こんな人も少なくないのでしょう

 大阪吃音教室初参加の二人について書くと以前書きました。一人が前回書いた「英語のスピーチ」の優勝報告にきた国吉さんです。もうひとりは立命館大学の学生で、吃音について卒業論文に書きたいという女子学生でした。
 話を聞くと、子どもの頃からどもっていたようだけど、それを吃音だとも分からず、大学に入って吃音を知り、これは私だと初めて意識をしました。子どもの頃、吃音を意識しないで育ったことが良かったと言います。
 なので、私が、「子どものころから吃音に向き合う必要がある」との主張をしている書籍などを読み、自分は意識しないまま来て、言いにくさを、いいにくいことばを言い換えたり、間をとったり上手に切り抜け、今、いろんなことで自信がついて、自分かを確立した後で、吃音について意識したのは良かった。だから、子どもに、子どものころから意識することの意義について、論文でまとめたいとという話だったと思います。

 これは、おもしろい視点です。どもるという状態があっても、それを吃音だとレッテルを貼らずに、ただ単に話しにくい状態だと意識していたものの、特に困ることも悩む子ともなかったと言います。
 同じような女子学生に、岡山のキャンプの時に会いました。彼女も周りからは「ちゃんとしゃべれ」と言われながら、「言語障害」と言われ、祖父からは「おまえの言っていることは分からん」と言われながら、持ち前の明るさと、積極性で、それを吃音だともしらずに生きてきたと言いいます。大学で吃音を学んで「私は吃音だ」と知ったと言います。

 このように、子どものころに吃音を意識せずに生きてきた人がいる。それで、いろんな意味で大人になったときに「吃音」だと知る。これもいいなあと思います。

 しかし、これまで会った人は、自分の話し方に悩み、ただそれが吃音だと知らなかったという人がこれまでは何人もあったことがありますが、悩まないで20歳を過ぎて、それなりにコミュニケーションがとれて、問題がないという人に会ったのは初めてで、それも、最近二人に会うというのもおもしろいことでした。

 ことばの教室に来たり、吃音親子サマーキャンプに来る子どもは。すでに意識している子どもなので、その子と、彼女たちがどう違うのか。卒業論文を楽しみにしているのです。

 明日は、横浜で吃音相談会です。帰ってから、群馬キャンプなどの報告をします。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二  2013/11/29