引きこもりからの脱出

 毎年1月に開くことになった、吃音東京ワークシヨップ。1日のワークショップですが、参加者の真剣に吃音を、人生を考え、みんなでつくりあげて行こうとするものなので、濃厚な時間になります。内容を紹介しようと思いながら、出来ずにいました。ニュースレター「スタタリング・ナウ」でくわしく紹介しよう考えていたら、参加者のひとりから、うれしいメールが届きました。



 1月の東京でのワークショップに参加させていただきました〇〇〇と申します。
 改めまして、ワークショップに参加させていただき誠にありがとうございました。ワークショップ参加後に職業訓練を修了し、アルバイトの面接を受けてなんとか採用していただけました。現在、食品販売で接客をしています。
私がもっとも遠ざけていた接客業で働いて1ヶ月が経ちます。まだ1ヶ月ですが、毎日大変です。今まで引きこもり状態だった僕はどもりながら生きていくことの大変さをようやく実感しています。

 どもることでの相手の反応が気になり辛くなったり、逆に、吃音を隠そうとして、きっとばれているのに見栄を張って辛くなったり。仕事をするうえで、支障があったりして辛くなったり。

 小学生時代に悩みきったはずのことなのに、今になって悩んでいます。でも、不思議と毎日が充実している気がします。辛い毎日ですが、未来の自分に期待している自分がいます。

 今後、どうなるかは分からないですが、自分の生きていく道を試行錯誤しながら見つけていきたいと思っています。そして、辛くなったら、ワークショップに参加したことを思い出したりそのときのメモを見返したり、伊藤さんのブログをみて頑張っていきます。

長々と失礼いたしました。季節の変わり目で気温の変化が激しい日々が続きますが、どうぞお身体ご自愛ください。失礼いたします。


 うれしいメールでした。ひきこもり状態から、もっともハードルの高いと自分で思ってた「接客業」に入り、つらい毎日を送っているとのメールですが、「不思議と毎日が充実している」とあります。21歳の夏まで、どもりを隠し、話すこと、人と関わることから逃げ回っていた僕が、1か月の東京正生学院の徹底した訓練のあと、治らないとあきらめて、「新聞配達」しかできなかったアルバイトを接客業などに切り替えた、本当につらい日々だった時のことを思い出しました。

 特に、東京神田駅のガード下にあった、大きなキャバレー「美人座」のアルバイトは未だに強い記憶として残っています。注文を調理場に通す、「ととととととりのかかからあげごごごごこここここ人前、・・・・・・ビビビビールさささんぼん」。「忙しいのに、ぐすくずするな」よく怒鳴られ、叱られました。一日でやめたくなりました。でも、ここでやめたら、また逃げてばかりの人生に逆戻りしてしまう。1か月はがんばろうと決めました。

 1か月でやめたとき、経験はないのですが、刑務所を出所するような気持ちになりました。1か月耐えられたのは、理解ある支配人と、優しい年輩のホステスさんのおかげです。これが僕にとって大きな実績となり、もうどんな所でも耐えられると思いました。その後僕は、ありとあらゆるアルバイトをしました。家がとても貧しくて、東京での大学生活の、学費から住居、食事まですべて自分で稼がなくてはならなかったからです。

 どもりながら、どんどん社会にでていくと、これまで自分が考えていた、「社会は、どもりを理解してくれない」「どもっていたら仕事はできない」などは、みんな、経験しなかったが故の思い込みだと知りました。たしかに、中には、どもる僕をわらったり、指摘する人はいましたが、多くの人は親切でした。わらったり、さげすむ人間とつきあわなくても、いい、つきあえる人はたくさんいることを知りました。いつか、どもることが平気になっていました。


 〇〇さんも、今が我慢のしどころです。理解しない社会ではなく、社会は敵ではなく味方だ考えて、突き進んで下さることを願うばかりです。つらいとき、いつでも、メールや、電話ができる。そんな人間が一人でもいれば、人は、つらさを耐えられます。それを受け止める仲間でありたいと思います。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/05/03