勝間和代さんの声
数日前、NHKの朝か昼のインタビュー番組に、勝間和代さんが出ていました。勝間和代さんの本は読んだことはないのですが、存在は新聞などで知っていましたし、「しがみつかない生き方」と、アエラの香山リカさんとの対談は読みました。
彼女が、このようなことばを実際使っているかどうかは知りませんが、勝手に、「がんばればできる」「夢をもてば必ず実現する」と言う人ではないかと、想像していました。
そうして、偶然つけたテレビに勝間さんが出ていたので、香山さんとの論争の後、どのようなことを言うのか興味がわいてしばらく見ていました。
しばらくして私は、いたたまれなくなってテレビを消しました。その内容よりも「声」に対する不快感とは言えないまでも、聞いていたくない感じです。吃音に悩んできた人間として、ことばがなめらかかどうかは、もちろん問題ではありません。どんなに吃っても、だみ声で聞いていられないことはまずありません。そうそう、きんきん高い声も苦手ですが。勝間さんも、講演などでは、比較的ゆっくり話されるだろうと思います。しかし、対談のような話では、普段の話し方が出ます。人柄そのものが出ます
早いのです。早くても、久米宏さんや黒柳徹子さんは安心して聞けますが、早いと言うよりは、母音がどんどん抜け落ちているのです。話す表情も、自信に満ちてというよりは、不安げな、落ち着かない、要するに「ゆったり」としていない感じです。
はきはきと、明快に、颯爽と話す人かなあと、勝手に想像していただけに、大きなギャップがありました。
「声」はその人を表します。本も読まずに失礼だけれど、勝間さんのことを好きになれないのは、私の感性ですが、勝間さんの「声」に先に出会っていれば、もっと「パス」だったろうと思いました。吃る私は、やはり「声」に敏感なのでしょう。
勝間さんの「声」「話しことば」についてだけ書くつもりでしたが、もう、勝間さんに触れる機会はないでしょうから、ついでに、なぜ「パス」なのか、ということについて書きます。
「吃音は治る、治る希望をもって頑張れば、吃音は必ず治る」。私が読んだ吃音矯正の、10冊以上の本には、全てそのように書かれていました。だから、「治らない、改善されないのは、まだまだ私の努力が足りないからだ」と自分の努力不足を責めました。どれほど努力すればいいのかの具体的な指標がないのですから、1日2時間ほどの努力をしても、自分の努力不足を責める人はいるでしょう。中学2年生の夏、私は2時間はしていたように記憶しています。夏休みを丸々使ったような気さえしているのですから。
在日であることと、吃音に悩んだ、芥川賞候補4回の実力派の作家、金鶴泳さん。
『凍える口』を読んだのは35年も前です。吃音に悩んだ私たちのあの時代の多くの人が、ただ吃音が治ればいいと漠然とした願望ではなくて、本気で吃音を治したくて、実際に治すために必死の努力を続けました。
私は4か月集中して、呼吸練習や発声練習、上野公園の西郷隆盛の銅像の前や山手線の電車の中での演説、街頭練習など、治したい一心で厳しい訓練に取り組みました。金鶴泳さんも、日記によると、何年も呼吸練習や発声練習を続けています。
「朝の時間の10分間を、ちょっとした発声練習にあてることを習慣にしたら、どうであろうか。それを1年、2年と続けていったときには、バカにならない効果が出てくるかもしれない。かつて、大学1、2年のころ、15分間ほどの腹式呼吸練習を、1年、2年ほど続け、それでも別にこれといった効果もなかったのだが」
がんばっても、努力してもできないことはできない。それを努力しさえすれば、道は開けると、自分を人を駆りたてるのはなんと残酷なことか。
「がんばれば地獄」に落ちるのです。
私は35年以上も前に「治す努力の否定」を提起しました。
だから、「あきらめない」「がんばる」「前向きに」などのことばには、嫌悪感さえもちます。勝間対香山の構図では、私は明確な香山派なのです。
参考までに、最近の新聞記事です。
2009 12月9か10日 朝日新聞夕刊
解決策なきものもある
香山リカさんの近著12連続1位
精神科医・香山リカさんの近著『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)の勢いが止まらない。7月末の発売直後から売り上げを伸ばし、現在、発行部数は42万超。オリコンランキングの新書部門で8月下旬から12週連続の1位、年間ランキング新書部門でも各社1位だった。
香山さんに話を聞いた。
『しがみつかない生き方』は「『ふつうの幸せ』を手に入れる10のルール」とした副題の通り、「恋愛にすべてを捧げない」「仕事に夢をもとめない」といった10章からなる。特に話題を呼んでいるのが、最終章「〈勝間和代〉を目指さない」で、経済評論家の勝間和代さんを競争社会の成功者の象徴とした点だ。
勝間さんの著書の多くは、家事や仕事や人間関係の無駄を徹底的にそぎ落とした結果、生まれた時間や労力を様々なスキルアップに充てることで、一つ上の人生を目指すノウハウを示したもの。ファンの中にはそのノウハウの熱心な追従者となる人もいる。
香山さんは診療の現場で、「勝間さんの言う通りに努力しても人生が充実しない。自分はダメな人間だ」と自己否定に走る患者に何度か接したという。「客観的にはそこそこ幸せな境遇なのに『上があるはず』と頑張り過ぎる人たち。彼らの姿に、なぜこんなに普通の幸せは手に入りにくくなったのだろうと、不思議に思っていた」と、勝間さんに言及した理由を語る。
この本を巡り、複数の雑誌が香山さんと勝間さんの対談を掲載。「AERA」10月12日号の対談の中で、勝間さんは「私は頑張り至上主義ではなくて(略)頑張らなくてもいい方法を探しましょう、と言っている」「目標は格差をなくすことなので、私の本で格差が生まれているのであれぱ、目的に逆行してしまっています」と語っている。自身の意図が誤って読者に伝わっている可能性にも言及した。
香山さんは、勝間さんとの対談を経て、改めてこの本にこめた思いをこう語る。「新自由主義的な合理志向のもとで、すべてのことに解決策があるというイメージが社会に広がりました。もちろん経済が発展し、個人が向上心を持つことも重要なことですが、人生は解決出来ることばかりではないという大前提を、忘れることは危険です。そもそも人生とはままならないもの。私の本にも解決策は示されていないのです」(浜田奈美)