どもりを治したいなら、必死の努力を
2009年11月21日
横浜吃音相談講演会がありました。
インフルエンザの関係でしょうか、参加申し込みをした人で参加できない人がいましたが、茨城県から二人参加するなど、遠いところから23名が参加しました。今年の特徴は、小さな子どもの親だけでなく、3人の若い人と、中学生がふたりいたことです。どもる子どもと親や・臨床家のためとなっていますので、これまでは幼児・学童期の子どもの親か、ことばの教室の教師、言語聴覚士の参加がほとんどだったのですが、今回は少し様子が違ったので、年齢の高めの話をしました。
エリクソンのライフサイクル論を使って、私の吃音に悩んだ21歳までの人生を話しました。それまでの私は、吃音を隠し、逃げてばかりの人生でした。今回は、劣等感、劣等生コンプレックスについて特に強調して話しました。
ある芸術系の大学の学生の悩みは、バイオリンの演奏の時、曲名などをいわなければならないなど、大学生活の中での困難さです。なんとか学校には行っているのですが、吃音がとても気になって、大学をやめたい気持ちもあるようでした。また、中学生で学校へ行けなくなり、どうしても吃音を治したい、治らなければ学校へも行けないし、今後のことも考えられないという中学生がいました。
「何々だから、何々できない」と、何々を理由に人生の課題から逃げるのが、劣等コンプケックスです。私の場合は「どもりだから何々できない」と、自分ができないこと、自分がしないことを全て吃音のせいにして逃げてきました。そして、とても損をした21歳までを送ったので、私のような失敗をしてほしくないと、強く思ったのです。
幼児期の子どもの話では、「早く、早く」と言い過ぎたために吃音になったと自分を責めている人に、今日限り、自分の責任だと思わないでほしいと話した他は、劣等コンプケックスに陥らないようにという話が中心でした。すでに、人生の課題から逃げ、不登校になつている中学生。大学をやめ、自分の好きな音楽をあきらめるかも知れない、人生の課題から逃げるかもしれない大学生にむけて、話していたような気がします。
「どうしても治したい、治す」という人に対して、ちょっときつすぎたかも知れませんが、本当に治したいなら、とことん努力をして欲しいと言いました。
「治したい。治したい」といいながら、自分では努力しない人を私はたくさん出会ってきました。努力をしない人は、「治らない結果」に向き合いたくないのでしょうか。本当に治したいなら、必死の努力をしたらいいのです。
私が「治すこと、治ること」を諦められたのは、自分なりに、これ以上は無理だと思えるほど、力の限り「治す努力」をしたからです。
東京正生学院という吃音矯正所に私は4か月通いました。最初の1か月は、大学の夏休みだったので、寮に泊まり込み、朝から夜遅くまで、治す努力をしました。午前中は呼吸練習・発声練習などの基礎訓練。午後は街頭訓練、上野の西郷さんの銅像の前で演説、山手線の電車の中で演説、毎日100本の電話。血のにじむような訓練でした。特に、山手線の電車の中での演説は、今でもぞっとするような、いまなら、絶対にできないような、辛い訓練でした。「どもりを治したい」一心で頑張りました。夏休みが終わり、1か月の集中訓練ができた寮生活が終わってからも、3か月まじめに夜の部に通い、頑張りました。
ことろが、私のどもりは治りませんでした。4か月の間に知り合った、300人の全てが治りませんでした。これだけ頑張ったんだから、私だけでなく、300人の人も治らなかったんだからと、私は「治ること、治すこと」にあきらめがつきました。
そのような体験を話し、アメリカの言語病理学でも治せない現実、治らなくても、自分のゆたかな人生を送ることができる、と熱をこめて話しました。大学生はわかってくれたようでしたが、もうひとりの若い人には通じなかったような気がしました。
インタネットでは高額の器具を使って「どもりを治す」などの情報がたくさんあります。経済的に許せば、30万円、50万円を使ってでも、必死に治す努力をするしかないだろうと思います。ほとんどの人が失敗してきたことであっても、自分だけば違うと人は思うのでしょう。そうだとすれば、とても残念で、結果は分かっているのですが、1000分の1程度の、いやもつと確立が低いと思いますが。「治る」ことを信じて取り組むしかありません。精一杯の努力をするしかないのです。50万円は諦め料として必要なのかも知れません。
そんな話しをしながら、むなしく、つらくなってきました。
世界では、100年以上の吃音治療の歴史がありながら、多くの人が失敗してきました。ほとんどの人が失敗してきた経験から、「治すことにこだわらないで生きよう」との私たちの経験を通しての提案が、後に続く若い人に届かないのはつらいことです。
でも、仕方がないのかも知れません。私は21歳、チャールズ・ヴアン・ライパー博士は30歳、スキヤットマンジョンは52歳までかかったのですから。若い人には、中学生には無理なのかも知れません。それでも、20年の吃音親子サマーキャンプでは、小学生が吃る事実を認める方向に変わっていきます。
ある年の島根のキャンプでは、小学1年生の3人が、何を叫んでもいい約束の「山頂からの叫び」で「どもりは一生治らないー!!!」と叫んでいました。
こどもであっても、諦めることはできるのです。私の無力をまた感じたのでした。
早く治ることを諦めて欲しい。どもりが治ることは諦めても、自分の人生は決して諦めて欲しくない。自分の人生の課題から逃げないでほしいと祈るばかりです。
2009年11月25日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二