あなたはあなたのままでいい
2009年10月27日
「今から私がお話しすることは、そんなことできないと思うことがあるかもしれません。伊藤が、こういう実践がことばの教室でできればいいなあという理想、願いを話すので、できないことは当然あると思います。それはそれでいいと思います。
吃音は原因がわからず治療法もありません。とても指導が難しいと言われています。しかし、難しいと言うことは一方でやさしいことでもあります。つまり、自分で考え、自分で組み立てたやり方でいいわけですから、自分のやり方ができるということです。他人から、そんなやり方はだめだとか、変だとか言われる筋合いはありません。私も、もちろん言いません。あなたはあなたのままでいいのです。
明確な、指導理論と技術があって、指導法が確立しているのなら、その指導法を学び、訓練し、習熟しなければなりません。外科のように手術法が確立している場合、手術の腕の差によって、成功不成功の結果が明らかに違うでしょう。新人とベテランでは、治療効果が違うだろうと思います。しかし、吃音には、ベテラン、新人の差はありません。その人と、どもる子どもの関わりに違いがあるだけの話です。
今回の講演では、私はこのようにして子どもたちに接してきたということを話すのであって、単なる私個人の提案、願い、希望にしか過ぎません。このような決定的に素晴らしい方法があるというものではありません。
皆さんは、皆さんの日頃の実践に自信をもって下さい。
いつまでも、コントロールされた流暢性を身につけようと、「楽に、軽く、ゆっくり話す」ことを指導し、治す・改善にこだわるアメリカの公立学校のセラピストよりも、子ども全体について考える日本のことばの教室の方が、ずっと素晴らしいことをしていると私は思います。これでいいのだと確信をもってもらった上で、こんなこともあるのなら、やってみようかという、レパートリーを少し増やしてもらえればありがたいです。
私は一貫して一つのことを言い続けてています。それは「どもりを否定しないでほしい」ということです。世界吃音連盟では、自分自身が今なお吃っているにもかかわらず、「この世界から、永遠に吃音をなくしてしまおう」なんて言い出すリーダーがいて、それに同調しそうな動きがあって、私は断固反対しました。
私はどもりのない社会ではなく、「どもりがどもりとしてそのまま認められる社会」の実現を目指しています。これは35年前、「どもりを治す努力の否定」を提起してから一貫して変わっていません。
私の講演はこのような出だしで始めます。
岡山県の教員研修会に行ってきました。新幹線で岡山まで行き、山陽本線に乗り換えて笠岡駅まで、40分ほどのローカル線の景色を楽しみました。のんびりした気分になりました。倉敷を通り越して、もう広島の福山市の近くです。岡山県の西の外れに、岡山県下のことばの教室、難聴学級、情緒学級の人達が集まりました。とても熱心な人達です。
当初私は、聴覚・言語障害教育部会だけで話すことになっていたのですが、急遽、同じ場所で開かれる、情緒障害児教育部会の人達も、午前中の私の講演を聞いて下さることになりました。総勢90名ほどになりました。
群馬、静岡の流れで、私の体験、アドラー心理学、エリクソンのライフサイクル論に絡めて話しました。いつものように、全く用意もせずに、流れのままに話しますので、どこにどう話が飛んでいくか見当がつきませんが、一所懸命聞いて下さる熱意が伝わり、私も一所懸命話しました。バソコン、DVDも、私の希望で用意して下さったのに使わずに申し訳なかったですが、やはり私は、パワーポイントを使っての講演より、「じか」の相手とのやりとりをしながらの話の方がいいと改めて思いました。
午後の部は、聴覚・言語障害部会の人達だけです。吃音の言語指導について話しました。アメリカの吃音治療の現状と、私の吃音臨床の違いを、歴史をふりかえりつつ話しました。そろそろ、アメリカの言病理学を卒業し、日本の吃音臨床をみんなで組み立てていこうというのが私の主張です。よく、理解をして下さった感じがしました。
さらに、竹内敏晴さんから学んだ、日本語のレッスンについて話し、「私は あなたが 好き」と、いろんな言い方で言うなどの表現や、歌を歌って、表現することの楽しさを味わってもらいました。私は竹内さんのレッスンの中で、「歌のレッスン」が一番好きです。だから私たちは、竹内さんに「歌」だけのレッスンをしていただきました。竹内さんのようにはいかないけれど、この楽しさは伝えていかなくてはいけないと思いました。「ぞうさん」や「おててつないで」「シャボン玉」を歌って、あっという間に2時間は過ぎました。
後でいただいた、講演へのアンケートには、多くの人が、びっしりと感想を書いて下さいました。それを、帰りのローカル線の、乗客のあまりいない車両のなかで読み、とても幸せな気持ちになりました。吃音に関する私の、ある意味偏った主張を、こんなに、真剣に聞いて下さり、共感して下さる人がいる。本当にありがたいことです。
私を講師として呼んで下さった、研究会の皆さん、しっかり聞いて下さった皆さんに感謝しています。
2009年10月27日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
2009年10月27日
「今から私がお話しすることは、そんなことできないと思うことがあるかもしれません。伊藤が、こういう実践がことばの教室でできればいいなあという理想、願いを話すので、できないことは当然あると思います。それはそれでいいと思います。
吃音は原因がわからず治療法もありません。とても指導が難しいと言われています。しかし、難しいと言うことは一方でやさしいことでもあります。つまり、自分で考え、自分で組み立てたやり方でいいわけですから、自分のやり方ができるということです。他人から、そんなやり方はだめだとか、変だとか言われる筋合いはありません。私も、もちろん言いません。あなたはあなたのままでいいのです。
明確な、指導理論と技術があって、指導法が確立しているのなら、その指導法を学び、訓練し、習熟しなければなりません。外科のように手術法が確立している場合、手術の腕の差によって、成功不成功の結果が明らかに違うでしょう。新人とベテランでは、治療効果が違うだろうと思います。しかし、吃音には、ベテラン、新人の差はありません。その人と、どもる子どもの関わりに違いがあるだけの話です。
今回の講演では、私はこのようにして子どもたちに接してきたということを話すのであって、単なる私個人の提案、願い、希望にしか過ぎません。このような決定的に素晴らしい方法があるというものではありません。
皆さんは、皆さんの日頃の実践に自信をもって下さい。
いつまでも、コントロールされた流暢性を身につけようと、「楽に、軽く、ゆっくり話す」ことを指導し、治す・改善にこだわるアメリカの公立学校のセラピストよりも、子ども全体について考える日本のことばの教室の方が、ずっと素晴らしいことをしていると私は思います。これでいいのだと確信をもってもらった上で、こんなこともあるのなら、やってみようかという、レパートリーを少し増やしてもらえればありがたいです。
私は一貫して一つのことを言い続けてています。それは「どもりを否定しないでほしい」ということです。世界吃音連盟では、自分自身が今なお吃っているにもかかわらず、「この世界から、永遠に吃音をなくしてしまおう」なんて言い出すリーダーがいて、それに同調しそうな動きがあって、私は断固反対しました。
私はどもりのない社会ではなく、「どもりがどもりとしてそのまま認められる社会」の実現を目指しています。これは35年前、「どもりを治す努力の否定」を提起してから一貫して変わっていません。
私の講演はこのような出だしで始めます。
岡山県の教員研修会に行ってきました。新幹線で岡山まで行き、山陽本線に乗り換えて笠岡駅まで、40分ほどのローカル線の景色を楽しみました。のんびりした気分になりました。倉敷を通り越して、もう広島の福山市の近くです。岡山県の西の外れに、岡山県下のことばの教室、難聴学級、情緒学級の人達が集まりました。とても熱心な人達です。
当初私は、聴覚・言語障害教育部会だけで話すことになっていたのですが、急遽、同じ場所で開かれる、情緒障害児教育部会の人達も、午前中の私の講演を聞いて下さることになりました。総勢90名ほどになりました。
群馬、静岡の流れで、私の体験、アドラー心理学、エリクソンのライフサイクル論に絡めて話しました。いつものように、全く用意もせずに、流れのままに話しますので、どこにどう話が飛んでいくか見当がつきませんが、一所懸命聞いて下さる熱意が伝わり、私も一所懸命話しました。バソコン、DVDも、私の希望で用意して下さったのに使わずに申し訳なかったですが、やはり私は、パワーポイントを使っての講演より、「じか」の相手とのやりとりをしながらの話の方がいいと改めて思いました。
午後の部は、聴覚・言語障害部会の人達だけです。吃音の言語指導について話しました。アメリカの吃音治療の現状と、私の吃音臨床の違いを、歴史をふりかえりつつ話しました。そろそろ、アメリカの言病理学を卒業し、日本の吃音臨床をみんなで組み立てていこうというのが私の主張です。よく、理解をして下さった感じがしました。
さらに、竹内敏晴さんから学んだ、日本語のレッスンについて話し、「私は あなたが 好き」と、いろんな言い方で言うなどの表現や、歌を歌って、表現することの楽しさを味わってもらいました。私は竹内さんのレッスンの中で、「歌のレッスン」が一番好きです。だから私たちは、竹内さんに「歌」だけのレッスンをしていただきました。竹内さんのようにはいかないけれど、この楽しさは伝えていかなくてはいけないと思いました。「ぞうさん」や「おててつないで」「シャボン玉」を歌って、あっという間に2時間は過ぎました。
後でいただいた、講演へのアンケートには、多くの人が、びっしりと感想を書いて下さいました。それを、帰りのローカル線の、乗客のあまりいない車両のなかで読み、とても幸せな気持ちになりました。吃音に関する私の、ある意味偏った主張を、こんなに、真剣に聞いて下さり、共感して下さる人がいる。本当にありがたいことです。
私を講師として呼んで下さった、研究会の皆さん、しっかり聞いて下さった皆さんに感謝しています。
2009年10月27日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二