電話の仕事で、「ありがとうございます」が言えない

 僕が開設している、吃音の電話相談、吃音ホットラインには、毎日3件は電話相談があります。これから、その中から印象にのこった相談を、相手が特定できないよう配慮しながら、紹介していこうと思います。

 先日の相談の女性は、小学生の時、どもっているとの自覚はあったものの、悩むことも困ることもなく過ごしてきました。現在50歳で、事務や営業の仕事をしていたのが、6年前からコールセンターで仕事をしています。どもってはいたものの、これまでは不安もなく、十分に仕事ができていたのが、1か月ほど前から、急に「お電話ありがとうございます」の「ありがとうございます」がどもって言えなくなりました。
 不安がつよくなったので心療内科に行くと、精神安定剤を処方されました。それを飲むと頭がぼおっとする副作用があり、効果もありません。そこで、インターネットをみて電話をくださいました。

 1か月前に何があったのかと尋ねると、電話応対がよくて表彰され、それから、さらに良い応対をしなければとの気負いや、プレッシャーが原因ではないかと言うのです。最近はどもってうまく言えないので、上司からも注意をされます。品質向上のために、電話はすべて録音されており、それを聞き直してチェックがなされるのです。

 録音されているのはプレッシャーですね。いろいろと話しながらの僕からの提案はこうです。

 家でいくら「ありがとうございます」を練習しても役にはたちません。ネットでは「改善法」なるものが、たくさん宣伝していますが、まったく役に立たないことを、100年の吃音治療の歴史を説明してわかってもらいました。「治らない、治せない」「少しでも改善しよう」との努力も無駄だと話しました。50歳まで、ほどんど問題なく仕事ができていたのです。吃音はこのようになんらかのきっかけで変化していくものだとも話しました。

 吃音を治す、軽減ではなく、サバイバルを考えようと話しました。
 どもる僕たちは「ありがとうございました」と一音一音ちゃんと言わなければならないと思い込みすぎです。お電話までは出るので、次の「ありがとうございました」が多少流暢、明確でなくても、そんなたいしたことはないと考える必要があります。そこで、僕はいろんな言い方をしてみました。「お電話」をさっと言って「りがとうございました」と、「あ」を飛ばしました。すると滑舌が悪いと言われました。何度も、いろいろと言ってみて、結局「お電話」を明瞭に言って「りがとうございました」と「り」や「が」を大きく、強くいうなのでしてみました。

 「ありがとうございます」と一音一音明瞭でなくても、相手には十分「ありがとうございます」が伝わることを理解して下さいました。人はこれを「ごまかし」というかもしれません。僕たちは「サバイバル」と言います。「治らない、治せない」のだから、どんな手を使っても生き延びたいのです。仕事を辞めずに、あの手、この手で工夫するのです。そうしている内に、1か月前には、表彰されるくらいだったのですから、変わっていくと僕は思います。

 日本のトップと言われる首相の滑舌の悪さは有名です。「日本に元気をトリモロス」でも十分通用するのです。僕たちどもる人間はもつと自分の発音に寛容になつた方がいいと思います。彼女は、「お電話ありがとうございます」さえ、クリアーできれば、後の3分ほどの電話対応には自信があるのですから。

 最後に、これまで吃音に向き合ってこなかったから、心療内科に行くまで、仕事を変えるとかんがえるまでなんだのですから、つぎの2冊の本は是非読んでほしいとお願いしました。

 自分を助けるためには、
 「吃音の当事者研究−どもる人たちがべてるの家と出会った」(金子書房)

 ことばのサバイバル、言語訓練について詳しく書いた
 「親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック」(解放出版社)
 
 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/03/23