1月21日、守口エンカウンターグループで久しぶりに、ファシリテーターをさせていただきました。過去3回行っています。1泊2日のグループもさせていただいたことがあります。エンカウンターグループが以前と比べれば、少なくなっている中で、大阪の守口市でずっと続いているグループです。世話人になる人が少なくなっている現在、森永さんや森本さんが、大切に育て、継続して開いていることにまず脱帽です。

 この日は私を含めて、女性が4人、男性が4人。ちょうどいい人数です。午後1時30分から、4時30分までの3時間のグループですが、私が九重や湯布院で経験している4泊5日のグループに変わらないほどの深まりのあるグループでした。短い時間という最初からの条件があるので、グループの中で話そうと心づもりをして参加されていたからでしょう。

 ふたりの女性から出されたテーマのうちのひとつは、ちょうど私の経験したことと、役割がちがっていますが、共通するものでした。私のファシリテーターとしての立ち位置は、発言者の問題を整理したり、相手の気づきを促すような、深い突っ込みや、アドバイス的なことはしません。似たような経験をした、私の体験を、「私の場合はこうだった」と話すだけです。これは、1965年にどもる人のセルフヘルプグループを創立して以来の私の変わらない姿勢です。

 うれしいことに、終わってからの一言の振り返りで、「伊藤さんの話を聞けてよかった」と言って下さいました。
 もう一人の方のテーマも、吃音に深く悩んでいた頃、喜怒哀楽の感情を押しつぶし、鉄の鎧の上着を着ていた頃の私を思い出しました。自分の感情を表現できず、表現できないくらいなら、感じるのをやめようと、自分の気持ちにずっとふたをしてきました。話された人は、これまで感じたことがなかったような「寂しい」という気持ちがすごく実感として、最近沸いてきたと話されました。もう少し話を続けていただきたかったのですが、終了の時間が来ましたので、私の体験は話せませんでしたが、「寂しい」という実感を大切にできればいいねえというあたりで、終わりました。「寂しい」という気持ちをしっかりと味わい、考えるところから、新しい一歩が始まるように私には思えました。

 お二人の話は、とても短時間で聞くような内容のものではないのですが、グループの中では、しっかりと受け止められたと私には思えました。3時間という、短い時間であっても、互いの信頼を感じ取ることができれば、このような話をし、聞くことができるのだと、この守口エンカウンターグループを継続して運営している人たちへの敬意が広がったのでした。

 例年ですと、この後お茶や食事を一緒にすることになっており、事前に誘われていたのですが、あいにくこの日は、宮本亜門演出の「金閣寺」のチケットがとれ、それを観にいくことになっていましたので、残念ながら、グループが終わってすぐにおいとまをしました。また、お誘いいただければ参加したい気持ちになりました。

 宮本亜門の「金閣寺」は素晴らしい舞台でした。それは後日。

 日本吃音臨床研究会・会長 伊藤伸二 2012年1月25日