2014年ごろだったか、大阪府立大学の松田博幸さんから教えられて観た、ドキュメンタリー映画「開かれた対話」のオープンダイアローグが、日本家族療法学会などでも、話題となり、昨年5月には日本で初めて、開発者の専門家をフィンランドから招いてワークショップが開かれました。日本では、精神医療を刷新するとまでの期待と関心が急速に広がっています。今、ブログで紹介している駒澤大学で開かれた、ナラティヴ・コロキウムでも、その話題が中心でした。You Tubeでも映画が見られます。
精力的に日本にオープンダイアローグを紹介しいる精神科医の斉藤環・筑波大学教授は、医学書院のホームページで、こう紹介しています。
薬物治療を行わなくても,めざましい成果が
オープンダイアローグ(開かれた対話)とは,統合失調症患者への治療的介入の一手法である。北極圏に程近い,フィンランド・西ラップランド地方にあるケロプダス病院のスタッフたちを中心に,1980年代から開発と実践が続けられてきた。現在,この手法が国際的な注目を集めている。その主たる理由は,薬物治療を行わずに,極めて良好な治療成績を上げてきた実績があるからだ。
どれほど手の込んだ治療法かと身構えたくなるが,その手法は拍子抜けするほどシンプルである。発症直後の急性期,依頼があってから24時間以内に「専門家チーム」が結成され,クライアントの自宅に出向く。本人や家族,その他関係者が車座になって「開かれた対話」を行う。この対話は,クライアントの状態が改善するまで,ほぼ毎日のように続けられる。
オープンダイアローグの成果は、どもる人のセルフヘルプグループやアルコール依存症のAAなどのミーティング、北海道浦河のべてるの家の統合失調症の人たちのミーティングや当事者研究に直接参加している僕には、とてもなじみがあり、納得できることでした。 これとほとんど同じことをしてきた、べてる家の向谷地生良さんが、オープンダイアローグをどう見ているのか興味がありました。3月18日、第4回関西当事者研究臨床研究会で、そのことについて向谷地さんから聞くことができました。フィンランドに行って、スタッフと交流してきた話をして下さいました。
「オープンダイアローグは、30年前の1978年ころ、私たちがべてるの家を立ち上げたときとほぼ同じころに始まった」と話して下さいましたが、おもしろかったのは、「開かれた対話」について向谷地さんが話された「開かれた」の意味です。
「対話がどう開かれたかというと、地域に開かれている。スタッフが訪問することで、家族の中で、また地域の中で、孤立して精神的にしんどい人が、地域のいろんなサービスにつながったり、地域のいろんな就労につながったりする。そういうふうに地域に開かれ、地域につながっていく。だから、対話を徹底してする」
向谷地さんならではの説明でした。
そして、こう説明します。
「日本では、統合失調症、うつ病などの調子が悪いと、病院に行こうとしますし、常に医療に丸投げ状態をしてきました。そうではなくて、対話をするんです。驚くのは、医者が、診断しないことです。日本ならまず診断をして、それに合う投薬をして、それをもとに治療します。オープンダイアローグでは、診断は重視しない。患者は、病名を知らない。症状や病気をみるのでなくて、この人は何で困っているか、何に苦労しているかを見る。だから徹底して対話をする」
これは、まさにべてるの家の当事者研究です。また、僕たちが45年前に、吃音の検査法を批判し、治すための訓練を否定し、吃音のマイナスの影響に注目したアプローチとほとんど同じです。オープンダイアローグよりも早い時期の、1970年に、アメリカの言語病理学者のジョゼフ・G・シーアンは、吃音氷山説で、どもる状態よりも、吃音に影響されたマイナスの行動や感情、思考にこそアプローチしなければならないと言っているのです。
吃音の世界の方が、オープンダイアローグの思想・哲学を先に提案していたことになります。しかし、残念ながら、アメリカ言語病理学は、このシーアンの革新的な提案を無視、軽視し、「吃音の症状を治す・改善する」にとどまり続けています。
大阪と神戸のどもる人のセルフヘルプグループだけが、1968年ごろからずっと、オープンダイアローグ的な取り組みを続けてきたことになるのです。
向谷地さんは、イギリスのマンチェスター大学でも交流してきた話をして下さいました。
マンチェスター大学は、統合失調症の治療に認知行動療法を活用していて成果をあげているからです。マンチェスターでは、診察して、患者さんに、「お薬を選びますか。それとも、お薬以外のものを選びますか」と聞いて、薬以外を選択した人には、認知行動療法を使うのだそうです。しかし、療法というより、スタッフと患者さんが、和やかに談笑し、わいわいとした雰囲気の中でプログラムが始まり、ほとんど当事者研究と同じだと、認知行動療法プログラムを見学した人が言っていたそうです。
重篤な精神疾患である、統合失調症であっても「薬より対話」重視が注目されています。
吃音で言えば「言語訓練より対話」ということになります。吃音は1968年ごろから、オープンダイアローグ的なことを実践し、大きな成果を上げています。そろそろ、吃音の臨床家は、吃音検査をして少しでも吃音症状を改善するための言語訓練の取り組みから、脱却してもいいものだと、僕は思うのですがねえ。
日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/20