治す努力を否定した、青年との吃音の取り組み
吃音の講義を一日、一日で、学生の吃音に対する考え方が大きく変わっていきます。吃る人がそんなに生活で苦労して悩んでいるとは、想像も出来なかったという状態から、少しずつ、吃音がいかに生活に影響するかを理解していきます。
私の講義の定番は「あるひとりの吃る青年」の事例検討です。これまで、彼のことを私は何度も、いろんなところで話してきました。彼にとってはいい迷惑だろうと思いますが、私の吃音の取り組みを支える大きな存在です。
心理療法や精神療法など新しい提案をした人は、とても難しいクライアントと出会っています。その取り組みの中から多くのことを学び、新しい療法を作り上げていくのです。私の場合も、彼との出会いは、とてもとても大きなものでした。彼との出会いがなかったら、今私が確信をもって、吃音と共に生きる生き方を提案できているかどうか、自信がありません。今の私があるのは、彼との6か月の取り組みがあったからなのです。彼にいくら感謝してもしたりないくらいです。彼との取り組みで多くのことを学び、整理ができました。
ある大学の図書館に勤める23歳の青年は、私がこれまで出会ったことのないほどの、かなり吃る人です。ひどく吃るだけでなく、話そうとすると舌がでる随伴症状に悩まされています。しかし、小学5年生から、何度も吃音の治療に通い、全てが失敗するどころか、ますます悪化して、高校2年の時には、それまでなかった、舌がでる随伴症状に悩みます。このような体験があるから、治療に対するモチベーションがほとんどありません。上司の紹介だから仕方なく、私の所に来た人です。
電話はまったくとることができず、来館者との応対ができずに、このままでは退職しなければならないかもしれないところまで追い込まれています。困り、悩んではいても、どうすればこの状態から転換できるか見当もつかずに悩んでいます。
これまで私が、「吃音はどうなおすかではなく、どう生きるかだ」と話すと、必ず来た反論と批判を受けました。「吃音の軽い人、積極的な人」ならそれは出来ても、吃音が重くて、消極的な、元気のない人には無理だというのです。だから、彼と出会ったとき、私は彼との吃音との取り組みで、これまでの反論にこたえられるかも知れないと、私は意気込み、一所懸命になりました。
この彼と私の吃音の取り組みについて「インシデント・プロセス・メセッド」という事例研究の手法をつかって、学生に考えてもらうのです。学生が質問しなかったことには私は彼の情報を提供しません。つまり、学生達が自分で彼に3回ほどの面接の中で、今後の取り組みに必要な情報をえるというものです。
1グループの6人が、どのような゜情報を得て、問題点を探り、目標を設定し、具体的にどのようにプログラムを組んで取り組むかをかんがえるのですお。
この質問をするところからがおもしろいのです。的確に質問するグループもありますし、不必要な質問もあります。質問に対する受け答えの中で、面接の時にどのような情報が必要なのかを学んでいきます。子どものころの生育歴など、順を追ってきいていくのは下手な質問です。現在の状態をみて、その現在の状態を理解するのに、必要なことだけ、質問をすればいいのですが、これがなかなか難しいようです。
自分たちが私に質問して得た、情報をもとに、彼の問題とは何かを考え、どのように変わることが彼にとって必要か、彼がかわるためにどのような取り組みが必要か、自分が言語聴覚士として、彼にどのようなアブローチをするかを、ディスカッションして、グループごとに発表してもらいます。
時に、素晴らしいアイディアが出ますが、まだ講義を聴いて2日目なので、とても難しい課題だとはおもいますが、とにかく自分たちが考えることが大切です。全部のグループが発表したあとで、それぞれにコメントして、私の実際に試みたアプローチを話します。吃音を治す試みや、訓練は一切しないで、かれの行動がどんどん変化して、最終的には随伴症状がなくなるという実際の事例に学生はびっくりします。
ここで詳しくかくことは出来ませんが、どんどん積極的に大きく変化していくのです。吃音に直接的なアプローチをしなくても、吃る人の行動や、考え方、感情が変わることを理解してもらいます。
彼との吃音臨床のおかげで、本人が決意しさえすれば、誰でもが、「吃音と共に生きる」生き方ができるということを、確信をもっていえるように為ったのです。
この彼の具体例をもとに、吃音の治療の歴史や、アメリカの取り組み、私の吃音臨床の説明へと入っていきます。
この日の講義で、学生の吃音へのイメージが大きく変わります。
この私の取り組みに興味がある方は、1000円分の切手を同封してお申し込み下さい。彼の実践と、「建設的な生き方」を提唱する、デイビット、レイノルズ博士のワークシヨツプの記録の冊子をお送りします。
こうして、学生と私の吃音学習が進んでいきます。
2009年4月7日 伊藤伸二