吃る人がついてはいけない仕事などない


 2009年、12月12日、北九州市立障害福祉センターで「吃音相談・講演会」が開かれました。
 北九州市立障害福祉センターの言語聴覚士の田中愛啓さんと志賀美代子さんが、毎年、計画を立てて下さいます。もう、10年は続いているのでしょうか。
 北九州市立障害福祉センターの主催なので、市の広報や関係するところに広報が行き渡り、また、今回は読売新聞にも紹介されました。今年も、大勢が参加してくれました。お昼の、子どもの吃音の部には45名ほどが、夜の成人の部には20名ほどが参加してくれました。毎年開いているにも関わらず、参加者が多いのは、それだけ、吃音に困っている人、関係する人が多いということでしょう。

 「この会を、吃音相談・講演会としたのは、相談したいこと、知りたいことを参加者から出してもらって、それを元にして講演するからです。相談や質問のある人は遠慮なくどうぞ」
 主催者である、北九州市立障害福祉センターの言語聴覚士・田中愛啓さんの挨拶をうけて、いくつかの相談や質問が出されます。昼間の、子どもの部ではやはり、母親から、私のせいで吃音になったのでは、などいつものように、吃音の原因についての質問が出されました。いつになったら、吃音は「母親が原因ではない」が常識となるのでしょうか。

 幼稚園児のこの話にはびっくりしました。
 給食の時に、今日のメニューを言わせるのだそうです。ちゃんとメニューが言えないと、食べさせてもらえない、だったか何か、ちょっと忘れましたが、何かペナルティがあったのです。「ブロッコリー」が言えなくて、その子は苦戦をしています。これは、きついです。食事の度に、言えるか言えないかを心配するくらいなら、「もう給食なんて食べなくてもいいや」と私なら言ってしまいそうです。
 そのお母さんに、幼稚園の先生に、「うちの子は吃って言えないから、無理に言わせないで、パスさせて下さい」と言えばいいと言いました。小学校では、健康観察で「はい、元気です」が言えなくて、学校へ行くのを嫌がる子がいます。どうして、みんな、一緒に、同じようにしなければならないのか。足の悪い子には、誰も「走れ」とは言わないだろうに、吃る子どもには「みんなと一緒」のことをさせようとします。
 そのお母さんから、先日電話がありました。幼稚園で、吃音のことを理解してもらおうと話したら、「お母さんの心配のしすぎですよ」ととりあってくれなかったそうです。子どもの自立のために、みんなと一緒のことを園では要求しますと言うことらしいのです。
 「自立」なんて遅れてもいい。それよりも、楽しく園に行くことが大事で、給食のメニューが言えないことが、自立とどう関係するのか、私には理解できません。苦手なことに挑戦もいいのですが、吃音はそんなレベルのことではありません。さてさて、どうなるのか、また、お母さんは報告してくれると思いますが。

 子どもの部に、看護師、言語聴覚士2人をつれて、院長である耳鼻科医の医師が、参加してくれました。ひとりの言語聴覚士が、これまで私が勉強した「吃音」とまったく違うと話してくれました。そして、私の話に共感して下さいました。話を聞いてもらえれば、私の言っていることは理解されるのだと、少し自信を持ちました。看護師、言語聴覚士と子どもに関わる人の参加が多いのもこの相談会の特徴です。夜の部には、言語障害の大学院の学生、言語聴覚士の専門学校の学生が5人も来てくれていました。
 吃る当事者だけでなく、吃る人や、吃る子どもに関わる人が話を聞いて下さるのはとてもありがたいことなので、熱く熱く語りました。

 その大人の部で、「吃る人は、教師や、医者になってはいけないと私は思うが、伊藤さんはどう思いますか」という質問が出されました。日常生活で吃音がほとんど目立たない人のようです。あまり、吃音が目立たないから、余計に苦しかったのかも知れませんが、一方で、強気で生きてきたかのような印象を受けました。
 これまで、彼が吃音をどう考えてきたのか、仕事の中で吃音とどう向き合ってきたのか、どんな仕事に就きたいと考えているのか興味をもちましたが、残りの時間がなかったので、私のまわりにいる、何人かの吃る教師の体験や、吃る人が就いている仕事などを紹介し、苦戦しながら、どう工夫して生きているかを話しました。最後に、吃る人が就いてはいけない仕事など、何一つないと話しました。
 大きく頷きながら聞いていた彼は、私の説明に納得したようで、反論や、再質問はせず、最後の感想の時、「よく分かりました」と、明るい顔で言ってくれたのはうれしいことでした。
 吃音相談・講演会では、様々な質問が出されます。それがとても嬉しいです。その答えにふさわしい、これまで43年間で出会ってきた、たくさんの吃る人、吃る子どもの体験が、瞬時に思い浮かびます。大勢の人と出会ってきた財産です。そして、この日の相談会の話題を、今後、いつかどこかでの質問に答えるときに思い出すのだろうと思います。吃音について話すこと、話し合うことは、私にとって無上の喜びでです。

 2009年12月24日  日本吃音臨床研究会  伊藤伸二