伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

吃音親子サマーキャンプ

〈とりあえず主義〉と〈言い置く主義〉

 僕の好きな精神科医、なだいなださんの、この〈とりあえず主義〉を読んだとき、そうだ、僕も同じだと、うれしくなりました。他人を変えることなどできないし、大勢の人に何かを伝えることもできない。でも、僕の目の前の人、僕に連絡をしてきた人には、精一杯、関わりたい。〈とりあえず主義〉と〈言い置く主義〉は、そんな僕の思いを言い表してくれている大切なことです。

      
とりあえず言い置く
                    日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

「ぼくはまだ未熟な医者です。もっと勉強しなければなりません。でも、勉強はそう簡単なものではなく、上には上があります。先輩をみて、せめてあれくらいの腕をもちたいと思っても、なかなか辿り着けません。かといってそこに辿り着いてから治療しようと思えば、その間、僕は医者としては働けません。未熟だけれど、とりあえず未熟なままで治療するほかはないのです。
 また、この病気はこうすれば治る、と自信がもてれば問題はないが、やってみなければ分からないのが治療です。この薬はこれまで同じようなケースでは効いていた。だから今度もとりあえず使ってみようと薬を出す。効かなければその時考えよう。8割方は効く薬を出すが、効かないことも有り得る。目の前のケースが効く人なのかそうでないかは、神のみぞ知るです」
               ―とりあえず主義とは―『ちくま』1998.10

 精神科医・なだいなださんは、このようにとりあえず行動する生活の姿勢をとりあえず主義といい、自らを《とりあえず主義者》という。
 私も、なださん同様、《とりあえず主義者》だが、さらに《言い置く主義者》でもある。
 大阪教育大学・特殊教育特別専攻科の集中講義で、吃音親子サマーキャンプの体験を話した時、途中で帰った高校生のことにも触れた。すると、人にはそれぞれ時期があり、花でもその成長を待たなければならない。性急にその高校生に迫りすぎたのではないか、との率直な指摘があった。
 吃音に悩み、何かを求めてきた4人の高校生に、その時は誰が時期尚早か判断できず、4人にとりあえず、キャンプを勧めたのだった。明らかに、集団に入るのはまだ厳しすぎると思う例も時にはあるが、それほど多くはないからだ。
 個人面接や大阪の吃音教室で、吃音について、私たちのこれまでの実践や考えてきたことを話す。とても共感し理解してくれる人もいるが、反発する人もいる。これまで信じてきた考えと、かなり違う主張は、自らの体験を通さなければ、受け入れることは難しい。吃音に悩む人に向き合ったとき、私がその人に何ができるかとても心もとない。「吃音症状」を軽くしたり、治したり、どもり方を変えるなど、とてもできないことだから、それはできませんとはっきりと言うことができる。また、吃音は治らないとは言えないまでも、私たちの吃音は治らなかったと、大勢のどもる人の体験をそのまま事実として伝えることはできる。治らなかったものを治らなかったとは言えても、「〜ができる」は、本人が行動しなければならないことだけに、言い切ることは難しい。
 「吃音は治らずとも、自分らしく吃音と共に生きることはできる。それを一緒に考え、行動することには私たちも一緒につきあえる」
 こう言われても、これまで、吃音が治らないと人生はないとまで思い詰めてきた人にとって、容易には受け入れられないことだろう。それを承知の上で、分かってもらえるかどうか分からないけれども、とりあえずは言ってみる。このように「言い置く」ことしか私にはできないのだ。
 20数年前までは、吃音に悩む人を前にして、自己の体験、多くのどもる人の体験をもとに、提案というより、「吃音を受け入れよう」と、説得をしてきたように思う。今は、とてもそのようなことはできなくなっている。
 人が他者の吃音を治したり、軽くしたり、どもり方を変えたりできないのと同じように、どもる人の生き方にっいて、他者が変えることはできない。
 私たちは自らの体験を語り、できるだけ多くの人の体験を紹介することしかない。その体験を知った人が、何に気づき、どう動くかは、その人自身のことなのだ。私たちの情報提供や提案に反発しても、私たちの考えは、体験はとりあえず伝える。
 その人が何かの壁にぶつかったり、吃音と直面せざるを得なくなったときがチャンスだ。その機会がその人に訪れた時、私たちが言ったことを思い出してくれればいい。時期尚早かどうかは、その人が決めてくれるものだと信じて、今日も、とりあえず言い置くことを続けている。(「スタタリング・ナウ」1998.10.17 NO.50)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/29

吃音親子サマーキャンプという場の力

 コロナの感染大爆発、そして、前日には感染者数過去最多を更新した8月19・20・21日、滋賀県彦根市の荒神山自然の家で、第31回吃音親子サマーキャンプを開催しました。2020年、2021年は中止したのですが、今年は3年ぶりに開催しました。ギリギリまで迷って、最終的には、参加を希望する人たちやスタッフの熱意に背中を押されて決断しました。ブログで、無事に終わったことを報告しましたが、参加しての感想がぽつぽつと届いています。読ませていただきながら、夏の3日間を思い出し、開催してよかったなと思っています。
 今日紹介するのは、1998年の第9回吃音親子サマーキャンプが終わって書いた巻頭言です。

     
直面すること
               日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「学校へ行くのが苦しい。いつ当てられるかと思うと、緊張してお腹が痛くなる」
 こう話す女子高校生の話は、2か月前の面接のときに、F君が話してくれたのとほぼ同じようなことだ。F君は、じっと聞く姿勢になるが、すぐに自分には関係ないというような姿勢に変わり、下を向いてしまう。
 自分と同じような悩みを、別の人が言っている。関心がないはずはない。自分を変えたいと思う一方で、これまで隠し、逃げてきた自らの問題に直面することが怖い。話し合いの2時間の間、彼はこの葛藤の中にいた。それは、その場にいた彼のからだが語っていた。F君は、サマーキャンプの直前まで、参加するかどうか迷っていた。「嫌になったら帰ればいいさ」の私のことばに救われるように参加を決意したのだったが、結局、2日目の朝早く、本当に途中で帰ってしまった。
 対人緊張や吃音に悩んでいることを親に決して知られたくないと、F君は吃音のキャンプであることを親に内緒にして参加した。
 途中で帰ることが、今の彼にとっては、精一杯の自己表現であり、生き延びるためには必要だったのだろう。途中で帰ったが、少なくとも2時間、F君は同じような悩みや体験をもつ高校生の話を聞いていた。またその夜、同じ悩みをもつ高校生と少しは話せた。そのことを何かのきっかけにして欲しいと願う。
 このF君の姿は、私の21歳頃の姿そのものだ。何かが出来ないのをすべて吃音のせいにし、それなりにバランスをとってきた私にとって、吃音を隠し、話すことから逃げる方が楽だった。吃音に直面することでこのバランスが崩れてしまうのが怖い。憧れの吃音矯正所の門を前にして、立ちすくみ、1時間以上も、ぐるぐると矯正所の周りをうろついたのはそのことへの恐れだったのだろう。
 キャンプの始まる前の1か月間に、偶然に4名の高校生の面接をした。タイミングがよかったのでキャンプへの参加を勧めた。親も、懸命に勧めたが、参加したのは2名で、そのうちの1名、F君は途中で帰ってしまった。
 「どもったままでいいというようなキャンプは傷のなめ合いだ。そんなところには絶対行きたくない」
 参加を頭から拒否した高校生の言い分だ。吃音に深刻に悩み、学校へ行けなくなっているにもかかわらず、治してくれるところならともかく、自らの吃音に自ら直面しなければならないようなことには拒絶反応を起こす。
 これら高校生に共通しているのは、吃音に直面してこなかったために、吃音を否定し、どもっている自己を否定していることだ。思春期・青年期に吃音に悩むのは、自分が何者か、何ができるか掴めないことにある。エリクソンの言う自己同一性が確立されないのだ。
 昨年、これらの高校生と同じように、必ず吃音を治すと、高額な横隔膜バンドを購入し、治す努力をしていたS君は、母親が一人でも参加するという熱意におされて参加した。彼は途中で帰ることなく、本人のことばによれば、3日間を耐えた。そして、今年も参加したが、「キャンプは僕の命の恩人だ。昨年、このキャンプに来なければ、僕はどうなっていたか分からない」と何度も“命の恩人”を口にした。彼はキャンプで吃音と直面せざるを得なくなり、この1年で彼は変わった。だから、F君が途中で帰ったことを、S君は自分のことのように悔しがっていた。
 小学校3年生からキャンプに参加しているMさん。ゆっくりした口調で話すため、のんびりやさんと思われているが、どもる人間としての、本当の自分をクラスの友達に知ってもらいたいと、あえて自分のどもりを作文に書いてみんなの前で読み上げた。
 吃音を隠し、吃音に直面することを避ける高校生と、どもる自己を否定せず、あえて吃音を公表する中学生。思春期の前段階である学童期に、吃音と直面することの意義を思う。
 吃音と直面するとは、単にどもる症状を再現したり、吃音についてオープンに話せばそれで済むということではもちろんない。(「スタタリング・ナウ」1998.9.19 NO.49)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/28

東日本大震災の被災地と遺構を訪ねる旅 2 宮城県女川町

 イーハトーブ花の郷を訪ねた翌々日、女川町に向かいました。嘉糠さんの他にもう一人、お会いしたいとずっと思っていた人がいました。嘉糠さんと同じように、阿部さんの家族の行方を捜していたとき、これまた偶然に出会った人でした。
 今野順夫 ひと 朝日新聞その方は、今野順夫さんで、福島大学学長をされていた方でした。阿部容子さんのお母さんのきょうだいで、今野さんは弟さんでした。莉菜さん、お母さんの容子さん、妹のひろかさんのこともよくご存知でした。今野さんとは、11年前だけでなく、その後、2015年9月21日付け朝日新聞の「ひと」欄に「ふくしま復興支援フォーラム」開催100回のことが掲載されたのを見て連絡したり、莉菜さんが生きていれば成人式を迎えたはずのときに連絡をしたりしていましたが、お会いするのは、初めてです。
 ネットで検索してみると、8月31日に、「ふくしま復興支援フォーラム」を開催されるとありました。200回を超える集まりを継続して開催しておられました。そのプロジェクトの代表でもありました。突然連絡してご迷惑ではないだろうか、やはりそう思ってしまいましたが、思い切って、メールしました。すぐに返信があり、福島に住んでおられる今野さんが女川まで来ていただけることになりました。僕たちのホテルからも女川は車で2時間のところです。
 フォーラムの前日の30日、お忙しい中、時間を作っていただきました。ゆっくり話ができるようにと予約してくださった「小さな珈琲店 GEN」に着くと、ちょうど今野さんも到着。店の奥の用意された一室でお話しました。今野さんは1944年5月2日生まれで、4月28日生まれの僕は、4日だけ年上でした。
 阿部さん一家の話、復興フォーラムの話、原発のこと、憲法九条の話、この年齢特有の病気の話など、話題は途切れることなく続きました。不思議なことに、初めてお会いしているという感じが全くせず、昔からの旧友に久しぶりに会ったという感覚でした。
今野順夫 2 慰霊碑今野順夫 1 今野さんの案内で、女川駅そばにある震災で亡くなられた方の名前が刻んであるメモリアルと、阿部莉菜さん、お母さんの容子さんが眠っているお墓へも行きました。そして、最後に、女川で図書館の取り組みをされていた容子さんたちの意思が形となった「女川つながる図書館」へ行きました。吃音に関する検索をすると、僕の本がありません。これはいけないと、寄贈する約束をしました。今野さんは、以前お送りした「どもる子どもとの対話〜ナラティヴ・アプローチがひきだす物語る力」(金子書房)を持ってきておられました。今野さんは、「ここに、女川町に住んでいた、親戚の阿部莉菜さんのことが書いてあるんだ」とページを広げて指し示しておられました。
今野順夫 3 つながる図書館今野順夫 4 図書館の中
今野さんと別れてから、震災2年後に来たときに訪れた高台の病院に行ってみました。女川病院という名前だったと思うのですが、今は、地域医療センターになっていました。ここから見下ろした女川の町は、当時は更地でした。建物がひっくり返ったままひとつだけ残されていました。山の斜面に「I love 女川」と書かれていたのが印象的でした。
今野順夫 6 墓碑今野順夫 5 墓 名前

 直後にはみつからなかった莉菜さんですが、後で、遺体がみつかり、DNA鑑定で、莉菜さんだと分かったそうです。お母さんはまだみつかっていません。

 亡くなった人は帰ってきませんし、生き残った人もそれぞれ大変な中を精一杯生きています。震災の前も、震災の後も、時間はとまることなく流れています。お墓に行き、手を合わせたことで、僕の中では、ひとつの区切りがついたような気はしましたが、生きたかったけれど生きられなかった彼女の無念さを共に感じながら、僕は、これからも、出会う人々に、彼女が残してくれた作文「どもってもだいじょうぶ!」を紹介し続けるつもりです。その旅に、終わりはありません。
今野順夫 7 女川病院
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/12

東日本大震災の被災地と遺構を訪ねる旅 1

イーハトーブ花の郷

 吃音親子サマーキャンプの感想はまだまだ他にもあるのですが、ちょっと話題を変えてみます。
 サマーキャンプのとき、参加者には伝えたのですが、キャンプが終わった翌日から、長旅に出かけました。ずっと行きたいと思っていた東北への旅です。
 東日本大震災の2年後に、女川町、石巻市に行きました。瓦礫はほぼ片付けられ、更地になっていましたが、まだ大きな船が家の上にのりあげている状態だったり、津波に遭った高校の教室の破壊された様子がむき出しのままでした。カーテンが引き裂かれたまま風に揺れていたのが印象的でした。交番が傾いたままだったりで、大震災と津波の大きかったことが容易に想像できる状態でした。大震災から11年、一度訪れてから9年、どうなっているか、自分の目で確かめてみたいと思っていました。
 今年のサマーキャンプの卒業式は、コロナで中止になった2年分の卒業生も含めて、6人の卒業生に、卒業証書を渡しました。その冒頭、全く予定していなかったのですが、僕は、キャンプの翌日から東北を旅することもあって、宮城県女川町から吃音親子サマーキャンプに3年連続して参加し、2011年3月11日の津波に巻き込まれて亡くなった阿部莉菜さんの話をしました。キャンプ卒業の条件は、3年以上参加することになっていますが、阿部莉菜さんはその条件をクリアしていました。卒業の資格があったのに卒業できなかった莉菜さんの無念さ、卒業証書を渡すことができなかった僕の悔しさを、話しました。彼女が生きていた宮城県女川町にもう一度行きたかったのです。

 サマーキャンプが終わった翌日、名古屋港から仙台港に向けて、フェリーを利用しました。どちらかといえば、フェリーは苦手で、車で陸路を走ることが多いのですが、体を休めるためにフェリーを利用することにしたのです。疲れていたためか、ぐっすり眠れました。
イーハトーブ 4 仙台から車で北上する予定で、道路地図を見ていて、小岩井農場をみつけました。小岩井農場の近くの雫石町に、訪れたいと思っていたペンションがあることを思い出しました。ペンションの名前は、「イーハトーブ花の郷」です。そのペンションのオーナーと知り合ったのは、阿部さんの家族が津波に巻き込まれ、行方が分からず、探していたときでした。そのときの詳細の記憶は薄れているのですが、阿部さんの家族と親しい関係にある方でした。ペンションに来てくださいと言われていて、行ってみたいと思っていたのです。
イーハトーブ 1イーハトーブ 2 あれから、11年も経っています。あのとき、連絡を取ったきりでその後は全く連絡していません。今更連絡しても、覚えていてくださるかどうか、突然連絡しても迷惑だろうと、ずいぶん迷いましたが、だめで元々と思い、残しておいたメールアドレスに、メールを送信してみました。すぐに返事がきました。ペンションは、コロナの関係もあり、泊めることはできないが、阿部さんについてのお話はできるとのことでした。宿泊しているホテルから車で2時間くらいの場所でした。小岩井農場を過ぎて、ペンションが並んでいるところに、「イーハトーブ花の郷」はありました。オーナーの嘉糠くに子さんが迎えてくださいました。
 嘉糠さんがペンションを始められたのは、1991年6月のこと。それまでは、宮城学院にお勤めでした。そこに、阿部莉菜さんのお母さんの容子さんがおられたのです。容子さんの同期の学生が仲がよくて、よく、嘉糠さんのペンションに集まっていたとのことでした。写真も見せていただきました。ペンションは、広くて、緑が美しく、庭が広くて、本当にすてきな所でした。一日中、ぼけーっと坐っていても飽きないだろうと思えるくらい、自然に溶け込んで、まさに、宮沢賢治のいうイーハトーブです。
イーハトーブ 3イーハトーブ 5 容子さんのこと、莉菜さんのこと、嘉糠さんご自身のこと、宮沢賢治のこと、イーハトーブ花の郷を始められたきっかけ、イーハトーブ花の郷で大切にしたいと思っておられたこと、たくさんお話を聞かせていただきました。意外な人の名前も出てきました。竹内敏晴さんと僕たちは長いおつきあいでしたが、その竹内さんから、よく聞いていた名前、林竹二さんの名前です。嘉糠さんの5歳上のお友達のお父さんが林竹二さんだというのです。おもわず、えーっと大きな声をあげてしまいました。林竹二さんは、元宮城教育大学学長で、ソクラテスの問答法を下敷きにした人間形成論を構想し、子どもたちに実際に授業をした記録が残っています。晩年は、足尾鉱山事件の田中正造に関心を寄せ、評伝を書い人です。怖い人だったけれど、一生懸命の人だったとおっしゃってました。不思議なつながりってあるのですね。
 ペンションはもう閉めるとのことで、誰かこのまま譲り受けてくれる人はいないだろうかと相談されましたが、僕たちがもう少し若かったら、30代なら、と考えないこともないですが、78歳の今では無理な話です。でも、ほんとにいい所なので、営業されているときに来ればよかったと、悔しい気持ちでいっぱいでした。
 話はあちこちにとびましたが、楽しい時間でした。
イーハトーブ 6 会いたい人には、とりあえず連絡してみる、というのが今回学んだことでした。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/11

吃音親子サマーキャンプの感想〜どもる人の立場から〜

 吃音親子サマーキャンプの参加者は、どもる子ども、その親、親に代わる大人、ことばの教室担当者や言語聴覚士などの臨床家、そして、どもる人たちです。どもる経験をもつ人なら誰でもいいというわけではなく、きちんと自分の吃音と向き合っている人、それなりに自分の問題を処理している人、僕が書いた本やニュースレターをよく読み、僕の考え方をよく理解している人、吃音を学び続けている人に限っています。多くは、大阪吃音教室の人たちです。
サマキャン 親の学習会 僕たちは、同じようにどもる仲間と出会い、自分ひとりではなかったとほっとし、仲間との対話を通して生きる力を得てきました。この経験をぜひ子どもたちも味わってほしいと願って、サマーキャンプを始めました。サマーキャンプに参加したどもる人は、よく、子どものときにこんなキャンプがあったらなあ、今参加している子どもたちがうらやましいと言います。
 吃音親子サーキャンプのように、どもる人と臨床家が対等な立場で取り組むキャンプは世界的にも珍しいものです。立場の異なる人が対等な立場で取り組むというところに、サマーキャンプのいい味が出ていると思います。
 今日は、初めてサマーキャンプに参加したどもる人の感想を紹介します。


 
親のグループでの話し合いで、親の様々な思いに触れた。私の親は、私の吃音のことをどのように考え、どのような思いであっただろうか。親の思いについて考えたことがなかった私に、新たな視点を与えてくれた出会いだった。
 子がどもっていると、親は子の将来を心配する。キャンプの参加歴の浅い親は心配だと言うが、参加歴の長い親は心配していないと言う。話し合いでは、参加歴の長い親御さんが、ご自身の経験を積極的に語っておられ、皆さん熱心に聞いておられた。子どもの成長以外にも、キャンプではこのようにして参加歴の長い親をモデルに皆さん様々なことを学ばれて、行く行くは、我が子の将来に心配はないと思うことができるのだろう。
 ある父親は、息子の吃音をどうにかしようということではなく、息子の元々持っている強みを生かして、彼自身の力で生きていけるよう願っておられるように、強く感じた。その親の疑問にお答えするかたちで、私は親友と出会い、あるとき私の話を後日、面白い話だったと彼に言ってもらい、伝わった実感を経験できたことから私が話をすることを楽しいと思えるようになったというお話をさせてもらった。その親は、今回そういうことを知りたかったんだ、と大変喜んでくださった。私は自分の経験を誰かに聞いてもらえるだけでもありがたいのに、私の話を聞けて良かったと言っていただけて、うれしかった。
 1度目の話し合いのあと、次の活動までの間のわずかの時間、その親が声をかけてくれた。私は話をするときに身振り手振りが大きい、よく動く、と言われることがある。その人は、マスクをしている今の世の中ではそれは強みだと言ってくれた。その人自身も、マスクをつけている時は身振り手振りを普段より多く用いているそうだ。これからの世の中、マスクの有無は関係なくそのような伝える力が重要になってくると思う。
 2日目午前、吃音親子サマーキャンプに初めて参加する新人スタッフのための研修で、私は「ひとりでぽつんとしている子に、話しかけた方がいいだろうと思う一方で、話しかけられたら、相手が迷惑に感じないだろうかとも思ってしまって、話しかけられない」と話した。その自分の課題を皆で共に考えてもらう機会がなかったら、あの場で相談できていなかったら、私にとって、その後のキャンプは全く違うものになってしまっていただろう。1人でいる子に声をかけることができず、モヤモヤしたものを抱えながら、人見知りをしない積極的な子たちと触れ合っていただけになってしまっていたかもしれない。そう考えると恐ろしい。新人スタッフ研修を初日に行うのではなく、2日目の朝というのも、限られた時間の中に上手く組み込まれたスケジュールだと思う。31年の歴史と文化に救われた。
 入浴は、大阪のベテランの皆さんと一緒になった。皆さん、湯船にかわるがわる浸かりながら、ずっと吃音の話が繰り広げられていた。身体を洗いながら話を聴いていた人も、そっと湯船に足を踏み入れながら自然に会話に入ってくる。自分もその輪に入れてもらった。楽しくて、うれしくて、のぼせるのを覚悟してしばらく湯に浸かっていた。障害者手帳の話、どもる人に就けない仕事はないという話など、みんな裸で吃音のことを話題に盛り上がる。そんな経験は今までしたことがない。「どもりの湯」に肩まで浸かり、癒されたひとときだった。
 初めて演劇というものに取り組んだ。小中高と演劇の機会がほとんどなかったこともあるが、演劇に取り組むチャンスがなかったわけではない。意図的に避けてきた。どもる自分にはできないと思っていた。セリフが言えなくて恥ずかしい思いをしたくなかった。大人の劇を作り上げていく過程を見学させてもらい、皆それぞれのイメージや気持ちを出し合いながら、共有し、一つの作品を作っていくことのおもしろさを感じた。しかしそれを自分たちの力で一からできるのか、大きな不安も感じていたが、皆それぞれの関わり方で、共に一つの作品を創り上げることが出来た。
 あの短い時間で、自分たちの力だけで達成できたことに驚いた。上演の際には、冒頭、自分も舞台に上がり、庭に咲く花を演じ、その後は舞台袖で皆の演じているのを見届けた。その舞台袖からの景色と、幸せな気持ちは忘れることが出来ないだろう。吃音親子サマーキャンプに参加することができたら、何らかのかたちで自分も演劇に取り組んでみたい、挑戦したい、と思っていた。しかし、コロナで今回は別の表現活動に取り組むとのことで、それはそれで楽しみであったが、土壇場で演劇が組み込まれた。今回、思いがけず演劇に取り組めたこと、それを自分達の力でやり切ったことは、私にとって非常に大きなことだった。
 親の皆さんの全力のパフォーマンスも楽しかった。話し合いの場では悩みや子の将来への不安などを切実に語っていた方々の楽しそうな姿。親が頑張っている姿を見せたいとの思いもあるのだろうが、何より、本人たちが楽しんでいるように見えて、観ている私も楽しいひとときだった。
 中学生のSさんとは、朝一緒に野球をした。一緒に野球をしたのでその後も話しかけやすく、その後も顔を見るたびに言葉を交わした。その時もよくどもっていたが、演劇での彼の姿を目の当たりにした時、私自身の最も声を出すことに苦労した頃のことを急に思い出した。同じ年頃のとき私も同じように難発が強かった。私は言いたい言葉が出ない時、強引に出そうとすると身体に力が入り、息もできず苦しかった。その姿をさらすのが嫌で話すのを諦めていた。しかし、S君は諦めない。セリフの語尾の「〜だぜ」まで言い切ることを諦めない。彼に自分の姿を重ねて見ながら、自分が言いたいことを言わずに諦めていたこと、恐ろしい演劇から逃げていたことを思った。自分には言えない、できないと諦めていたことのなんと多かったことかと愕然とした。しかし、今回初めて演劇に取り組むことができた。アイデアを出し合い、皆の力を合わせ、各々が表現し、また、皆で一つのものを表現する。この楽しさ、おもしろさを初めて体験できてよかった。そして、S君だけでなく、皆の、セリフを言い切る意志の強さに心を打たれ、その姿を静かに見守っている場の力に自分も包まれていることを感じ、どうしようもなく涙があふれた。

 3年以上参加して、高校三年生になったときに行われる、卒業式。卒業生のスピーチでは皆が自分の言葉で自分の思いを語る姿を目の当たりにした。自分にとっての卒業の課題に向き合い、今回挑戦できたことで、これでちゃんと卒業できる、と語っていた男の子もいた。自分の同じ歳の頃、私はあのように語ることはできなかっただろう。あのような言葉を私は持っていなかった。卒業生のあの力は、きっとキャンプを通して培われたのだろう。キャンプで仲間と出会い、思いを語り合い、皆で共に考え、演劇に取り組み表現を学び、それぞれの生活の場に戻っては、自分の頭で考え誠実に生きた来たのだろう。大人の社会でも、あのような場で、あれだけ自分の言葉で語れる人がどれだけいるだろうか。
 卒業生はもちろん、どもる子どもたち、どもる大人たちの声の豊かさに気付かされたのは、私が日常の生活の場に戻ってからだ。職場では私の隣で、どもらない同僚が新人に仕事を教えているのだが、やり取りしているその声が、2人とも全く聞こえてこない。キャンプではあちらこちらで声が飛び交っていたのに、これはどうしたことなのか。新人に声をかけて話をしてみても、仕事上防塵マスクをしているとはいえ、なんと言っているかわからない。防塵マスクの壁を越えて声を届けようという気がなさそうに見える。そもそもそんなことを思わないのか。どもる子どもたちの話す言葉には重みや力強さを感じる、と成人のどもる人は言っていた。私もそれは感じていたのだが、どもる人達の声、ことばは、激しくどもりながらでも一言ひと言よく届いて来ていたのだと、キャンプを離れて改めて実感できた。どもる人には、話す、伝える、声を出す、ということに向き合う機会が訪れる。その際、逃げずに向き合ってきた人たちの持っている声は、みなよく届き、人を捉える力があるように思う。

 仕事をしながら、2日目午前の新人スタッフ研修のことを振り返っていたとき、ハッとした。吃音親子サマーキャンプで大事にしている、3つのことば、「あなたはあなたのままでいい あなたはひとりではない あなたには力がある」。ひとりでいる子に声をかけることができなかった、どうすればいいかわからなかった、という自分自身の課題を、対等に、共に考えてもらい、課題を明確にすることができ、自分の課題に向き合い、チャレンジする覚悟ができた。それからは、見える景色が変わった。声をかけていいのか、彼に自分が関わっていいのか等という、結局は自分が失敗したくないという自分本位な考えを捨てられた。自分本位な考えを捨てることができたことで、不全感を抱えることなくキャンプを終えることができた。私は、私として、残りの2日間を生きることができた。
 この経験は3つのことばそのものではないか。今まで何度も何度もふれては考えて来たことばであったが、初めて、「わかった!」と思えた。この3つのことばは、ただのことばではない。あの場に間違いなく「ある」ことばなのだ。サマーキャンプの場には、この3つのことばが様々なかたちで満たされている。参加者は、子も兄弟も親もスタッフも、皆それぞれの経験の仕方、捉え方で感じているに違いない。

 日本吃音臨床研究会のニュースレター「スタタリング・ナウ」で、吃音親子サマーキャンプ報告やエピソードを読むたび胸が熱くなる経験をして来た。吃音の体験文集や、ことば文学賞の作品にふれる時もそうなのだが、ハッピーエンドの物語だから感動するわけではない。悩みの中にいる時、苦しい時、何かきっかけを得て一歩を踏み出す時、様々な状況のなかで皆、吃音と共に一所懸命に生きている。その姿にいつも心を打たれるのだ。吃音親子サマーキャンプは、実際にその場に行ってみたい、私にとって憧れの場だった。参加できることを夢見て、キャンプが行われるであろう日の予定はずっと空けていた。参加することができて、子どもたちが活動に取り組む姿、兄弟を思いやる姿、親の子に対する思い、スタッフのキャンプに対する思いなどに直にふれることができた。そして、それぞれが生活の場で懸命に生きているということを改めて思い知らされた。自分も今ある力で、自分と向き合い、周りと関わり、生活を大切に、誠実に生きていきたいと、力をもらった。
 何か困難なことがあった時、吃音親子サマーキャンプの出会いや経験が活かされ乗り越えることができるんではないか。今、そう思えるほど、私にとって大きな3日間だった。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/02 

吃音親子サマーキャンプに参加して

 スタッフ側の吃音親子サマーキャンプの感想を紹介してきました。
 今日は、初めて参加した人の感想です。キャンプの翌日に届いたこの感想は、僕たちが、迷ったけれど開催してよかったと心から思えるものでした。スタッフのみんなに、この親子の思いが届くといいなあと思います。そして、来年の夏につながりますように。

 
3日間お世話になりました。
 吃音親子サマーキャンプには、初めての参加で、旅慣れしていない私たち家族は、まず、準備することから大変なことでしたが、終わった今振り返ると、親子ともども、とても大きな経験をさせていただいたなと思っています。
 娘に感想を聞くと、「楽しかった! 自分の他にもどもっている人はたくさんいることがわかった。また来年も行きたい!」と言っていました。
 この感想を聞けただけで、私は、思い切ってキャンプに参加して、よかったなと思います。

 小4は1人だけで、女の子もいませんでしたが、ご卒業後スタッフとして参加されていた方々、またスタッフの皆様のあたたかさがあってこその、娘の発言だと思います。
 吃音の話を聞いていると、人生の生き方を教えていただいているようで、吃音あるなし関係なく、心に響くものでした。

 勇気を持って一歩を踏み出す。とにかく声を出すことが大事。自分にとってマイナスと捉えている部分も、自分の一部、特徴として、見方を変え、受け入れる。そして、受け入れた時に、見え方が変わってくる。

 人生の生き方そのものだと思います。そして、ここに至るようになるには、自分が自分と向き合い、葛藤や苦しみを乗り越えることが不可欠なのだろうなと思います。
 娘も自分で苦しまないといけないときが必ずくると思います。でも、勇気を出して、向き合って、自分の一部と捉えることができた時、それはとてもすごいことだと思います。
無敵です。

 私にとっても、参加前と参加後では、心が前向きになるという変化がありました。夏季休暇前、色々あり心が疲れてしまっていました。初参加だったことや慣れない環境で、正直疲れもしましたが、なぜか心は軽やかになっています。まるでセラピーに行ったようです。
 また明日から、日々の生活が始まるわけですが、この3日間でいただいた『活力』を、忘れないようにしたいです。本当にありがとうございました。すべてのスタッフの皆さまに、改めて心より感謝申し上げます。

 また来年も、キャンプが開催されることを、期待して、、、この1年、頑張ろうと思います。本当にありがとうございました。(小4女の子の母親)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/01

吃音親子サマーキャンプを終えて〜千葉のことばの教室担当・渡邉美穂さんからみたサマーキャンプ〜

 渡辺貴裕さんと同じくらいの参加回数の渡邉美穂さん。吃音親子サマーキャンプには、初めは、教室に通う子どもたちのために何か得られるのではと思い、参加したとのことですが、いつの間にか、そのおもしろさにはまってしまい、今では、もう自分のために、自分がおもしろくてたまらないから参加していると、よく言っています。そんな渡邉さんの感想を紹介します。

 コロナで2年中止になった吃音親子サマーキャンプが3年ぶりにできてよかったと思いました。いろいろな不安もあったかもしれませんが、開催の決断に感謝します。
 毎年参加しているサマキャンですが、1年ぶりに会うといろいろな出来事があったことをいつも報告し合います。今回は、3年ぶりですからたくさん報告し合うことがありました。
 子どもだと思っていた子が大人になっていることが多かったかな。また、卒業生がスタッフになってみんなに声をかけている姿、ほほえましく思いました。
出会いの広場 渡邉美穂 

















私の担当は、最初のプログラムの「出会いの広場」です。全国から集まってきているので、初めて参加する人、緊張している人などが少しでもリラックスできたり、仲良くなったりできるように考えています。
 はじめは、一人でできるじゃんけんゲーム、二人でできる手遊びなどから、最後は、グループを作って、テーマに合ったパフォーマンスをしていました。今回は、コロナ禍ということで、密になったり、触れ合ったりしないで行おうと考えました。最後のパフォーマンスは、代表者がジェスチャーをして何をしているかを当てるクイズにしました。
 2人に出てきてもらって、1人は「うさぎ」、もう一人は「かえる」というように似ているけれど、違いを強調してジェスチャーをしてもらいました。「そばを食べている人」と「スパゲッティを食べている人」や「プールで泳いでいる人」と「海で泳いでいる人」、「アイスを食べている人」と「かき氷を食べている人」というように、2人が違いを意識して表現し、その違いをみんなが読み取りました。初めて参加した小学生が率先して参加してくれたので、とてもよかったです。

 それから、今回は劇を急に行うことになり、「がまくんとかえるくんシリーズ」のお話だったのでかえるのお面を用意しようと準備しました。いつもは、鈴木さんや西山さんが準備してくださっているので、鈴木さんに相談しました。絵を描いて写真を送ってくださったので、それをもとに画用紙でお面を作りました。当日は、これまで鈴木さんがつくってくれたカエルや、鳥、カラス、うさぎなどのお面のかぶりものというか、帽子をアレンジして縫ったものを溝口さんが持ってきてくれたので、「やっぱり違うな」と鈴木さんのすごさを感じました。
 スタッフは、初日、トータル1時間弱の練習で「お手紙」というお話を上演することができました。
 次の日からは、がまくんかえるくんシリーズの他の話3つを、子どもたちと一緒にグループごとに練習しました。これまでは、渡辺さんの演技指導を子どもたちに伝えるという劇の練習の仕方だったのですが、今回は、グループのスタッフでどうしようか?と話し合ったり、子どもたちとこれまで以上に意見を出し合って練習をしました。どうなることかと思いましたが、セリフを覚えて楽しそうに演じたり、アドリブを入れて笑いを誘ったりする子どもたちの様子を見ることができてうれしかったです。
 最後の振り返りでは、サマキャンが開催できなかったことで高校3年生として卒業式ができなかった子を含めて6人の子が卒業しました。
 一人一人のことばが、心に響きました。特に、私の劇のグループだった子が「今まで苦手だと思っていたナレーターにチャレンジできてよかった」と話していました。劇の練習では、さりげなく「ナレーターやります」と言っていたのですが、これまでどもるから演技でなんとかしてきた劇で最後だからことばだけで伝える「ナレーター」にチャレンジして、よかったということだったのです。
 そんな思いをもって劇に臨み、練習をしていたのだと最後に知らされ、ぐっときました。個々に思いやドラマがあるなと実感しました。
 やはり、今回も劇に取り組んだこと、サマキャンが開催できたことは、本当によかったと思いました。
 伊藤さんは、今回が最後だと思っていたと言っていましたが、来年もやると言ってくれたので、また新しいドラマが生まれる現場に行きたいな、行けるなとうれしくなりました。また来年、みなさんと会えることを楽しみにして、1年、過ごしたいと思います。
 3日間の出来事は、まだまだあります。また、報告していきます。(渡邉美穂)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/31

吃音親子サマーキャンプを終えて〜東京学芸大学教職大学院准教授・渡辺貴裕さんから見たサマーキャンプ〜 2

 昨日に引き続き、渡辺貴裕さんの、今度はNoteに投稿されたものを、許可を得て紹介します。
 文面から、子どもたちの話をよく聞いてくださっているのが分かります。それも、その子が小学校低学年の頃からずっと継続して参加してくださっているので、長いスパンでのかかわりとなります。話し合いや演劇の練習は、それぞれグループに分かれて行うので、自分自身が担当している所以外の様子が分かりません。こうして、言語化、文字化していただくことはとてもありがたいです。2年前に卒業するはずだった男の子の話です。吃音のことを考える上で、また、人と人とのかかわりやコミュニケーションのことを考える上で、大切なことが含まれていると思います。

吃音の高校生、撮り直し可のプレゼン動画提出と一発勝負の対面面接、どちらを選ぶ?

 第31回吃音親子サマーキャンプにスタッフとして参加してきた

 「吃音とともに豊かに生きる」ことを掲げる日本吃音臨床研究会(代表:伊藤伸二)が主催する行事だ。

 このキャンプには、学生のときからもうかれこれ20回以上参加してきた。昨年・一昨年はコロナ禍のため中止。今年も、開催するかの判断はギリギリのところだったが、なんとか再開にこぎつけた。

 滋賀県彦根市の荒神山自然の家に、全国から、どもる子どもたちと、そのきょうだいと、その親、スタッフ(どもる大人やことばの教室の教師、言語聴覚士など)が集まり、2泊3日でみっちりと吃音と向き合う。
 子どもたちは、吃音について話し合いをしたり作文を書いたり、劇の練習と発表をしたり、山に登ったり。親も、話し合いと学習会とプチ表現活動がある。
 スタッフは、何かをしてあげたり教えたりするような存在ではない。たしかに話し合いのファシリテートや劇の練習のリードはするが、スタッフも一参加者としてここに(同じ参加費を払って)学びに来ている。伊藤伸二さんが大事にする「対等性」。伊藤さん含め、誰に対しても「先生」呼びはしない。
 今年もなんとか活動の柱は変えずに、約80名の参加者ら(例年より小規模)と共に、3日間のプログラムを実施することができた。

 さて、そんなキャンプで、今回一つ印象に残ったこと。
 小学生のときからの参加者で、無事AO入試で第一志望に合格して、大学生となって今回のキャンプに来ていた男の子の話。

 そのAO入試、元々は対面での面接が予定されていたのが、コロナ禍の影響で、15分間のプレゼン動画の提出になったらしい。どもりまくって内容が飛んだりで撮り直してを繰り返して、結局、彼は動画の作成に丸2日間かかった。最終的にもたくさんどもった動画だったが、中身に関しては、やりきったと思えるもの、自分が出せるものを出し尽くしたと思えるものになったらしい。そして無事合格。達成感を得たという。

 そんな彼に、気になったことがあって聞いてみた。

 動画提出なら、思いっきりどもったとしても何度でも撮り直すことができるわけだけれど、それと、元々予定されていた対面での一発勝負での面接、もしどちらか選ぶならどっちを選ぶ?

 彼は即答した。

 
絶対面接です。


 撮り直すことでより整ったものを出せる選択肢があったとしても、彼はそれよりも、一発勝負の対面面接を選ぶという。彼はこう言う。

 
相手の反応を見ながら、「ここもうちょっと話したほうがいいかな」とか調整して話すことができる。相手なしでカメラとマイクに向かってしゃべるのはしんどい。「もう一回」とかしていると、よけいどもって、ドツボにハマっていく。


 んー、まあ、彼は元々人に積極的にかかわっていくほうだしなと思って、大学生&高校生グループの話し合いのときに、他の子たちにも聞いてみたら、「私も対面がいいです」だった。
 理由は同じ。「相手に合わせてしゃべるほうがしゃべりやすい」。

 キャンプに何度も来ていて自身の吃音を一定受け入れている子たちだからなのか、あるいはこれが一般的傾向なのかは分からない。
 が、これは、第三者による勘違いを招きやすいポイントでもあるのかなと思う。
 つまり、「どもる人たちは、できるだけどもらずにしゃべる姿を見てもらえるほうがよいだろうから、撮り直しがきく動画作成と提出のほうを好むだろう」といった一方的な思い込みだ。場合によっては、それを「合理的配慮」とさえ呼ぶかもしれない。

 けれども、少なくとも今回来ていた子たちは、たとえやり直しはきかなくても、人と直接しゃべることができるほうを選んだ(そもそもそのほうが楽にしゃべれる、一人でカメラに向かってしゃべるとめっちゃどもる、というのもあるようだが)。

 ことばは人から人への働きかけだ。
 望ましいとされる型に近づけてしゃべれるようにすることがゴールでは決してない。
 このことを忘れて、教師や専門家は、ただ見かけ上のなめらかさをよしとしたりそこを目指させたりしてしまってはいないか。
 あらためてそんなことを考えさせてくれる出来事だった。

【補足 
 一つ前の2019年の第30回キャンプを朝日新聞に取り上げられたときの記事。このときには、まさかその後2年間、感染症の流行のためにキャンプが開けなくなるなんて、思ってもみなかった。

吃音の子 ありのままの君で 親子キャンプ30回目:朝日新聞デジタル
 吃音(きつおん)を隠さなくてもいいんだよ、そんな子どもを丸ごと受け止めようよ―。言葉をうまく出せない子どもとその親が全国から集う年一回のキャンプが30回目を迎えた。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14160633.html?iref=pc_ss_date_article

【補足◆
workbook cover『親、教師、言語聴覚士が使える、吃音ワークブック』(解放出版社)。吃音と共に生きていく子どもを支えるための1冊。キャンプの話も登場する。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/28

吃音親子サマーキャンプを終えて〜東京学芸大学教職大学院准教授・渡辺貴裕さんから見たサマーキャンプ

 大学生のときから吃音親子サマーキャンプに参加してくれている渡辺貴裕さんのFace bookの記事を紹介します。渡辺さんは、吃音との接点はなかったそうですが、僕たちが大阪で開催していた、竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」への参加がきっかけで、学生時代からキャンプに参加するようになり、今に至っています。
 僕たちの良き理解者であり、大切にしている表現活動・演劇の担当をしてくださっています。長年、竹内敏晴さんが脚本を執筆し、事前レッスンとして合宿で演出してくださっていました。その竹内さんが亡くなり、さて、吃音親子サマーキャンプの大きな柱である劇の稽古と上演のプログラムをどうしようと思っていたとき、「引き継ぎましょう」と言ってくれました。以来、僕たちの演劇活動を支えてくださっています。
 渡辺さんの許可を得て、渡辺さんの書かれた、吃音親子サマーキャンプの報告をそのまま紹介します。

第31回吃音親子サマーキャンプにスタッフとして参加してきた
荒神山 写真 渡辺さん
 滋賀県彦根市の荒神山自然の家で開かれる2泊3日のこのキャンプには、学生のときから毎年もう20回以上参加してきたのだが、去年・一昨年はコロナ禍のため中止になっていた。
 今年も、開催できるどうかスレスレのところだった。が、主催者の伊藤伸二さんが「行動制限が出されない限り実施」という方針を固め、開催。3日間、どもる子どもたちやそのきょうだいとその親、スタッフ(どもる大人やことばの教室の教師、言語聴覚士など)が集まり、吃音について話し合いをしたり、作文を書いたり、劇の練習と発表をしたり、山に登ったりする。親は学習会がある。
 劇は、今年は、スタッフの事前合宿もできなかったため難しいんじゃないか、となっていたのを、開始10日ほど前の打ち合わせで急遽実施する方向になった。
 そんなわけで、大枠ではほぼ例年通りの内容だ。参加者は少し少なめの約80名。
 初日のスタッフ顔合わせのミーティングで、キャンプ卒業生であり今は理学療法士をしているスタッフが、
 「3年ぶりなんで、ここに来られるだけで泣きそうなんですけど」
と言っていた。
 私は彼が小学生のときから知っていて、どもりまくりながら(正確には、難発でなかなか声が出てこないなか)真っ直ぐにセリフを届けようとする姿、普段学校の友達とはできないような吃音に関する話を同年代の仲間らとしてきた姿を知っている。参加者としても、大学生以降のスタッフとしても、キャンプを大事に思ってきたことを知っている。そんな彼の率直な言葉が私の胸にも刺さる。
 また、私自身、3年ぶりの再会、3年ぶりのこの場にグッとくる。
 休止前、高校生で「医者を目指します」と言っていた女の子が、1浪のあと無事医学部に合格して勉学に励んでいた。小さい頃からキャンプに参加して生き物が大好きだった男の子が大学生になって海洋学部に入っていた。それぞれ、入試のときの面接やら入学後のプレゼンやら苦労もしているが、吃音と共にしなやかに生きている。
 そして、キャンプは、私自身、素の自分でいられる場だ。「大学の先生」うんぬん関係なく、気楽に子どもとも親ともスタッフともかかわれる。その心地よさ。キャンプ自体、伊藤さんの方針で「対等性」を大事にしていて、「スタッフが何かをしてあげる場」ではないことに価値を置いているのだが、そのなかで過ごすことで、自分の大元に立ち戻れる気がする。
 私が自身の専門としても「評価する−される」「助言する−される」とは異なる関係性での実践を通しての学びや対話を追究していることの原点の一つは、この吃音親子サマーキャンプにある。
 キャンプは、全員が1日2回の検温をしたが、一人の発熱者も出ることなく、無事終了。
 他にもいろいろと書きたいことはあるが、ひとまずはこれで。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/27

吃音親子サマーキャンプ、無事、終わりました

 しばらくブログをお休みしました。吃音親子サマーキャンプの最終準備と、当日、そして、終わった翌日に長旅に出る無謀ともいえるスケジュールを組んだため、パソコンに向かう時間がとれませんでした。充実した日々を過ごしていて、とても元気です。

サマキャン 伸二挨拶 縮小2 さて、第31回吃音親子サマーキャンプ、無事に終わりました。
 コロナ感染大爆発の中、しかもキャンプ前日には感染者の数が過去最多となる中で、77名の参加でした。コロナ感染で急遽キャンセルも10人ほどいました。こんなに集まりにくい状況でも、初参加の人が多かったことに驚いています。
 1年前、2年前に、吃音ホットラインに電話をいただいたり、サマーキャンプの問い合わせをいただいたりした方にも、サマーキャンプ開催しますの連絡をしたのですが、その中の2組の方が参加して下さいました。必要とされていたのだ、待っていて下さったのだと、うれしくなりました。

 サマーキャンプが大切にしてきた柱のひとつ、演劇活動は、初め、コロナのためにできないと思い、別の活動を考えていました。声を出す喜び、表現することの楽しさを味わってもらえる活動を模索していました。これまで演劇活動を、竹内敏晴さんの代わりに担当してきて下さった東京学芸大学大学院の渡辺貴裕さんと私たちスタッフとで相談しました。その話の中で、やっぱり演劇は外せないと判断し、急遽、何か小さなお芝居でもできないだろうかとなり、取り入れることにしました。それがサマーキャンプ開催10日前のことでした。そこから、事前合宿もしない、いつもと違う形での演劇活動の準備に入りました。
 渡辺貴裕さんが台本を選び、脚本をつくり、演出・構成をするなど、動いて下さいました。そして、一部のスタッフが、当日の短い時間、おそらく合計1時間ほどの練習で、なんとか形にしたものを、みんなの前で披露したのです。アーノルド=ローベル作の【がまくんかえるくんシリーズ】の「お手紙」というお話でした。ひとりでお手紙を待っているがまくんの悲しさの背景や、ふたりでお手紙を待っているときのやりとりをふくらませ、別の空間では、かたつむりくんが一生懸命手紙を運んでいる場面をユーモラスに表現しました。そのかたつむりくんの姿が、子どもたちに大いに受けたようで、このお話のタイトルが「かたつむりくんの大冒険」になるのではないかと思うくらいでした。
 最終日には、同じシリーズの別のお話を、小さなお芝居として、3グループに分かれて完成させました。子どもも親もスタッフも大満足でした。
 初めて参加したどもる成人が、「演劇って、こんなに楽しいものなのですね」と感激の涙を流していました。声を出す喜び、表現することの楽しさを感じてくれたのでしょう。
 もちろん、スタッフとして成人のどもる人と専門家が入る、吃音についての同年齢の子どもたちに話し合いも充実していました。親の学習会は今回、新しいことを学習するよりも、一人一人との対話を重視したものになりました。

 また、中止した2年間で、卒業式ができず、1年前に卒業するはずだった子、2年前に卒業するはずだった子が参加してくれたので、卒業証書を渡しました。計6人が、卒業したことになります。ひとりひとりのことを思い出し、手作りの卒業証書を渡しました。その後、卒業生のひとりひとりが、メモを見ることなく、自分のこと、吃音のこと、サマーキャンプでの出会い、今考えていることなど、自分のことばで話しました。これは、毎年恒例の光景ですが、見事なものです。これまで、先輩の姿を見て、後輩たちが受け継ぎ、学んできたことなのでしょう。いい伝統が受け継がれていることをうれしく思いました。
 体調を崩す人もなく、無事終わりました。
 吃音親子サマーキャンプは今年で最後、僕は実はそのつもりでいましたが、もう少し続けてみようかなという気にさせられました。来年、開催することにしましたので、どうか、来年是非参加していただければうれしいです。
 僕も来年は79歳です。これからは、一年一年が勝負です。毎年、今年が最後、との覚悟を決めて開催することになります。もう少し詳しい報告を、少しずつしていきたいと思います。とりあえず、無事、終わったことの報告でした。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/08/25
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