どもる子どもの親との対話


 午前中の実践発表・シンポジウムの3時間があっという間に過ぎ、午後は、また新企画。
 2月に千葉で実行委員会を開いたとき、保護者がふたり参加して下さいました。当初はこの時間、言語指導の理論と実際の予定でした。ふたりの保護者から、親が子どもにどう関わればいいかが出されました。また、ことばの教室担当者も保護者とどうかかわればいいか、どのように吃音について話し、情報提供すればいいか困っている現状も出されました。そこでこの時間を保護者のための時間とすることになりました。

 今、本当に困っている保護者が参加してくださったら、その人との個人面接をして、その様子をみてもらおう。また、吃音相談会を公開にしようなどの案がでていました。しかし、大勢の前で初めて参加の人が面接とは難しいとのはなしなどから、当日参加された保護者と相談して決めようなどと、実行委員会でも、この時間をどうするか、一転二転しました。

 参加者の中には、どもる子どもをもつ保護者の方が参加され、夜の話し合いでどのように子どもにかかわればいいか、これまでの治すことにこだわらない子育てに共感しつつも疑問をもっておられました。

 2日目は、昨日に引き続き3人のお母さんが参加されていました。その人たちに、前に出てもらって、公開相談会をしようという企画を提案しました0。周りを参加者が取り囲んでいる中での相談会なので、プレッシャーを感じるでしょうが、快く引き受けて下さり、相談会がスタートしました。

 どのような話の展開になるか、まったく予想ができません。はっきりしているのはお一人が「子どもの吃音をなおしてあげたい、また治ると信じたい」との思いを強く持って、私たちのこれまでの話に少し納得できないことでした。あとお一人は、どのような思いを、考えをもっておられるか全くわかりません。後お一人は、吃音親子サマーキャンプにも参加されたことのあるひとです。

 まずは3人の方の自己紹介もかねて、ご自分の子どもさんの話をしていただきました。
 そのうちに治るだろうと思って過ごしてきたが、小学校に入学しても治らない。これはなんとかしないといけないと思って、治すことを求めてきたお母さん。言語聴覚士の指導で、統合的アプローチをしていました。夫が小さいときどもっていて、小学4年生のころに自然に治ってしまったことが、治ることへの期待を大きくしているようでした。吃音は少なくとも小学4年生頃までには治ると信じていたようです。
 吃音講習会での流れが、「吃音は治りにくいもの」「治すのではなく、どもって生きる覚悟を決めよう」などと、話が進んでいくことにショックを受けたようです。

 そのお母さんから,当初の「必ず治る」から、そうでもないらしいに考え方が変わったものの、「治ることに、あきらめがつかない」と率直な意見が出されました。吃音が治るとは、治りにくいものを、周りが治ると期待しつづけることが、子どもにどのような影響をあたえるかなど、丁寧に対話をつづけました。ふたりの保護者からもいろんな体験がだされました。悩みのまっただ中にいる人、子育てに一段落ついた人、その中間にいる人。この3人のバラススが絶妙でした。仕組んだわけではなく、今、この場にいるお母さんがそのまま公開相談会のようになったのに、いろんな角度からの保護者の思いに、考えに触れることができました。

 私だけでなく、他のお母さん、あたりのことばの教室担当者の話を総合して、「治ることをあきらめられない」と強く思っていたお母さんが最後に、「160度考えが変わりました」と話して下さいました。「180度変わったではなく、「160度」というのが、すばらしいと思いました。私は何も、説得しようとしたわけではありません。正確な事実と、私の体験、たくさんの保護者の体験、世界の吃音事情をもとに、このお母さんと対話をし続けただけです。少し、いやかなり理解をしていただけたことうれしいことでした。

 こうして、どうなるか検討もつかなかつた「どもる保護者との対話」の時間が終わりました。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2012/08/29

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