や他人から受け取ったストーリーだ。どもりのままでは楽しい人生は送れないというストーリーに沿って生きた僕は、小学2年生から21歳まで悩んだ。21歳で、どもりながら生きていこうと物語を変えた。僕の吃音症状は何ら変わっていない。変わっていないのに、とても楽に生きることができるようになった。社会はそんなに悪くない。からかったり笑ったりする人もいるけれど、大多数はいい人たちだ。どもりながらできたという経験を積んでいく。そんな材料をたくさん集めて、新しい物語を作っていった。

 こんな内容のことを一気に話した後、事前に知らせていただいた質問に答える形で、話を進めました。
 その中のひとつのエピソードを紹介します。
 どもる子どもの問題
 卒業式で呼びかけがあるが、練習でどもってしまい、落ち込み、もう卒業式に出たくないという子どもがいた。ことばの教室の担当者として、どんな対話ができるか、参加者の皆さんで選択肢を考えてもらいました。

 どもる大人の問題
 どもる教師は、卒業式で子どもの名前を言わなければいけない。普段の授業ではなんともないが、厳粛な雰囲気の卒業式ではどうしても特定の音が言えそうにない。さて、どうするか。これについても、どんな選択肢があるか、考えてもらいました。

 ことばの教室の修了、ゴールについても質問もありました。木の実ナナや英国王の例を出し、大切なのは、「どもる覚悟」がもてるかどうかだと伝えました。「どもっても、まあ、しゃあないか」と、今、そして今後も思えること、これがゴールでしょう。どもりから受けるマイナスの影響を小さくすること、今後、いろいろなことがあるだろうけれど、なんとかやっていけるという決意表明、ほかのどもる子どもへの先輩としてのメッセージの中に、どもりながら生きていく覚悟があれば、それが修了、ゴールだと考えます。
 子どもの本来もつレジリエンスを発見して、それを育てる。それがことばの教室の担当者の仕事です。子どもがこれから生きていく上で大切なレジリエンスをみつけ、育てていくのは、本当に素敵な仕事です。どもりながらどう生きるか、そのお手伝いができれば、うれしいことではないでしょうか。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/5/2