たくさん出された質問

 2月2日、北九州市小倉の北九州市立障害福祉センターで、相談・講演会がありました。
 もう20年ほどこの会場での相談・講演会が続いているのですが、毎年、参加者の多いのには驚かされます。今年も昨年同様の人数だと聞いていたのですが、当日参加もあり、午後の子どもの部には、60人ほどが参加して下さいました。吃音の人が増えているのか、宣伝が行き届いているのか分かりませんが、うれしいことです。

 これまではまとまった話をしていたのですが、最近は質問に答える形が多くなりました。受付の時、質問があればと書いてあるのですが、少ししか書いてありません。話す僕がどのような人間なのか分からないままに、質問するというのはしづらいのでしょう。そこで、自己紹介をしながら、吃音のこれまでの歴史を話し、1903年からの吃音の治療の歴史を話しました。いつも歴史を話していて思うのですが、1950年にウェンデル・ジョンソンが提案した言語関係図、1970年に、ジョゼフ・G・シーアンが出した吃音氷山説を、アメリカ言語病理学は、なぜ大切に育ててこなかったのかということです。吃音は症状の問題ではないということをきちんと受け止めていれば、今のような「吃音を治す・改善する」の流れはストップしていただろうにと残念です。

 45分ほど吃音治療の現状を話して、「吃音と共に豊かに生きる」道を僕たちは探っていると話した後、質問を書いてもらうことにしました。質問を書いてもらう10分ほどの間には、送っておいてあった書籍もたくさん売れました。いつものようにサインをしました。質問は40枚も出されました。それに全て答えようとするのですから大変です。一枚一枚読み上げて答えていきました。この緊張感ある時間が僕はとても好きです。

 ・吃音があっても大丈夫と心から思えるきっかけは、自分の経験によると思うが、子どもがそれを確信するのに、家族として日頃から心がけることをアドバイスして欲しい。
 ・5年生の子に、「不便があっても、不幸ではないという考えをもってもらうようになる、アプローチのポイントは?
 ・吃音を克服した、秋野暢子さんやタイガーウッズさんは吃音を受け入れることで克服したのでしょうか。
 ・本人は気にしていないようだが、「治らない」ことをどのように話せばよいか。

 このように私の話を聞き、受け止めた上での質問や、親として、ことばの教室の教師として、幼稚園などの施設の職員として、言語聴覚士として、何ができるかの質問には、しっかりと答えました。
 周りへの理解の求め方、子どもにどう話し合えばいいかなどの他に、家でできる言語訓練についてなど、質問は多岐にわたりました。結局2時間以上質問に答える形になりました。いつか、このような質問にどう答えていたのか、まとめておきたいという気持ちになりました。こうして、第吃瑤了劼匹發良瑤終わり、午後6時から始まる成人の部まで、センターの言語聴覚士ふたりと、以前センターの言語聴覚士で定年後もお手伝いに来て下さった、田中愛啓さん、志賀美代子さんたちと食事をしました。この時間も、とても貴重な情報交換の場になっていて、僕にとってはとてもありがたい時間です。

 定年後も中心的に関わって下さっていた田中愛啓さんが、センターを完全に退職したために、新しい若いスタッフの徳本さんと宮下さんの二人が一所懸命取り組んで下さいました。そこに、田中さん、志賀さんが休日だというのに応援にかけつけて下さり、行き届いた相談・講演会になりました。みなさんの熱意に感謝します。
 明日は、成人の部について報告します。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/02/05

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