東日本大震災の被災地と震災遺構を訪ねる旅 4 
 釜石市・「うのすまい・トモス」
 陸前高田市・東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)と奇跡の一本松

久慈普代 三鉄久慈普代 駅名 被災地と震災遺構を訪ねる旅の合間に、観光地にも少し行きました。車で久慈まで行き、そこで、久慈―普代間の往復乗車券を買いました。宮古駅の観光案内センターで、「宮古から久慈まで乗ってもいいが、トンネルが多いので、車があるなら久慈まで車で行って、リアス式海岸線のきれいなところの往復をしたらいい」と教えてもらったのです。
久慈普代 赤い鉄橋久慈普代 景色 なるほど、情報はその土地土地で仕入れるに限ります。なぜか半額の700円の往復乗車券が買えて、しかもクーポン券付です。10:39発の三陸鉄道に乗車しました。聞いたとおり、トンネルが多かったのですが、堀内と白井海岸の間がリアス式海岸できれいでした。電車も徐行したり、停まったりしてくれます。


釜石 防災教育釜石 てんでんこ釜石 メモリアル 別の日、岩手県の釜石市に行きました。これも観光案内で聞いて、伝承館のひとつ、釜石の「うのすまい・トモス」へ行きました。釜石祈りのパーク、いのちをつなぐ未来館があります。「釜石の奇跡 津波てんでんこ」についても展示されていました。「てんでんこ」は、「てんでん・ばらばらに逃げるという意味だけではない。それぞれが自分の命は自分で守るという防災教育です」ということばが印象的でした。鵜住居駅のホームに立つと、その奥に、釜石鵜住居復興スタジアムが見えます。釜石 ラグビー1釜石 ラグビー2釜石 ラグビー看板と共に僕は、スポーツの中で、好きで今でもよく観るのは、唯一、ラグビーです。新日鉄釜石の時代からよく試合を見ていました。森重隆、松尾雄治らも現役時代から見ていました。ラグビーのワールドカップがあった年だったか、ラグビーを扱ったTVドラマがいくつかありました。ラグビーというだけで見たのですが、萩原健一、高橋克典らが出ていたのを覚えています。その舞台が、ここ釜石の復興スタジアムでした。歩いていくと、中に入ることができ、ながめていると、関係者らしき人が声をかけてくれました。僕が、明治大学出身で、ラグビーの早明戦は東京まで観に行くと話すと、「僕もラグビーをしていました。明治のラグビーはいいですね。僕も明治に行きたかったんですけど…」と話が弾みました。
陸前高田 消防車陸前高田 松植林陸前高田 一本松 その後、「東日本大震災津波伝承館(いわてTSUNAMIメモリアル)」に行きました。みんなの命を助けるために、最後までサイレンを鳴らし走っていた消防車が展示されていました。少し歩くと、有名な「奇跡の一本松」があります。一本松のそばに、ひっくり返ったユースホステルがありました。ずうっと、広く長く続く松林だったそうです。映像で、その松林が、津波にのまれ、根こそぎなぎ倒されるところを見ました。今、松の植林をされていました。まだ小さいです。この松たちが伸びて、松林になるのは何年後だろうと思います。
 今回は、岩手県と宮城県を中心に回りましたが、次回は福島県を中心に行こうと思っています。福島は、原発事故がからんできます。自分の目で見て、体感し、自分の頭で考えて、どう行動するのか、大切なことだと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2022/09/15