いいところを見つけられない君は、ダメじゃない


10月27日、岡山県の聴覚・言語障害児教育の研修会があった日、岡山県のある市のことばの教室の担当者から、一通の手紙をいただきました。私宛の手紙です。その子は返事が欲しいそうです。

  伊とうさんへ
 こんにちは。伊とうさんお元気ですか。ぼくは元気です。でもぼくは自分のいいところがみつけれません。しかも、悪い所しかみつかりません。伊とうさんはどうですか。自分のいいところみつけれていますか。
 そしてなんと、ぼくのいい所見つけるのは、学校のたん任の先生や、ことばの教室の先生や、ぼくのお母さんたちのほうがかずが多いです。ぼくはときどきいじめられたり、わらわれます。
             小学5年生の男の子  原文のまま

 
 
 ことばの教室の担当者としては、この子にどのように声かけをしていけばいいか、どのように寄り添っていけばいいか悩んでいる。そこで、私に手紙の返事を書いて欲しいというのです。
 
 小学1年生の子どもに「あなたは自分のことが好きですか?」と質問すると、半分が手を挙げる。しかし、中学1年生になると、クラスの三分の一は自分が好きだが、三分の二が自分が嫌いだと答えるそうです。このデータは少し前のことだから、現在はもっと自分のことが嫌いだという割合が増えているだろうと思います。諸外国に比べて、日本の子どもは、自分が嫌い、自分に自信がない子が際だって多いのだそうです。
 さて、この子にどう返事をしたらいいか。必ず返事をすると約束したので、この子は、私の返事を待っています。とても難しい宿題ですが、彼の質問に添って書いてみます。


いいところが見つけられない君へ

 「僕は いいところが見つからない。伊藤さんはどうですか?」という質問なので、そのことだけ答えるね。10月、10・11・12日と、僕たちが毎年している、吃音ショートコースという2泊3日の合宿勉強会がありました。アドラー心理学を学んだのですが、その時の講師の先生が、講義の中で、参加者である僕たちにこう指示しました。
 「自分のいいところ、長所をできるだけ書いて下さい。少なくとも、20は書いて下さい」
 20以上と聞いて、「えええっ」という声が上がりました。

 僕はすぐにたくさん思い浮かびましたよ。
 もちろん、君のように小学5年生の時、同じ質問をされたら、君と同じように、悪いところはいくらでもすぐに浮かぶけれど、いいところなんて、何一つ浮かばなかっただろうと思うよ。それは、21歳まで、ずっとそうだった。
 だから、君がいいところが見つからないというのは、よく分かる。
 吃音に悩んでいた僕は、いじめられたり、からかわれたり、生徒会の副会長に立候補させられて、全校生徒の前でどもって笑われたりしてきた。だから、「僕なんて、最低の人間だ」とずっと思ってきた。長所なんて全然思い浮かばなかっただろう。

 君は勉強をしていますか。僕は、吃音にとても悩んでいたから、吃音ばかりが気になって、全然勉強しなかった。だから、勉強もぜんぜんできなかった。また、君は、クラスの何か委員をしていますか。僕は、飼育係、図書係など話すことに関係ない係もさせられたけれど、なまけて委員の仕事もしなかった。だから、クラスに何の役に立つことをしていない。クラスや学校で何の役にも立っていないダメな人間だと思っていた。君が勉強もして、クラスの委員もしているのなら、僕は君以上に、悪いことばかりがたくさん思い浮かんだと思う。

 今は、違うよ。僕のいいところはたくさん思い浮かぶ。
 たくさんの人と出会った。最低の人間だと思っていた僕を好きになってくれる女性が現れた。また、どもる人の会を作って、小学校や中学校時代にしなかった、世話役や、リーダーになった。そこで、僕はがんばった。すると、みんなが、「ありがとう」と言ってくれることが、だんだん増えてきた。できないと思っていたことが、どんなにどもっていても出来ることが分かった。
 僕がどもると、笑う人もいたけれど、多くの人がよく聞いてくれた。うれしくて、僕はいっぱい話した。そして、友だちといろんなことをいっぱいした。すると、「どもりながら頑張っている伊藤さんはステキだ」と言われたり、僕も、人のことが大好きになっていつた。そうして、今まで長く生きていると、自分の長所がたくさんあることに気づいたんだ。

 一番最初に思い浮かんがのは、何だと思う?
 きっと、びっくりすると思うよ。本当に、一番最初にこれが思い浮かんだので、すぐに書いた。「人前でオナラを平気でする」なんだ。これが長所? いいところだと思うかい?
 僕は、他の人と違うことが大好きだ。少しでも、他の人と違うところを見つけると、うれしくなって、僕の長所だと思ってしまうんだ。「人前でオナラをする」ことで、僕のオナラが嫌だという人も少なくないけれど、楽しいこと、いいこともたくさんあった。だから、オナラは僕の大きな特徴なんだ。
 こんなことでも長所になるのか、と考えたら、君にも人と違う何か、特徴はないかい。それは、きっと君の長所になると思うよ。
 ちょっと恥ずかしいけれど、その合宿の時に書いた僕の長所の一部を紹介しよう。


         僕の長所

 人前で、平気でオナラをすること。  好奇心がつよいこと。 人に優しい。 
 人に厳しい。 言いたいことを言う。 そっちょく。 正直。 ねばり強い。 
 打たれ強い。 人のこうげきにたえられる。 発想が豊かで、柔軟。 
 考え方がじゅうなん。 人前で話すのが好き。 人の話をよく聞く。 
 仲良くなったら、その人を大切にする。 好きなことにはやる気がある。 
 人前でもよく泣く。 人前で大きな声を出して笑う。 社会の不正や不正義によく怒る。 本をよく読む。 興味のあることにはよく勉強する。 人を大切にする。 
 自分のいいところも悪いところも人に話す。 自己開示をためらわない。 
 冗談をよく言う。 文章が書ける。 他の人と考えが方が違うことが平気だしも好き。 人見知りはするけれど、知らないところにも出かける。 戦争が大嫌いで、どんなことがあっても反対する。 世の中の常識にふりまわされない。 平和をなによりも大切にかんがえている。  
 暴力が大嫌い。 人に甘えることができる。 人に頼み事ができる。 
 人から何かたのまれたら、ほとんど断らない。 まずしくても生きていける。 
 10日くらいなら、何も食べす水だけで生きられる。
 できないことが多いので、人に助けてもらう。

 ここまで書いたら、その演習の時間は終わった。時間があればもっともっと書きたいことがたくさんある。君も、一生懸命さがしたらあると思うよ。

 君のお母さんや、担任の先生や、ことばの教室の先生が、君のいいところをみつけてくれてくれるんだけれども、「そんなの、僕のいいところじゃない」と君は、つい考えてしまうんだね。君のことを、君のことばの教室の先生から少し聞いたけれど、君のことをあまり知らないぼくでも、その話のはんいだけれど、いくつも見つけられるよ。
 お母さんたちに言ってもらった、いいところを、素直に「ぼくって、そういうところもあるんだ」と受け止められたらいいね。ぼくなんか、だれからもいいところを見つけてもらえなかったから、「僕はだめな人間だ」と考えたけれど、君はそうじゃない。言ってくれたことを、半分疑っていてもいいから、「ありがとう」って言おうよ。そして、半分、「そうかもしれない」と思えればいいね。
 それと、もうひとつ、「自分のいいところを見つけられない、僕はだめな子だ」と考えていないかい。今、「自分のことが嫌い」でも、いいと思うよ。
 いろいろと経験して、いろんな人と出会って、好きな人から「こういうところがステキ」と言われたら、これまで、君が「自分のよくない」と思っていたことが、オセロゲームの黒が、ばたはだと白に変わるように、変わると思うよ。今の、僕のように。あせらなくてもいいよ。

 「いいところが見つけられなくてもいいんだよ」

 君の答えて欲しかったことに、うまく答えられたかな。ちょっと自信がないな。分かりにくい話になったかもしれないね。ごめんね。この手紙を、ことばの教室の先生に送るから、読んで下さい。さようなら。元気でね。

 2009年11月1日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二