
森田剛はすごい。
1月21日、「金閣寺」を観てきました。
初演の時はすでに切符が売り切れで観ることができなかった「金閣寺」。残念ながら、もう機会がないと思っていましたが、ニューヨーク公演の成功を祝っての凱旋公演。なんとか切符が手に入りました。
私たちの吃音ワークショップにお忙しい中来て下さり、対談したことのある、大好きな鴻上尚史さんの舞台も、何度か観ているのですが、「第三舞台」のさよなら公演は切符が手に入りませんでした。鴻上さんに特別にお願いしてなんとか手に入れたいとも思ったのですが、そんな人はたくさんいるだろうと諦めただけに、今回はとてもうれしくて、大きな期待をもって観に行きました。
金閣寺は、どもる私たちにとってはとても大きなテーマです。吃音の若い僧の金閣寺放火事件がテーマだからです。市川雷蔵主演の「炎上」、篠田三郎主演の「金閣寺」は何度も見ていますし、もちろん、三島由紀夫の小説も読んでいます。映画と違って、ひとつの場面の舞台でどのように表現できるのか。歌舞伎のような回り舞台や、舞台装置ができるわけではない。宮本演出のこの部分にも関心がありました。
見事な舞台でした。吃音に悩み、人間関係が結べない溝口。足に障害のある柏木のそれを逆手にとったしたたかな生き方。裕福でかっこよく、優等生のような鶴川。3人の青年の、三人三様の内面の葛藤。それぞれがその葛藤にどう向き合っていくのか、舞台での対話やナレーションの中で表現されていきます。一番の親友だと思っていた鶴川が、実は本当は好きではない柏木に本心を明かしていたと知るシーンは胸をつきました。その鶴川が最後に自殺をする。青春期や思春期の不確かな心の揺れを見事に表現していきます。
主演の森田剛は、吃音の悩み故の人への恐れ、疑い、自分への自信のなさを、身体で見事に表現していると私には見えました。パンフレットを買って読んでも、森田本人の談話、演出家の宮本の話にも、評論家も誰もそのことを書いていません。とても不思議です。
吃音の溝口を演じる森田剛の身体ばかりを私は見ていました。
舞台に立っている森田は常に肘を曲げ、手を伸ばすことはまったくありません。猫背のような姿勢と、肘が固まっていて、決して伸ばすことがない。そのことで、溝口の吃音の苦悩を表現していると私には思えたからです。しかし、本人も、宮本もそのことに一切ふれていない。とすると、無意識な身体表現だったのかもしれません。
三島の小説を何度も読み、脚本をよく読み、スタッフとディスカッションする中で、森田の中に、吃音で苦悩する溝口が降りてきたのかもしれません。意識しないで、その姿勢をとり続けたとしたら、森田が、溝口になりきっていたと私には思えたのです。人を恐れ、身構える。誰も自分の中に入ってくれるなと、肘を堅く曲げ、目の前の相手を拒否するかのように、身体は語っているのです。
森田のこの身体について、私と同じようなことを書いている人がいたら知りたいものです。
宮本亜門の舞台構成、見事でした。舞台はひとつの平面です。それをマジックでもみるように、様々な場面を表現していきます。この舞台作りにとても興味が持てたのは、演出家・竹内敏晴さんのおかげです。
20年以上竹内敏晴さんが舞台をつくるのを間近に見てきました。吃音親子サマーキャンプの芝居のシナリオを書き、演出をずっとして下さっていました。一つの平面が、立体的に様々な場面となるのです。あるホールで舞台をしたとき、その会場にある、机やテーブルなど、なんでもない物品が、見事に舞台装置に変わっていく。マジックをみるようにいつも驚いていました。
それとよく似たことを、宮本亜門はしていました。このようにするだろうなあと、ある程度予想がついたのは、とても愉快なことでした。ナレーションを効果的に使っているのも、竹内演出で見慣れたことでした。
竹内敏晴さんのおかげで、舞台を観る視点が広がったのはうれしいことでした。
もうひとつ、なぜ溝口は金閣寺に放火したのか、三島由紀夫や水上勉の視点ではなく、吃音に深く悩んできた、私たちの視点から、金閣寺放火事件を検証したい。放火犯、溝口(林 養賢)の裁判の精神鑑定の資料などをもとに、当事者研究をしたくなりました。新しい仕事がみつかりました。
日本吃音臨床研究会・会長 伊藤伸二 2012年1月28日
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
世界中に確実な吃音治療法が全くない中で、私たちは「吃音を治す」ではなく、「吃音を生きる」を目指します。吃音とうまくつきあうには、吃音の当事者研究、ナラティヴ・アプローチ、認知行動療法など学ぶべきことがたくさんあります。
役に立つ月刊紙、年刊研究誌などの見本をお送りします。500円分の切手を同封の上、お申し込み下さい。
〒572−0850 大阪府寝屋川市打上高塚町1−2−1526
日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二
TEL/FAX 072−820−8244日
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆