2009年11月3日

うれしい応援歌

 帝塚山大学心理福祉学部心理学科の三木善彦教授が、ご自身の大学のゼミ生に、私の話を聞かせたいと、私を招いて下さいました。

 三木さんとは、ずいぶん長いおつき合いをさせていただいています。私たちの大阪吃音教室に2回ほど講師として来ていただいていますし、主宰されている「奈良内観研修所」のワークショップや、そこで開催された、デイビット・レイノルズさんの「建設的な生き方」のワークショップにも参加しています。
 三木さんは、講演の前に手品をして下さる、ユニークな楽しい人です。お書きになった、『内観療法入門』(創元社)は、内観療法のバイブルのような本で、内観療法の第一人者でもあります。研究だけでなく、ご自宅が内観研究所であり、1週間の集中内観のために、多くの人が全国から集まります。
  三木さんと私を強く結びつけて下さったのは、大阪大学教授時代に担当されていた、読売新聞の「人生案内」です。

 子どものころから吃音で、子どもができてから、保育所の先生との会話や、子どもに絵本を読んであげられなくて困っているという、20代主婦の相談への回答を担当されました。そこで、私に連絡して下さったのです。
 ちょうどそのとき、日本吃音臨床研究会が、「吃音と上手につきあう、吃音相談室」というガイドブックを作った時だったので、人生相談で本や冊子の紹介は見たことがないけれど、この冊子を紹介していただくとありがたいと、厚かましいお願いをしました。回答に、本の紹介をすることを、三木さんがどう説得して下さったか、読売新聞社がどう判断して掲載されたかお聞きしていませんが、冊子の紹介がでました。
 1999年6月25日の「人生案内」の三木さん自身の回答文のあとに、この冊子をお薦めしますと掲載されたのです。書店からの出版ではないので、日本吃音臨床研究会に注文しなければなりません。会の住所と電話番号が明記されました。

 「日本一の発行部数の読売新聞の全国版だから、反響があると思いますので、少なくとも、25日は家にいていただいた方がいいですよ」
 三木さんのことば通り、すさまじい反響でした。新聞に掲載された25日は10時間電話の前に釘付けでした。2週間で750通の申し込みがきました。その後、他の新聞にも紹介されたこともあって、2か月たたない内に、2000通以上の手紙と、200本以上の電話があり、4000部が完売し、その後も注文が続き、結局6000部発行しました。

 この大きな反響に、芳賀書店の芳賀英明社長が出版を決断して下さり、この冊子は、広く店頭に並ぶ本として生まれ変わりました。その本も3版、8000部販売されましたので、自費出版の冊子と合計すると、14000部が、吃音に悩む人、吃る子どもの保護者、教育関係者に届けられたことになります。
 この『吃音と上手につき合う吃音相談室』は、私がとても好きな本ですが、芳賀書店が書籍の出版を止めたために、絶版となりました。とても残念です。

 この本のきっかけになったのが、三木さんの読売新聞の「人生案内」だったのです。三木さんは、ことばでは感謝しきれない、大恩人なのです。
 
 今回の、ゼミ生への講義は、伊藤の吃音体験、その後の様々な人との出会いや人生の苦難をどう乗り越えたかを「私の吃音」として話して欲しいというものでした。
 私は、いろんなところで、講演や講義をしていますが、「吃音の人生」と、そのものずばりのタイトルをいただくことはまずありません。ことばの教室の担当者や、学校で教育相談を担当している教師や、どもる子どもの保護者など、ストレートに自分の吃音人生を語ることは、実はほとんどなかったのです。とてもうれしいテーマでした。
 しかし、私がこういう体験をしましたと話しても、吃音に縁もゆかりもない学生が興味をもって聞いてくれるわけがありません。ある程度、多くの人の共通のものとして話さなければなりません。劣等感や、人間関係の悩みなど、心理学のトピックスを使って、キーワードと結びつけながら話す必要があります。すると、皆さんが、一所懸命聞いて下さり、気持ちよく話すことができました。

 学生の感想は、レポートとして、三木教授に提出されますので、見ていませんが、講義の後で、三木さんが短いコメントをして下さったのは、私にはとてもうれしいことでした。
 
三木善彦教授の終わりのコメント
 いい話を聞くことができてよかったですね。私たちは吃音がなくても参考になりました。 今回は吃音がテーマでしたが、人は何かのテーマをもっ生きています。その時々のテーマがあり、長い人生の中でのテーマもあります。「吃音を治すのではなく、どう生きるかだ」の伊藤さんの主張に、賛成です。正しいと思います。
 吃音は治らないと思うし、治す必要もない。もし、吃音が軽くなるのなら、それはそれで結構なことだけれど、吃音を治そう、治そうとして、そのことに大きなエネルギーをかけ過ぎて、人生を棒に振るのはもったいないことです。吃りながらも、やるべきことをやり、仕事、遊び、友だちをつくること、人を愛することの課題から逃げないことが大切です。私も、吃音ついては、若い頃からこのように考えていました。
 私は、吃音の研究者ではないので、吃音について話すチャンスはないけれど、伊藤さんの主張には全面的に賛成です。世界の誰が反対しようと、私は伊藤さんが正しいと思います。
 私たちもこれから先、いつどんな事故に合い、または老化によっ身体に障害をもつことがあるかもしれません。その時、足を引きずりながらも、散歩に行くとか、映画に行くとか、遊ぶとか、したいこと、必要なことはしていく。障害をもちながら生きていく姿勢が大事だと思います。
 伊藤さんは、私の主張は少数派で、ひとりぼっちだと言っていますが、決してそうじゃない。結構、伊藤さんを応援している人は、私を含めてたくさんいると思います。また、世界の吃音研究者の中にも、きっと賛同する人もいるだろうと思います。
 今日は、吃音に関する話ではありましたが、私たちがこれから生きていく上での、大きなヒントを得られたと思います。

 うれしい、うれしいコメントでした。言語病理学、吃音研究の領域では少数派だけれど、精神医学、臨床心理学、カウンセリング、さらに広い領域では、私は決してひとりぼっちじゃないと、吃音ショートコースで様々な分野の講師の方々と話す度に確信してきました。今回も、臨床心理学者として、カウンセラーとして、内観療法家として様々な人の悩みに耳を傾けて来られた、三木さんのことばだけに、大いなる勇気をいただきました。
 このような機会をつくり、三木さんは私を応援して下さっている。日本には、応援して下さる人がたくさんいると、改めて思えた、うれしい時間でした。
 帝塚山大学の学生2人が、卒業論文で吃音について書くそうです。その2人が残っていろいろと質問してくれました。いい時間をありがとうございました。

 2009年11月3日  日本吃音臨床研究会 伊藤伸二