国重浩一さんとの楽しい語らい
1月13日の夕方、東京吃音ワークショップの後、 国重浩一さんに会いました。
5時半ごろまで、東京女子医科大学(都営大江戸線若松河田駅)でお仕事があり、急遽私たちのために、時間をとって下さったのです。少しでも早くお会いしたいと、ワークショップの後、若松河田駅に出向きました。駅で待って下さっていた国重さんを私はすぐに見つけました。ホームページで写真を見ていたからです。駅の近くの喫茶店をさがしたのですが、なかなか見つかりません。その探す道中でもたくさんお話しした気がします。
やっとみつけたコーヒーショップで、千葉のことばの教室の渡邉さん、溝口さんと私の3人と国重さんと向き合いました。開口一番、これほどに私たちの吃音について関心をもって下さり、矢継ぎ早に質問して下さった方は初めてです。うれしいことでした。
国重 伊藤さんの考え方に出会って意識はどう変わってくるのか。
伊藤 小学生2年生の子でも、治さなくてもいいと言うし、何より保護者がほっとする。
国重 どもりとは何かが分かれば、「どもりです」と言った子に対して、それを超えて攻撃はしてこないのではないか。子どもって「分からない」ということに納得できる。
伊藤 どもりカルタの中に、小学2年生が「こわかった、どもりの勉強するまでは」と書いた。どもりの正体が分かったからもう怖くないということだ。
国重 子どもにとってはそれで十分なんですね。
伊藤 それなのに音読練習をさせたりしている。
国重 小学校で、ことばの教室の教師として、音読練習をしないことに対して、プレッシャーはないのか。
渡邉 あったが、10年かかって、受け入れる、向き合うということの大事さを分かってもらえた。
国重 伊藤さんの考えは広がりつつあるのか。
伊藤 どうだろう。わかりませんねえ。
渡邉 ことばの教室の全国大会で私たちの考えを発表しても、そうだ!にはならないから。
伊藤 音読に変わるものが提供されない限り、なかなか変わらない。具体的な指導法やマニュアルが必要なのでしょうか。
国重 送ってもらった資料を読むと、これだけしっかり活動・実践されているのに、浸透していかない現実を聞いて、不思議に思いました。
伊藤 黒船が、アメリカの言語病理学が、時々押し寄せてくるからでしょうか。
興味をもって質問して、聴いて下さることは本当に心地よく、ありがたいことでした。私たちとしては、ナラティヴアプローチについてお話が聞きたかったのですが、ついうれしく話していました。コーヒー店が閉店になり、地下鉄の駅でも立ち話をしていました。ゆっくりできる私たちが宿泊するホテルでお会いしたかったと悔やまれますが、余韻を残して別れるのも、次にお会いするときの楽しみになると、今回はお別れしました。
興味深いお話をお聞きしたのですが、間違って伝えると申し訳ないので、話の内容は省略しますが、いろんな面で、共通、同感、共感することが多い出会いでした。特に、ニュージーランドから日本に戻り、これから、東日本大震災の被災地に、スクールカウンセラーとして入る直前だったので、「PTSD」についてのお話は納得し、興味深いものでした。
「東日本大震災のような大規模災害においては、被災者の方のストレスは、私たちの想像をはるかに超える激しいものです。あまりにつらい経験のあとで、忘れたくても忘れられなくなって、PTSD(外傷後ストレス障害)というこころの病気になってしまうことがあります」
インターネットなどでは書かれています。
国重さんは実際に被災地に入って、多くの子どもたちと接した経験から、自然災害に対しては、PTSDはあまりみつかっていない。人的な虐待や犯罪などにはあるが、自然には対抗できない、しゃあないなあと思える。投げやりではなく、お天道様はあるし、津波もあるし、それが自然だからと納得できるからだと話して下さいました。
繰り返し報告や報道されているのは、ごく一部のことで、同じ子どもの例を、いろんな人が話しているに過ぎないらしいのです。被災地の子どもたちの明るい笑顔が映像で紹介されますが、子どもの生きる力のすごさを思います。
このお話はとても納得できるものでした。基本的に子どもの力を信じている私は、そうだろうなあと思いました。 吃音についても、治療法がない、治らないと丁寧に話せば、子どもたちは納得します。それに近いことだと思ったのでした。
うれしい、楽しかった新しい出会いでした。国重さんは3月で被災地の任務が終わり、ニュージーランドにお帰りになるのですが、再会を約してお別れしました。
吃音を「言語訓練・改善」と考えなければ、いろんな人と出会える幸せを思ったのでした。
日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2013/01/26