伝統の力
サマーキャンプ2日目は、作文教室からスタートします。朝食をとった食堂が作文教室会場に変わります。衛生面を考えて、スタッフが手際よく、テーブルに白い紙を敷いていきます。書き終わってからも、消しゴムのカスが残らないよう最新の注意を払います。だから、食堂の方も許して下さるのでしょう。ありがたいことです。
「どもりのことについて作文を書きます。昨日の夜は、どもることで話し合いをしました。みんなでどもりのことについて考えたね。この時間は、ひとりで自分のどもりに向き合う時間です。どもる子は、自分のどもりのことで嫌だったこと、悔しかったこと、悲しかったこと、うれしかったことなど、できるだけ具体的に書きましょう。お父さんやお母さんはご自分のお子さんのどもることについてのエピソードを具体的に書きましょう。きょうだいで参加している子は、自分のきょうだいのどもりのことについて書いてね。ことばの教室の先生やスピーチセラピストの方は、ご自分が指導していらっしゃるお子さんのことを書いてみましょう。タイトルをつけて下さい。どうしても書けない人は、その書けない自分と向き合いましょう」
そんなふうに呼びかけると、食堂は静かになり、鉛筆の音だけが静かに響きます。本当にシンプルに呼びかけるだけです。話し合いのとき、「じゃ、今から話し合いを始めます」と言ってスタートするのと同じです。これだけで成立していくのですから、キャンプのいい文化が文化として根付いていっているのを感じます。
書き上げた子どもたちが、作文用紙を持って並びます。目を通して、足りないところを指摘し、書き足してもらいます。また、しっかり書けている子とは、そのことについてことばを交わします。書いた作文を通して、会話が成立します。2度、3度、書き直したり、書き足したりしに、自分の席に戻っていく子もいます。親たちも、久しぶりの原稿用紙を前に苦労しながら原稿用紙のマス目を埋めているようです。同時に並行プログラムとして行われているサマキャン基礎講座に参加しているスタッフ以外は全員が書いています。その光景は壮観です。
サマキャン基礎講座は、サマキャンに参加するのが初めて、あるいは2度目というスタッフが対象です。とりあえず一日参加した後、自分の経験したことをもとに、この基礎講座に参加します。疑問に思ったこと、聞いたみたいことなどを出し合います。長年サマキャンに参加しているスタッフがそれに答えていきます。サマキャン卒業生で、スタッフになった子たちにとっては、サマキャンの裏側というか、背景を初めて知ることにもなります。貴重な経験のようです。
作文の後は、2回目の話し合いです。作文を書いたことで、話が深まることもあります。それぞれが自分と、自分のどもりと向き合ったことで、起きることなのでしょう。
午後は、芝居の練習が始まります。以前は、スタッフが、早く配役を決めて練習をしなきゃと思ったようですが、昨年あたりから変わってきています。4つのグループに分かれて練習をしているので、それぞれどんなふうに練習をしているか分かりません。その練習の様子を交流したことで、ヒントをもらい、芝居の練習風景が変わっていったのです。声をだすこと、相手に届く声を出すこと、相手に働きかけるからだをつくること、そんなことから始めるグループが多いようです。みんなでセリフを言ってみて、どんなふうに言ったらいいか、考えるグループもあります。せりふを言う役だけでなく、言われる側や、そのやりとりはしていないけれど、同時にその舞台に出ている者の動きも大切です。どんな気持ちで聞いているのだろうか、こんなせりふを言われたらどんな気持ちになるだろう、どんなからだになるだろう、そんな問いかけから、小さなエクササイズやワークのようなものが生まれているグループもあるようです。いろいろやってみて、最後に配役を決めたというところが多かったようでした。
その後は、唯一の野外活動である、荒神山へのウォークラリーです。私は親の学習会をしているので、残念ながら一度もこのウォークラリーには参加していません。かなりきつい行程のようですが、頂上に着くと、眼下に琵琶湖がきれいに見えるそうです。そこで、キャンプの間は口にすることのないおやつを食べます。この時間だけ許されているのですが、それも楽しみのひとつのようです。今年は、年上のお兄ちゃんお姉ちゃんたちを中心に縦割りを意識させてウォークラリーをしました。年上の子どもたちに大事な役割を持ってもらったのです。この試みは大成功でした。実に細やかに、小さい子どもたちの世話をし、配慮をし、声を掛け合っていました。スタッフの高齢化に伴う苦肉の策だったこともあるのですが、いい効果をもたらしたようです。
子どもたちが芝居の練習やウォークラリーを楽しんでいる間、親たちは、学習室で親の学習会に参加しています。今年は、親の参加が54名。かなりの大所帯です。机といすを配置し、「吃音ワークブック」をテキストに、親ならではの学習を進めます。この学習会は午後5時過ぎまで続きます。
子どもたちが山から下りてきました。今日の夕食は、外で食べます。木でできた大きなテーブルに、子どもたちも親たちもそれぞれ思い思いに座ります。親子で座っているかと思えば、全然別の親子だったり、きょうだいかと思ったらそうではなかったり、入り交じっています。ごはんをよそい、カレーをかけて準備しているのは、お父さんたちです。今年父親は19名参加しています。複数回参加している父親が呼びかけたようで、初参加の父親もよく動いて下さいました。周りは少しずつ暗くなっていきます。静かです。みんなが座っているところだけがにぎやかで、明るく浮かび上がっています。大きな大きな家族の夕食の団らんの光景です。まさに吃音ファミリーです。その光景を見るたびに私は幸せな気持ちになります。
こうして2日目が過ぎていきます。いえ、まだ夜の部がありました。子どもたちは、芝居の練習です。親たちは、子どもより先に入浴し、フリートーク。学習室には大きな輪がいくつもできました。父親も母親も適当に混ざって、話は尽きないようです。
子どもたちはいよいよ配役も決まり、本格的な練習が始まりました。こうしてキャンプ2日目が静かに過ぎていきました。
日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2012/10/08